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結婚不要社会と結婚困難社会の大きな違い:『結婚不要社会』から考える

家族問題を軸にした社会問題をこれまで取り上げ、パラサイト・シングルや婚活などの用語を用いて問題提起してきている山田昌弘氏。
その近著『新型格差社会』(2021/4/30刊)、昨年の著『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(2020/5/30刊)
と取り上げて、それぞれに共通である経済的要因の対策として、日本独自のベーシックインカム、「ベーシック・ペンション(生活基礎年金)」が必要かつ有効であることを、http://basicpension.jp で展開してきました。
(それぞれの記事の一覧は、最後に提示しています。)

その前著から1年遡って出版されたのが『結婚不要社会』(2019/5/30刊)。

前著において、少子化の要因として、一応は経済的要因、将来にわたっての子育て・教育に必要な費用負担への不安等を上げていました。
それは、当然、結婚生活・家族生活における経済的不安がベース。
それが招く、非婚・未婚、あるいは晩婚による出生数の減少。

ならば、やはり「結婚」についてのマイナスな認識を、プラスに変える方策等を考えるべき、と行き着きます。
そこで今回は、『結婚不要社会』を概括して、これからの社会と個人における結婚のあり方について、サラッと考えてみることにします。



結婚の定義:そもそも「結婚」とは

と問うて、山田氏いわく

結婚とは社会を構成する枠組みの一つ。
人類社会に共通する最低限の部分を取り出して定義すると
「性関係のペアリングに基づく恒常的関係」。
そこには、恋愛というような「感情」の要素はまったく入ってこない。

とします。
それはそうですが、「性関係のペアリング」に基づく、ということも同意できない要素であります。
まあ、私が考える「結婚」については、近々行う予定の総括の中で述べたいと思っていますが、意外と簡単そうで難しい、難しそうで簡単です。

結婚を「制度」として見ると、こう説明します。

「婚姻」は、「単に一時的な男女の性関係や私的な同棲と異なり、社会的に承認された持続的な男女間の結合であって、その当事者の間に一定の権利・義務を派生する制度」。
文化人類学では、通文化的な婚姻関係について、おおよそ「排他的性関係」(結婚した二人の性関係の特権的な正当化)と「嫡出原理」(結婚した二人の子どもの社会的位置付けの正当化)という2つの概念に集約される。

これも、実態をみると、断言することには、ムリがあります。
要するに、結婚は、多様性を持ち、一つの定義では収まりきらないことは明らか。
そう考えれば、もっと結婚に対する考え方を、弾力的に、他人のことを気にせずに考え、取り扱うことが、対応することができるようになってきても良さそうに思うのですが。

結婚制度をめぐる歴史的考察の(無)意味?

まあ、一応山田氏の定義を前提とした形で、本書の構成順に辿っていくと、結婚についての大まかな歴史を確認できます。

必ず親など親族の承認がないと結婚できなかった「イエ」と「イエ」が結びついた「前近代における結婚」が、「個人の選択」に委ねられるようになった「近代社会」では、個人にとって経済的・心理的に不可欠な相手を選び合う重要なイベントになった。
それは、心理的には、親密性や恋愛感情、性的満足等の情緒的満足を獲得し合う「結婚の純化」「恋愛結婚の不可欠性」を意味する。
その一方、経済的生活において配偶者に依存し、子育てを含め、夫婦二人で「生活共同体の不可欠性」を形成するイベントにもなった、とします。

この相互依存性は、近代社会が、「結婚不可欠社会」に変貌させることになったと言えるわけです。
こうした変化をこう言い換えてもいます。

前近代社会は親戚や村といった共同体がなにか困ったときには助けてくれた。
一方、近代社会は、家族以外で自分の生活を保証してくれる存在がなくなった。

なぜか、人は、社会との関係なしに結婚を成立させること、家族形成と維持を行うことができない。
そう断定しているかのように読み取れます。
結婚・婚姻が本質的に持つ、私的行為、私事(わたくしごと)という側面を、どうして人は手放してしまうのか。
もう現在社会において、その呪縛から、自ら、そして社会も、個々人を解放してもよいと思うのです。

