ゼロカーボン政策とゼロベースのエネルギー・国家安全保障政策:ダニエル・ヤーギン著『新しい世界の資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-4(最終回)

経済政策

少しずつ、よくなる社会に・・・

先日、別サイトで
すべての国会議員が読むべき書。ダニエル・ヤーギン氏著『新しい世界の資源地図』:勝手に新書-9(2022/5/2)
と題して、ダニエル・ヤーギン氏著、黒輪篤嗣氏訳『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』(2022/2/10刊・東洋経済新報社)を紹介。
(原題は、” The New Map:Energy,Climate,and the Clash of Nations “)

これに従い、当サイトで始めた「ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略」シリーズ全4回。

これまで
<第1回>: 米国の新しい地図と古い地図に戻そうとするプーチン・ロシア:ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-1(2022/5/9)
<第2回>: 習近平・中国の野望、多様な背景にある中東のエネルギー戦略事情:ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-2(2022/5/10)
<第3回>: エネルギー問題と直結するEV化、ゼロカーボン化のこれからを俯瞰する:ダニエル・ヤーギン著『新しい世界の資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-3(2022/5/11)
と、6つの命題で構成される地図を俯瞰してきました。

新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』構成

序論
第1部 米国の新しい地図
 第1章 天然ガスを信じた男
 第2章 シェールオイルの「発見」
 第3章 製造業ルネサンス
 第4章 天然ガスの新たな輸出国
 第5章 閉鎖と開放 -メキシコとブラジル
 第6章 パイプラインの戦い
 第7章 シェール時代
 第8章 地政学の再均衡
第2部 ロシアの地図
 第9章  プーチンの大計画
 第10章 天然ガスをめぐる危機
 第11章 エネルギー安全保障をめぐる衝突
 第12章 ウクライナと新たな制裁
 第13章 経済的苦境と国家の役割
 第14章 反発 ー第2のパイプライン
 第15章 東方シフト
 第16章 ハートランド ー中央アジアへの進出
第3部 中国の地図
 第17章 G2 
 第18章 「危険海域」
 第19章 南シナ海をめぐる3つの問い
 第20章 「次の世代の知恵に解決を託す」
 第21章 歴史の役割
 第22章 南シナ海に眠る資源?
 第23章 中国の新たな宝の船
 第24章 米中問題 ー賢明さが試される
 第25章 一帯一路
第4部 中東の地図
 第26章 砂上の線
 第27章 イラン革命
 第28章 湾岸戦争
 第29章 地域内の冷戦
 第30章 イラクをめぐる戦い
 第31章 対決の弧
 第32章 「東地中海」の台頭
 第33章 「答えはイスラムにある」 ーISISの誕生
 第34章 オイルショック
 第35章 改革への道 ー悩めるサウジアラビア
 第36章 新型ウィルスの出現
第5部 自動車の地図
 第37章 電気自動車 
 第38章 自動運転車
 第39章 ライドヘイリング
 第40章 新しい移動の形
第6部 気候の地図
 第41章 エネルギー転換 
 第42章 グリーン・ディール
 第43章 再生可能エネルギーの風景
 第44章 現状を打破する技術
 第45章 途上国の「エネルギー転換」
 第46章 電源構成の変化
結論 ー妨げられる未来
エピローグ ー実質ゼロ
付録 ー南シナ海に潜む4人の亡霊

ダニエル・ヤーギン著『新しい資源地図』から考える、2050年日本のエネルギー・資源戦略-4

今回は第4回最終回。
「結論 妨げられる未来」「エピローグ 実質ゼロ」を参考に、ヤーギンのエネルギーと気候環境問題に関する歴史書及び地政学書を総括したいと思います。

「結論 妨げられる未来」から

 ナショナリズムとポピュリズムの再燃や、互いに不信感を募らせる大国の覇権争いや、疑いと憤りの政治の台頭とともに、世界は以前より分断された。
「グローバル化」が止むことはない。しかし今までよりももっと分裂や対立を含んだものになり、既に問題の起こっている経済成長の起動にさらに問題を付け足すことになる。

