単純に、脱化石燃料・脱炭素化の困難性による原発回帰を持ち出すべきではないエネルギー不安対策

経済・経営・労働政策

少しずつ、よくなる社会に・・・

【2022年に考える、日本の2050年エネルギー・資源社会への道筋】シリーズを、後述する「ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略」シリー全4回を挟んで進めています。

第1回: 進むデータセンターの大幅省エネ技術開発:上場企業は、エネルギー自社自給自足状況と省エネ情報の開示を(2022/5/2)
第2回:ウクライナ侵攻で高まるエネルギー不安、ロシア自体への影響がより深刻(2022/5/13)


2022年に考える、日本の2050年エネルギー・資源社会への道筋-3

前回から、日経<経済教室>欄に掲載された、エネルギーとEV等に関する小論を参考に、ダニエル・ヤーギンの前出著書を意識しながら、望ましい2050年日本社会のエネルギーの在り方を考えています。
前半は、「高まるエネルギー不安」という3回の小論、後半は、「脱ガソリンとEV市場の行方」というテーマでの2回の小論を取り上げます。

高まるエネルギー不安-2:脱化石燃料・脱炭素化に転機か?

今回は「高まるエネルギー不安」の2回目、2022年4月23日掲載の有馬純東京大学特任教授の小論です。
⇒ (経済教室)高まるエネルギー不安(中) 脱化石燃料・脱炭素化に転機  有馬純・東京大学特任教授 :日本経済新聞 (nikkei.com)

以下、筆者の論述に少し手を加えながら、若干のコメントを付け加えて、その提案を考えていくことにします。

ウクライナ危機が警告するエネルギーの安定供給の地政学的影響と死活的必要性

国民生活や産業の血液であるエネルギーの低廉かつ安定的な供給が死活的に重要なこと、エネルギーの安定供給は地政学の影響を大きく受けることを再認識させたウクライナ侵攻。


この一文から始まる当小論。
ウクライナ侵攻前の昨年2021年に、ダニエル・ヤーギンが表した近刊書『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』(2022/2/10刊・東洋経済新報社)で詳しくそうしたリスクを述べていた。(後掲記事参照)

ドイツのエネルギー政策の失敗の根源

その反省を最も身にしみて行うことと、新しいガスパイプライン「ノルドストリーム2」計画断念という政策大転換を迫られたのがドイツである。

これまで、脱原発、脱石炭を掲げるドイツは、風力等変動性再生可能エネルギーの導入を強力に進め、再エネの出力変動の大部分をロシア産天然ガスでの調整方式に。
この計画は、供給源、エネルギー源の面で多くのオプションを保持するというエネルギー安全保障の要諦を軽視し、環境原理主義、反原発・再エネ原理主義に基づき、自ら選択肢を狭めてきた。


確かにそういう側面はありますが、それだけがまずかったわけではないでしょう。
日本には、そうした理念・理想も、それに替わる思想や方針もなかったことを恥じるべきでしょう。

ウクライナ進行によるエネルギー不安が、脱炭素至上主義の転換点に

「パリ協定」以降、先進国のエネルギー政策は、ゼロカーボン一色に彩られてきた。
しかし、ウクライナ危機によるエネルギー、原材料、食品の価格上昇や、世界経済の下振れリスクが、その機運を弱める可能性がある。
エネルギー転換は一朝一夕に実現するものではなく、政治的スローガンとしての温暖化防止が揺らぐことはないが、化石燃料を含むエネルギー安全保障を見据えたエネルギー政策の再調整が必要だ。


再調整が必要なことは、だれが見ても、考えても明らかだが、問題は、理念と現実とを乖離させないような知恵と、理念自体の総合的な再構築にあると私は考えています。
これまでの気候変動・環境問題に関する理念と行動には、抜け穴・抜け落ちがあったのです。
国家体制と経済との関係における矛盾がその根本です。