日本における前近代・近代社会の家父長制に基づく婚姻から、戦後の皆婚社会へ

こうした一般論としての前近代社会から近代社会への婚姻の変遷は、概ね、日本の歴史においても同様の軌跡を辿ってきたといえるかと思います。

その象徴的な表現として用いられるのが「家父長制家族」から「核家族化」という流れです。
未だにジェンダー問題を語るときに、意識上の制約、障害とされている「家父長制」とそれに基づく「性別役割分業」が用いられます。
しかし、本来の望ましいあり方としての「恋愛結婚」は、それらの矛盾を消し去る効果が期待されたと思うのです。しかし、どうも、経済的な依存関係を厳としていた時代と社会では、まったく意に反した夫婦関係とその延長線上での社会形成を促してきたと言えます。

それは男女双方にとって不幸なことであり、核家族化の深化と格差を生み出し、拡大させていった社会経済システムの変化が、現代・現在の結婚困難化社会と、能動的・受動的両面での結婚不要社会を出現させるに至った。
そう私には思えます。

皆婚時代の楽天性、無意識性を喪失させた20世紀終わり以降の日本社会です。

欧米の「結婚不要社会」と日本の「結婚不要社会」の違い

以下の記事で紹介した、山田氏による「欧米中心主義的発想」。
夫婦・親子をめぐる欧米中心主義的発想が失敗の理由?:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-2(2021/5/26)
それは、結婚という形式よりも「恋愛・情熱」とう情緒先行の男女間意識と、成人は、親に依存せず独立して生きるのが当然という社会が必然とした、同棲や結婚前に子どもを持つという生き方・生活。
非嫡出子、シングルの子どもの養育・教育面で不安のない社会保障制度が確立された欧州諸国事情。

こうした文化的・歴史的背景に基づく生き方・価値観が、欧米における結婚なしでも男女間の関係や家族形成・関係の維持を可能にしている。
これが欧米における「結婚不要社会」を維持できる背景にあるわけです。

一方日本社会。
欧米のような背景は醸成されることなく、恋愛の面倒さ・コストパフォーマンスの低さ、振られることへのリスク・怖さからの逃避、性愛行為への関心の低下、等々、非婚化への理由付けは、広がるばかりです。
結婚しなくても、生きていける、やっていける。
それもある種の文化の醸成された結果としての「結婚不要社会」の証。
そう言えなくもないのでしょうが、論拠としては希薄です。


結婚困難社会の多面的・複層的な要因と結婚のシンプルさとの乖離

先述した日本社会における「結婚不要社会」化には、本当は結婚したいんだが、思うようにいかないことからの諦めが、結婚しなくてもいい、結婚は要らない、と意識化した。
そういう受動的要因も加担しているように思われてなりません。

そのことに、経済不況による就職難、非正規雇用の増加、共働き世帯の増加と普通化、そしてコロナ禍・・・。
結婚云々以前の現在とこれからの生活への経済的不安が、増すことはあっても減ること、解消される兆しさえない。
これに、介護、引きこもり、親の高齢化、8050問題などの社会問題が、それぞれ一人ひとりの事情によって加わり、結婚困難要因の多様化・複層化が進行し、深刻化し続けている。

本来、男女関係のシンプルなあり方の一つの示し方、現れ方であった恋愛・性愛からの結婚や、子どもが欲しい男女間の気持ちの一致の結果としての結婚。
それが、今も残る世間体や、見栄やリスク回避、責任回避というある意味自己への忠実な気持ちがも上乗せして、結婚を一層困難なものにしている。

