貧困世帯の子どもたちへの教育投資をどう優先させるか:「こども庁、何を優先すべきか」より-1

現役世代ライフ

 日経<経済教室>で6月1日から3回にわたって「子ども庁、何を優先すべきか」というテーマで、3人の研究者に拠る小論が掲載されました。

 このところ少子化対策に焦点を当てて、継続して投稿してきていることもあり、そのシリーズを一つずつ取り上げ、その内容について考えることにしました。
(記事の最後に、最近の少子化対策関連での投稿記事リストを掲載しています。)

 今回第1回は、中室牧子・慶応義塾大学教授による「縦割りの排除、自治体でも」と題した小論です。
(参考)⇒「子ども庁、何を優先すべきか(上) 縦割りの排除、自治体でも
要点を紹介しつつ、感じたところを書き添えることにします。


公共政策で最も費用対効果が高い子どもの教育と健康への投資

 最近の米国の社会保険・教育・職業訓練・現金給付等133の公共政策を評価した論文によると、<子どもの教育と健康>への投資が最も費用対効果が高い。
 その子どもの政策の多くは、子どもが大人になった後の税収の増加や社会保障費の削減により、初期の支出を回収できていることを初めに紹介しています。

 

子どもへの教育投資の費用対効果が大きい年齢・年代とは

 次に、親が、子供の学齢が高いほど教育の費用対効果は高いと考えていることに加え、親だけでなく幼稚園教諭・保育士・小学校教員でさえも、幼少期よりももっと学齢の高い教育段階の方が重要だと考えているという調査結果を紹介。
 ある自治体で幼稚園教諭・保育士・小学校教員調査で、基礎学力の獲得に重要な時期は「高校」とした人が84.9%、人格形成には「大学・大学院」と答えた人が72.3%。

 幼少期における教育投資が最も効果が高いことを、しっかり認識しておくべきです。

貧困世帯の幼少期の子どもたちへの教育投資効果が特に大きい:所得再分配よりも事前分配を


 一概に幼少期が良いとは言っても、幼少期の教育投資効果が特に大きいのは、貧困世帯の子どもたちであることは、当小論以外でもよく見るところです。
 それに加えて、筆者は、ノーベル経済学賞受賞のジェームズ・ヘックマン米シカゴ大教授の主張を紹介。
「貧困の世代間連鎖を食い止めるには、所得の再分配よりも不利な状況にある子どもの幼少期の生活を改善する「事前分配」の方が経済効率がよい」というものです。

貧困世帯の子どもたちは、経済困窮以外の発達障害、身体障害等の重層的課題を抱える

 認定NPO法人カタリバとのコロナ禍の下での経済困窮世帯の子どもたちに関する共同調査を紹介。  
 経済困窮に加え、19%が発達障害、7%が身体障害があり、13%が不登校と、他の課題を同時に抱える世帯は、全体の40.2%になっている。
 また経済困窮のみの世帯の子供と、それ以外の課題も抱える子供の学力や非認知能力を比較。
 その結果、経済困窮以外にも重層的に課題を抱える子供は、問題行動が顕著で、不安感が強く、学力や非認知能力など人的資本の形成でも著しく不利な状況に置かれている、としている。

子ども政策の行政縦割りの弊害と対策

 こうして確認された、幼少期の子どもの教育や健康への積極的投資においては、単に財源の拡充のみならず、行政の縦割りによる弊害を廃し、支出に見合う価値を生み出すことにも注意を向けるべき、と言います。
 しかし、先述の重層的課題について行政視点でみると、発達障害や身体障害は健康・保健関連部署、不登校は教育委員会、経済困窮は福祉関連部署の担当と縦割り。
 これにより、保健・教育・福祉の所管横断的な情報共有が妨げられ、子どもに対する支援が十分になされない可能性を指摘。
 場合によっては、虐待や自殺など、放置すれば生命の危機に及ぶ異変を速やかに察知するうえでも重要で、問題が生じた後で「介入」するよりも「予防」する効果の方が大きいことを示す研究が多いといいます
 これ以外にも、出産前の母親の心身の状態と胎児への関わりの必要性や産後ケア、母子保健相談などの一連の行政支援も、「ネウボラ」の例を示しつつ、貧困の世代間連鎖を抑止する上で、各所管を超える形で必要であることを提示します。

創設子ども庁の3つの重点課題

 そして最後に、「新しく創設される子ども庁が情報を横断的に集約・分析し、強い総合調整機能を持ちながら、課題解決に当たるとすれば、国全体にメリットがあるだろう。」として、その創設に向けて、以下の3つの課題を提起しています。

1)中央省庁の再編にとどまらず、自治体での組織の再編につなげるべき。
 幼稚園・保育所・公立小中学校は市区町村、高校は都道府県が設置主体となっており、中央省庁のみにとどまらず、自治体にまで縦割り廃止が浸透しなければならない。
 
2)包括的な制度設計・政策形成に取り組むならば、親や子供どもという教育の需要サイドだけではなく、幼稚園・保育所・学校など供給サイドのインセンティブ(誘因)構造も把握して生かすべき。
 現在の幼児教育・保育制度では、想定の運営費があらかじめ設定され、保育料などの利用料が統制されているため、幼児教育・保育の質を上げようと規制を厳格にした際にコスト増を利用料で調整できず、保育士などの労働者の賃金の低下やスタッフ数の削減などを招く結果になりうる故。
 