脱炭素・脱化石燃料をめぐる先進国・途上国間の現状と認識の違い

問題は現実の行動が伴うかどうか。
各国は国民生活の維持や経済対策からも、エネルギー価格高騰の鎮静化に忙殺され、脱炭素・脱化石燃料とは逆行する可能な限りの政策を打たざるを得なくなっており、石炭の輸入・生産・発電・消費の量さえも大幅に増大している。

それらの現実の背景にあるのが、先進国と後進国・途上国の実情・実態の違いである。
国連のSDGsに関するコロナ禍やウクライナ危機前の意識調査によれば、一般に気候行動の優先順位が高い豊かな先進国と違い、後進・途上国では、貧困、教育、保健衛生、雇用が温暖化防止より優先する。
エネルギー価格が高騰している現在、その優先順位はさらに低下しているだろう。今後の世界のエネルギー需要、温暖化ガス排出動向の鍵を握るのは欧米諸国でなく、アジア・アフリカ等の途上国であることを考えれば困難さが想像できる。
また、力による現状変更を志向するロシア、中国などと西側先進国との間で新冷戦ともいうべき対立状況が現出しつつあり、先進国の軍事支出が拡大する等、国際協調を必要とする温暖化防止にはマイナスに作用する。


この主張を、最後に提起する脱炭素・脱化石燃料からの方針転換提起の論拠の一つとしたいのでしょうが、説得力を欠くものというべきでしょう。
というか、言い逃れの一つの要素に過ぎません。

再認識すべき日本のエネルギーと安全保障上の地政学的リスク

脱化石燃料の加速は、中国製パネル、風車、蓄電池、EVの輸入拡大を招き、中国が支配力を有する戦略鉱物への依存度も高める。これも中国の脅威に直面する日本の重大な地政学リスクの一要素である。
ウクライナ侵攻により続く、石油・天然ガス価格上昇、円安進行は、日本のエネルギーコストを引き上げ、経済や安全保障上の課題を増幅している。
化石燃料資源がなく、狭小な国土では太陽光パネルのスペースに限りがあり、囲まれる深海での洋上風力コストもかさむなど、他の主要国・地域に比較し、圧倒的に不利な状況にある。


その指摘は言わずもがなのことであり、その認識の上でその不利の抜本的な克服策を怠ってきたこと自体が、これまでのエネルギー政策そのものが誤りであったことを意味しているのです。

原発再稼働・新増設を含めたエネルギー政策転換を主張

「今こそ脱化石燃料と脱原発を」との議論があり、日本の置かれた状況を考えれば使えるオプションをすべて使うべきで、再エネ一本足打法では、ドイツの二の舞いになりかねない。

ドイツは、決して一本足打法だったわけではなく、風力発電等再生エネとロシア産天然ガス・エネを併用しての政策を取っていたが、経済至上主義に基づき、専横・教権主義のプーチン・ロシアと組んだことが間違いだったのです。
これは、中国との関係においても先進諸国が犯している誤りです。
そんな偏った見方から、当然ですが、現実的と称して、以下を導き出しています。
筆者も行っている以下の指摘に、その問題が残っていることを読み取ることができます。

中国の動向にも注意せねばならない。
温暖化防止に向けた国際的潮流の中で、中国は新疆ウイグル地区の安価な労働力、石炭火力による安価な電力で生産された太陽光パネルを世界中に輸出するとともに、途上国向けには石炭火力を輸出してきた。
西側諸国が資源インフレに苦しむ中で、中国は経済制裁で行き場を失ったロシアのエネルギーを安く調達し、コスト面で一層優位となる可能性が高い。


これは中国が抱える問題のほんの一部の指摘に過ぎません。
より俯瞰して理解・認識するには、ダニエル・ヤーギン著『新しい世界の資源地図』で描写した「中国の地図」を参考にするのも一つの方法です。
⇒ 習近平・中国の野望、多様な背景にある中東のエネルギー戦略事情:ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-2(2022/5/10)

そして何より、経済的観点からロシアの化石燃料を疑問もなく利用してきた、継続利用しようとしてきたEU諸国が犯した誤りは、中国とのそれは比ではないことが一目瞭然です。