この記述を受けて示されるのが、新型コロナウィするパンデミックがもたらした、そして今後も継続してもたらすであろう様々な変化・影響とその大きさです。
その基調は、米中の分断に明確に直結し、従来のサプライチェーン及びネットワークへの依存を見直し、安全保障、回復力、「ローカル化」の重視、「ジャスト・ビー・シュア」(絶対確実な)方式へと切り替えられることを示唆します。

そして、地図は直線的に進む未来を保証するわけではなく、ある程度の頻度で、思いもよらぬ妨げに見舞われ、その都度進路変更を余儀なくされる、と。
シェール革命、2008年金融危機、アラブの春、2011年福島原発事故、EVの復活、太陽光コストの下落、新型コロナウィルスの出現とそれによる経済暗黒時代などがその例です。

こうした短くも、示唆に富んだ「結論 妨げられる未来」の最後は、こう括っています。

予期でき、備えられる妨げもある。私たちがそれによって具体的にどういう道を進むことになるかは描けないにしても、はっきりと「見えている」ものもある。一つには気候を巡る困難の数々がそうだ。
しかし、それだけではない。緊張が高まり、分裂が進む世界秩序においては、国家間の衝突もそうだと言える。


こうした予言・警告どおり、2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、プーチンの都合の良い思い込みとは裏腹に今なお、先が見通せない困難な状況が続いています。
自由主義・民主主義国家群対強権・専横主義国家群との一層の分断と衝突の様相を、まさにエネルギー資源とITと武器との覇権・優位性を巡る争いを背景として。
この国家群の衝突の間に、自国の利益を守るべく、いずれにつくべきか、迷いつつ、静かに動向を見定め、都度の判断を巡らせていこうとしている中東を含め、その他の数多くの国々と地域があることも忘れてはなりません。
まさに原題の、”The Maps : Energy, Climate, and the Clash of Nations”が示す通りなのです。

「エピローグ 実質ゼロ」から

こうした先が見えない事態を予測した結論の後に「実質ゼロ」というタイトルで本書の最後の地図が示されます。
その中から、以下を整理・抽出しました。

実質ゼロ選択でもたらされた3分野のイノベーションの活発化

実質ゼロが新たな刺激と切迫感をもたらしたことで、目立つのが次の3つの分野のイノベーションとしています。
1)炭素回収:自然を基盤にした解決策である<植樹>、エンジニアリングによる<炭素の回収・貯留・利用>(CCS)等
2)水素:グレー・ブルー・イエロー・ピンクそしてグリーンという水素生産方法・段階におけるその質とコスト等をめぐる課題
3)バッテリーと電力貯蔵:電気自動車の走行距離と充電方式と関係するバッテリー、間欠性のある再生エネ電力の送配電管理の効率性・確実性に関する蓄電装置・技術

これらの現状の具体的な取り組みや状況等は、新聞やネットの最新の記事で知ることができますので、当サイトで今後、【2022年に考える、日本の2050年エネルギー・資源社会への道筋】シリーズとして取り上げ、紹介していきます。

実質ゼロ選択で高まる、鉱物資源獲得競争と中国の絶対的優位性

もう一つは、再生可能エネルギー開発やエネルギー転換、電気自動車開発等の領域で、飛躍的に利用量が増えるとされ、その埋蔵量にも限りがある、銅、リチウム、ニッケル、マンガン、コバルト等の希少鉱物資源の確保のための競争です。
しかし、この領域においても絶対的優位にあるのが中国。
実質ゼロ化社会は、こうした関連領域における米中の分断の影響を直接・間接に受けることを避けることはできません。
その状態にあってもどのように自国の安全保障とどう向き合うのか、さまざまな想定外をも想定内のことという前提で、すなわちゼロを起点にして、しかし、ヤーギンが築いてきた情報と信頼性のネットワーク構築と現状分析力、将来予測・構築力を磨き、対処・対応する必要があるわけです。

地政学の地図はゆっくり変化する。しかし政治や、技術や、経済の地図は急変し、通り抜けるには用心と熟慮が求められる。(略)
わずか数十年で実質炭素ゼロを実現するという意気込みは、グローバル経済を作り替えるということ、それも目を見張るほどの短期間でそうすることを意味する。
(略)
新しい地図がどういう様相を呈するかは、経済や人々の生活にも、大国間の覇権争いの激化という張り詰めた時代状況での国家関係にも、多大な影響を及ぼすであろう。
はっきりしていることが一つある。それは気候変動が新しい地図の決定的な特徴になったことにより、エネルギー国家の関係に新しい時代が開かれようとしているということだ。