3)教育の「質」を高める投資をリードすべき
 日本での教育の公的支出は、幼児教育や大学教育の無償化など、教育の需要サイドを刺激する再分配政策が中心となってきたが、その費用対効果にはばらつきがあり、一貫した結果が得られていない。
 これまで幼児教育でも無償化や待機児童の問題ばかりが議論され、幼児教育の質はほとんど議論されていない。


 確かに正論ばかりと思いますが、子ども庁の直接の課題とする以前に、どういう統括機構と現場機構を形成するかにそれらの成否がかかると思われます。
 公営・民営のあり方もその中の課題。
 もちろんその前提には、全体的・包括的な教育制度の方針があります。
 故に、現状のそれの評価と改革の必要性を考えることを先行・優先すべきかもしれません。
 着眼点をどこに置くかによって、議論の方向と内容を変える必要があるのではと感じました。 

中室氏小論の印象と感想


「何々の研究がある」とか「何々の研究が多い」、「何々の研究結果が示している」。
これが中室氏の口癖であり、論述の裏付けとして頻繁に用いる決め台詞です。
同氏を一般市民レベルにおいても一躍有名にしたのが『「学力」の経済学』(2015/6/18刊)。

 この書の表紙の帯で
 「思い込みで語られてきた教育に、科学的根拠エビデンスが決着をつける!」
と迫ります。
 その発言には、一部同意しますが、一部は反論したい、反論すべきと考える者です。
 まあその理由などについては、別の機会に。

 「こども庁、何を優先すべきか」というテーマの小論に、果たして少子化対策に関する記述があるかどうか関心を持って臨んだのですが、今回は、空振りでした。

 中室小論を一点に絞れば、「行政の縦割りをなくすべき」。
 これに収まる内容でしたが、そもそも縦割りをなくすことが、政府が考える子ども庁創設の目的・狙いのはず。
(ですが、大臣ポストが一つ増える、ことぐらいしか頭に浮かばないかもしれない可能性あり、です。)

 なので、「何を優先すべきか」については、「貧困世帯の子どもへの教育投資」が該当するものでしょう。
 しかし、そのためにどういう方針により、どういう制度・法律を策定し、どういう行政を行うか、一連の一気通貫の具体的な提案があってしかるべきだったと考えます。
 「何々の研究で示された」ことから「どんな方策・方法で、財源をどのようにして」実現するのか。
 それが優先すべき課題でしょう。

 よく読むと、行政がいろいろやってみたことは、きちんと調査して、費用対効果などを把握すべき、というにとどまり、ご自分は、あくまでも研究・調査・分析担当。
 なんか、とってもイージーな感じがしてしまうのは、私だけでしょうか。

 まあ、中室氏には、あまり期待していなかったので、想定内のこと。
 次回の、山口慎太郎氏の小論には、少し期待をもって臨みたいと思います。

社会的共通資本としての教育


 なお、敢えて書き添えるならば、「教育」は、
社会的共通資本とは:社会的共通資本とベーシック・インカム-1(2021/6/8)
日本独自のベーシック・ペンションを社会的共通資本のモデルに:社会的共通資本とベーシック・インカム-2(2021/6/10)
で取り上げた、故・宇沢弘文氏による社会的共通資本に述べられた、<制度資本>の中の一つ。
 そのサイトで、すべての子どもたちに支給する、日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション児童基礎年金、学生等基礎年金が、基本的人権としての教育を受ける権利を経済的に支援するものとして提起しています。
 残りの2つの小論で、このことについて少しでも触れる機会があればと思っています。

 直接、教育のあり方についての検討・考察は、別の機会に行いますが、これまでの記事では、極めて限定的範囲に収まりますが、以下をご覧頂ければと思います。
高校教育の多様化を教育の水平的多様性実現の起点に:『教育は何を評価してきたのか』から考える(2020/6/26)

(参考)少子化対策関連の2021年5月下旬~6月上旬投稿記事リスト

結婚・子育ての経済的側面タブー化が少子化対策失敗理由:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-1(2021/5/24)
夫婦・親子をめぐる欧米中心主義的発想が失敗の理由?:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-2(2021/5/26)
少子化の主因、リスク回避と世間体意識変革は可能か:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-3(2021/5/27)
山田昌弘氏提案の少子化対策とは?:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-4(2021/5/28)

コロナ感染拡大・長期化で妊娠届数大幅減少、出生数80万人割れ、少子化・人口減少加速(2021/5/29)
『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』シリーズを終え、結婚・非婚・単身をめぐる検討・考察へ(2021/5/30)
日経提案の少子化対策社説と記事から考える(2021/6/1)
結婚不要社会と結婚困難社会の大きな違い:『結婚不要社会』から考える(2021/6/3)
エマニュエル・トッド氏が見る日本の少子化対策問題(2021/6/5)
少子化対策総動員、全力で支え、あらゆる対策を:少子化対策連呼の日経社説の意識は高いのか低いのか(2021/6/7)
少子化を援護する?一人で生きるのが当たり前の独身大国ニッポン(2021/6/9)
2022年施行改正育児・介護休業法は、少子化対策に寄与するか(2021/6/11)

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