本小論の結論としての原発再稼働・原発新設、原発回帰主張のムリ筋

原発再稼働の加速は喫緊の課題だ。
原発再稼働により化石燃料の輸入コスト増加の悪影響を抑えられ、遅れればコストアップ要因となる。脱炭素化には再稼働のみならず新増設も必要だ。


確かに、ロシア・ウクライナ侵攻がもたらしたエネルギー不安により、EU諸国に、一部原発回帰も已むなしの意見が出、現実的に選択されることも十分あると思われます。
理想・理念主義一辺倒と思われるEUですが、必要に応じての変わり身の速さは、ある意味、見倣うべきと言えるでしょう。
なぜなら、風力発電等再生可能エネルギーの比重を高めていく流れは、既に確固としたものとなっており、ゼロカーボン政策そのものに何の揺るぎもないからです。
しかし、ゼロカーボンへの道筋そのものを描けていない日本では、原発への依存は、電源構成の中に依然として、曖昧なまま、含まれたままであったことに筆者は及んでいません。
原発再稼働を認めるだけの安全性が未だ示されていないがための再稼働の遅れというのが本筋です。
新設については、安全性とコストに優れた新しい小型原発建設は、欧米主要国で既に議論・提案もされているもので、それに追随するだけのことです。
後者の場合でも、コストと期間という問題がついて回ることは当然で、その安全性・有効性・必要性の議論・検討はしっかり行うべきでしょう。
有馬氏の、初めに結論ありきの提案は、ムリ筋というべきもの。無条件で同意するわけにはいきません。

迫られる安全保障再構築

ウクライナの原発への攻撃を理由に、軍事攻撃に脆弱な原発から脱却すべきだとの主張もあるが、そのリスクは他の重要インフラや大都市も同様であり、重要なのは日本の防衛体制全体の強化。
ウクライナ危機は平和に安住してきた日本に強いショックを与えた。
中国、ロシア、北朝鮮に近接した日本が直面するリスクは欧米に比べても格段に高く、国家・経済安全保障体制の再検討が喫緊の課題である。

この指摘・主張とその内容は、恐らく多くの日本人が、多かれ少なかれ、あるいは多少のニュアンスの違いがあるにせよ共感できる、共通の認識・思いを抱かせるものでしょう。
しかし、常套語・常用後の「喫緊の課題」の喫緊性には、共通性はありません。
この用語を用いることが、それが常識であり、共通認識とすることは、これまで多くのマスコミや学者・研究者、そして政治家・官僚の習性としてきました。
しかし、そうすることで、一段高いところから正論を振りかざしている気にさせている、そのつもりでいるだけのこと。
期限も、適切で納得度・説得力を持つ具体性・合理性・正当性も提起されていないのです。
まあ、当小論の主題はエネルギー政策。
ここでの筆者の主張・提案自体にも、原発回帰説を除けば、電源構成や総合的かつ個別エネルギー源の今後の在り方など何も具体的に示されていません。
決してエネルギー不安を払拭・解消できる希望をもたせうるものではないので、そのレベルの読み方で留めることでよしとすべきと考えます。

次回は、「高まるエネルギー不安」の第3小論<自由主義陣営の連携強化を>を取り上げます。

(参考):「ダニエル・ヤーギン著『新しい世界の資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略」シリーズ

<第1回>: 米国の新しい地図と古い地図に戻そうとするプーチン・ロシア:ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-1(2022/5/9)
<第2回>: 習近平・中国の野望、多様な背景にある中東のエネルギー戦略事情:ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-2(2022/5/10)
<第3回>: エネルギー問題と直結するEV化、ゼロカーボン化のこれからを俯瞰する:ダニエル・ヤーギン著『新しい世界の資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-3(2022/5/11)
<第4回>: ゼロカーボン政策とゼロベースのエネルギー・国家安全保障政策:ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-4(最終回)(2022/5/12)

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