エピローグはこのように結ばれています。
極東に位置し、ウクライナへの武器供与ができない日本もまた、実質ゼロ(カーボン)に向けて歩むことを宣言していますが、ヤーギンが俯瞰し、描く地図においての存在感、存在意義は、特別のものはありません。
しかし、実態としては、中国・北朝鮮、そしてロシアという実質的に強権・専横主義国家群と向き合うべき地政学上の課題を抱えています。
それは当然、持たざる国日本という条件を前提としてゼロベースでの発想と行動を必要としていると考える必要性を示すものと言えるでしょう。

化石燃料資源実質ゼロの日本がめざすべき地政学リスクゼロ化の水素エネルギー戦略

実質ゼロの近い未来への道筋・シナリオ。
新型コロナウィルス、そしてウクライナ侵攻。
ここ数年に起こった、ヤーギンが取り上げ、また警告を発した事象・事件は、想定外であり、想定内でもあります。
こうした今進行し、今変化しているエネルギーと種々の安全保障上の国家とグローバル社会の重要な課題に、どのように日本は取り組むのでしょうか。
欧米追随・追従外交一辺倒の、今この時点の対応は、7月の参院選を強く意識しての極めて近視眼的な、小手先のものでしかないのは、いつも繰り返されてきている通りです。

ダニエル・ヤーギンのこの名著から日本の政治家と国家行政に携わる官僚は、一体何を学び、何を政策・戦略として国民に提示するでしょうか。
歴史に学ぶとしても、プーチンのソ連復古主義と同類・同質の、種々の安全保障に名を借りた復古・保守主義、懐古主義的政権の色だけが濃さを増し、根本的・抜本的そして本質的なイノベーションを推し進める機運も行動も見ること、感じることができません。
ここでのイノベーションは、科学技術領域はもちろん、社会保障や経済領域、そして当然政治行政領域に関する制度・システムをも広く含むものです。

エネルギー戦略としては、前回の記事でも述べたように、地政学リスクを実質ゼロ化するグリーン水素エネルギーによる自国自給自足社会の創造・構築を提案しています。

(参考過去記事)
進む人工光合成技術研究開発が、2050年水素社会実現を可能にする(2021/10/5)
グレー水素、ブルー水素がグリーン水素に変わるまで頼りにするイエロー水素、ピンク水素(2022/2/15)

他の種々の安全保障戦略として、適正レベルでの自給自足社会の構築・創造とそれを補完するグローバル経済圏の構築・創造への貢献と参画を、当サイト https://2050society.com で望ましい2050年の日本社会の創造をテーマとして提案しています。
そして、社会経済システムの根幹として、日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金の創設・導入を、http://basicpension.jp で提案しています。
それらすべてが、多様なイノベーションで形成・構成されるものです。


以前、「エネルギー情勢と地政学」と題した『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』の書評を目にしたことがあります。
国際政治学者の高橋和夫氏によるもので、冒頭、こうありました。

不吉な著者である。ダニエル・ヤーギンが本を出すと戦争が起こり、その本が売れる。ベストセラーとなった『石油の世紀』は、湾岸戦争の開戦と前後して出版されている。そして本書の日本語版は2月10日に発行されている。その2週間後にロシアの大規模なウクライナ攻撃が始まった。

そして、「ヤーギンはエネルギー専門家の振りをした歴史家であり、卓越したストーリー・テラーであり、その著書が読まれている理由は、出版のタイミングの良さばかりではない」とし、「何冊もの本を読み通したような読後感」である、と評していました。

ダニエル・ヤーギン(Daniel Yergin):プロフィール

米国で最も影響力のあるエネルギー問題の専門家(NYタイムズ紙)、エネルギーとその影響に関する研究の第一人者(フォーチュン誌)と評される、ピューリッツァー賞受賞者。
他の主な著書:『石油の世紀ー支配者たちの興亡』『探究ーエネルギーの世紀』『砕かれた平和ー冷戦の起源』等。
世界的情報調査会社<IHSマークィット>の副会長

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