ご丁寧に、社会は、そこに今すでに生きている子どもたちのための保活や待機児童問題、仕事と子育てとの両立、時には仕事と子育てと介護の三方立も絡ませてくる。

社会と個人とが、自縄自縛相互作用を起こしている現代社会に、私たちは生きているのです。

権利としてのシングルで生きることの社会化(社会的認知)

こういう視点から時々考えたりもします。

未婚化・非婚化が、結婚不要だから、結婚しない自由を選択してのことだからという人が増えてきた。
言うならば、山田氏が提起する「世間体」を気にせずに、自分の生き方として非婚・未婚の人生を歩む。
表現が適切ではないとは思いますが、そうした負い目や後ろめたさを払拭した生き方が、大手を振って「社会的認知」を得ることができる社会になった。
そういう雰囲気、文化も行き着く所、少子化の要因の一つにはなっている。

そうした事情については、他サイトに投稿した記事
少子化の主因、リスク回避と世間体意識変革は可能か:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-3(2021/5/27)
の中で、
<多様な生き方、結婚しない自由、おひとり様普通論等の非婚奨励・支援社会化の影響>
と題して、以下述べました。(転載します)

(ここまで見てきて、)気になっていることの一つに、未婚・非婚者が増える社会的状況・背景があります。
それは、結婚せずにひとりでいること、ひとりで生きることが、恥ずかしいことではない、自由な生き方、当然の生き方なんだという価値観が広がっている。
それが、未婚率の向上、少子化を結果的に後押ししていることになっている。
私は、こうした点も、次第に非婚・生涯未婚率上昇とそれから生じる少子化に間違いなく繋がっていると考えています。
その起点になっている書として、上野千鶴子氏による『おひとりさまの老後』(2007/7刊)があり、近年では、荒川和久氏の『超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃』(2017/1/27刊)、近著では、一層強力な支援となる同氏と中野信子氏共著の『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(2020/12/20刊)などがあります。

この件については、今回はその転載にとどめ、近々、上記の著書を取り上げて、もう少し深堀りしたいと考えています。


山田氏が提示する、日本の結婚の未来形

最終的には、
「結婚は、日本では経済的理由と世間体でするものになってしまった。」
とする山田氏。
そのことから当然、
「経済と世間体がどう変化するかのよって、日本の結婚の形も変わっていく。」
と言います。

世間体や見栄によらない人たちの中から新しい動きが生まれている。
が、特殊なケースにとどまっている。
この先、経済的には男性の格差が縮小する可能性は低い。
だから、そうした新しい人が増えるかどうかにかかっているが、楽観はできず、むしろ今日の若者は一層それに縛られている面がある。
そのことからも、社会としても個人としても、パートナーなしで「おひとりさま」で生きることも視野に入れておかないといけない。
そこから、逆に、世間体に合うような「婚活」も広がっていく。
公的機関が少子化対策に乗り出し、予算をつけて出会いの場を提供する時代となっている。

こう述べて、最後には、こんな思いで終わっています。

 パートナーと親密性を持って楽しくくらすということ、つまり結婚は望ましいことと思う。
 しかし、それができない人に対して、例えばバーチャルな関係に走るのはよくないことだとは、私には言えません。
 どこに基準を置くかのによって、結婚が必要か不要かは異なってくる。
 例えば、社会の再生産という観点からは、少子化は特に地域社会では困る問題だが、国や地域社会が困るというのと、本人が困るというのは別のことであって、社会学者としては両方大事だというまとめの言葉しか出せない
 日本でも欧米のように、結婚しないで子どもを生んでも大丈夫という仕組みが増えてくれば、結婚しない人が増えても構いません。
 けれども、国がそれを認めたからといって、状況がすぐに変わるわけではないのです。
 世間体が変わらない限り、日本は結婚しなければ子どもが生まれない社会であり続けるのではないでしょうか。

 もうひとつ、上記にあったバーチャルな関係を引き合いに出しつつ、<おわりに>に書き添えられている表現を付け加えます。

 価値判断を行なわないことを心情としている社会学者としては、どちらの社会がよいということはできません。
 ただ、日本では、結婚困難は少子化から人口減少という結果をもたらし、さまざまな社会問題を招来させています。(略)
 本書が出版されるときには、時代は令和に移り変わっています。
 伝統的な結婚が困難になるなか、バーチャルな関係が増えるというトレンドは拡大するのでしょうか、それとも逆転するのでしょうか。
 また、平成の続きで、過去(昭和の時代)を追い求める人が多数派であり続けるのでしょうか。
 還暦を過ぎてもなお、いや、過ぎているからこそ、若い人の動向が気になるこのごろです。


 『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』のまとめの時と同様の感じ・感覚で終わったことは、想定内とは言え、残念なことではありました。
 学者が価値判断をしない、とすれば、一体何を目的・目標にして研究を行うのか。
 では、過去政府の関連会議や委員会のメンバーを務めたのは、どういう目的・意図をもってのことだったのか。
 よくある、「社会」がいけなかった、で終わるパターン。
 政治・行政には、責任はなし、ということになってしまう。
 
 『「婚活」時代』執筆以来、今なお婚活を支援し続けている方ではありますが、還暦を過ぎたからこそ、解決に肉薄する対策提案に、最後?の力を降り注いで頂きたい。
 結婚困難が、さまざまな社会問題を招来させていると断言するからには、一層そう思うのです。



 なお、「結婚困難社会」を示す著として、先日、共同通信社に勤務する4人の女性記者による『ルポ 婚難の時代 悩む親、母になりたい娘、夢見るシニア (光文社新書)』(筋野茜・尾原佐和子・井上詞子共著:2021/3/30刊)を読み終えています。
 機会がありましたらその紹介もしたいと思っています。

少子化対策と結婚をめぐるシリーズ、
次回は、エマニュエル・トッド氏の近著『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択 (朝日新書)』(2021/2/28刊)にある「家族制度と移民」にある「結婚と家族」について紹介し、考えてみたいと思います。

以降は、少子化に関する参考記事です。


<加速する出生数減少と超少子化社会:「しない、できない、したくない結婚・出産」社会のこれから>シリーズ

加速する出生数減少と超少子化社会:「しない、できない、したくない結婚・出産」社会のこれから(1)(2020/2/1)
子どもが欲しいけれど叶わない人々の一つの戦い:妊活の広がりの現状と課題(2020/2/2)
結婚・出産、生き方・働き方の「自分モデル」模索と実現を!(2020/2/3)

『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論>シリーズ

結婚・子育ての経済的側面タブー化が少子化対策失敗理由:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-1(2021/5/24)
夫婦・親子をめぐる欧米中心主義的発想が失敗の理由?:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-2(2021/5/26)
少子化の主因、リスク回避と世間体意識変革は可能か:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-3(2021/5/27)
山田昌弘氏提案の少子化対策とは?:『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』で考える絶対不可欠のBI論-4(2021/5/28)


『新型格差社会』から考える格差・階層社会化抑止のBI論>シリーズ

「家族格差」拡大・加速化対策としてのベーシック・ペンション:『新型格差社会』から考える格差・階層社会化抑止のBI論-1(2021/5/8)
「教育格差」対策としてのベーシック・ペンション:『新型格差社会』から考える格差・階層社会化抑止のBI論-2(2021/5/10)
「仕事格差」対策としてのベーシック・ペンション:『新型格差社会』から考える分断・格差抑止のBI論-3 (2021/5/12)
「地域格差」対策にも有効なベーシック・ペンション:『新型格差社会』から考える分断・格差抑止のBI論-4(2021/5/14)
「消費格差」の本質は所得格差。ベーシック・ペンションが必然の対策:『新型格差社会』から考える分断・格差抑止のBI論-5(2021/5/16)

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