エマニュエル・トッド氏によるグローバリズム以後とパンデミック以後のグローバル社会と日本

政治・行政政策

 先月5月ほぼ同時期に入手し、同月内に斜め読みを終えた3冊の新書
・『正義の政治経済学 (朝日新書)』(水野和夫・古川元久氏共著:2021/3/30刊)
・『人を救えない国 安倍・菅政権で失われた経済を取り戻す (朝日新書)』(金子勝氏著:2021/2/28刊)
・『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択 (朝日新書)』(エマニュエル・トッド氏談:2021/2/28刊)

これを順に取り上げて紹介しています。
◆『正義の政治経済学』⇒ 資本主義の終焉への対応、閉じた帝国の実現、正義の政治経済学の実証は可能か:水野和夫氏の著述から(2021/6/24)
◆ 『人を救えない国 安倍・菅政権で失われた経済を取り戻す』⇒ 見えない分散革命ニューディール実現の政治的シナリオ:金子勝氏著『人を救えない国』より-1(2021/6/26)
以上2回終えていますが、金子勝氏の書については、別サイト http://basicpension.jp で異なるテーマで以下紹介しています。
ベーシックインカムでなくベーシックサービスで人を救えるか:金子勝氏著『人を救えない国』より-2(2021/6/27)

 今回は、残る1冊、エマニュエル・トッド氏へのインタビューをまとめた書『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択』を紹介する番です。
 本書は、これに先立って2016年に出版された『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』の続編に当たるものと言え、両方の書を一部並列して取り上げることにしました。
 すなわち両書を用い、「グローバリズム以後」と「パンデミック以後」を眺め、考えてみようというわけです。

エマニュエル・トッド氏とは

1951年フランス生まれの歴史家、文化人類学者、人口学者。
家族制度や識字率、出生率に基づき現代政治や社会を分析し、ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英国EU離脱などを予言。米国大統領選でのトランプ選出も予見したことで、一層名を高めた。

『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』PR文

本書に入る前に、手元にある同じスタイルで2016年に出版された『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』(2016/10/30刊)の表紙カバーにあるPR文を以下に転載しました。

トランプ勝利を予見!
グローバリズムは終焉し
国民国家への回帰が始まった底流と未来を読み解く!

現代最高の知性が世界を読む
日本向けインタビュー最新刊
「支離滅裂で挑発的なトランプ氏のスタイルの陰に隠れがちですが、
彼を支持する人たちの反乱には理があります。
自由貿易、生活レベルの低下、絶え間のない構造改革がもたらした不安定、
高齢になったときに何が起きるか分からないという退職後の不安。
それらが、多くの人にとって耐えがたい状況を現実に作り出している」(本書より)
米国の夢の終わり、解体に向かう欧州、危機を迎える中国、ロシアの復権ーーー
大転換期に日本のとるべき道は?

トランプ・ショック、英国EU離脱、憎悪とテロの連鎖。
どの国もうまくいかない
歴史の大転換期を鮮やかに読み解く。

グローバリズムが先進国の中間層を解体し、社会を分断する。
民族の自律性と民主主義への懐疑が黒雲のように広がる。
中東では国家の解体という最悪のプロセスが進行する。
このおそるべきニヒリズムを乗り越えるにはーー。
朝日新聞による日本向けインタビューを網羅。
9.11以降の現代史の奔流が手に取るようにわかる!

 この書の発売は2016年ですが、そこに取り上げられた各テーマは、最も古いもので1998年5月のインタビューに基づくもの。
 以降2001年から2016年2月までのインタビュー内容を朝日新聞朝刊やコラムに掲載したものをまとめています。

『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択』PR文

 次に、前著から5年後の今年2月に発売された『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択』の表紙カバーにあったPR文です。
 本書の方は、2018年7月から今年2021年1月までに、朝日新聞及びAERA等でインタビューをもとにした掲載記事を加筆修正して書としたものです。

急拡大する「全体主義」の脅威とはーー
人類の大転換に、日本はどう対峙すべきか?
現代最高の知性が緊急提言!

中国リスク、米国の大分極
国家システムの敗北、自由貿易の限界・・・
世界秩序の地殻変動に備えよ!
「能動的な帰属意識」が再生のヒントだ
日本向けインタビュー最新刊

日本は絶え間ない変化を生きてきたーー。
未曾有の厄災を糧とし、
大変質する世界と向き合うための知見と思索。

グローバリズムや自由貿易といった「幻想」は雲散霧消した
米国は左右に引き裂かれ、欧州は泥沼状態で
中国やロシア、東欧などで全体主義の傾向が強まっている。
民主主義が失速していく今、私たちが進むべき道とはーー。
現代最高峰の知性が、これからの日本のロードマップを示す。

「グローバリズム以後」がテーマとなった起点・視点

トッド氏は、『グローバル以後』の日本人読者向けの序文で、こう書いています。

1998年と2016年の間に私たちは、グローバリゼーションが国を乗り越えるという思想的な夢が絶頂に上り詰め、そして墜落していくのを経験したのです。
それは、一つの国(ナショナル)というよりむしろ帝国(インペリアル)となった米国に主導されながら進んでいきました。

 これが、同書としてまとめられる起点・視点となる問題意識といえるのではないかと思います。

 そしてまた、この「帝国」という言葉、表現を目にしたとき、先日投稿した記事
資本主義の終焉への対応、閉じた帝国の実現、正義の政治経済学の実証は可能か:水野和夫氏の著述から(2021/6/24)
で水野和夫氏が用いていた「閉じた帝国」「アメリカ金融・資本帝国」「EU帝国」が思い浮かんだのはごくごく自然なことでした。

 そして今、新型コロナパンデミックが、行き過ぎた資本主義とそれ自体がもたらす資本主義の終焉と一体のものとして、グローバリズムの限界あるいは終焉という評価も確たるものにしつつある時代を迎えている、と言えるでしょうか。
 私自身は、哲学者でも政治学者でも、未来学者でもなく、望ましい2050年の社会をどうすれば創造・創出できるか、多少の楽観・楽天をもって考えていきたいと思うただの個人。
 トッド氏が、身近なEUとフランス批判を繰り広げるその知性や博識には遥かに及ばないのですが、身近な現状の日本の政治と官僚、大企業経営者、学者研究者への批判精神を持つ自分自身を何千分の一かのレベルで投影させているような幻想ならぬ錯覚をふと抱いている気がしています。

『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択』から

 トッド氏が嫌いだとしながらも必然としたトランプ論や、トランプ及び共和党よりも矛盾を抱えるバイデン大統領と民主党批判については、本稿では取り上げません。
 ただ一つ関連して懸念しているのは、自民党、とりわけ首相を自ら降りた安倍某が、在任中はもとより退任後においても、よりトランプ化していることと、自民党自体がそれを許容して、トランプ否、AB回帰の道を戻る可能性さえも感じさせる共和党化をも窺わせることです。
 

自由貿易から保護貿易へ

「自由貿易は、民主主義を滅ぼす」
「世界各地で起きている格差拡大の一因は行き過ぎた自由貿易政策にある」とし、自由貿易から保護貿易への移行を提言してきた同氏は、こう主張します。

 保護主義とは、自由貿易のようなイデオロギーではなく、自由貿易主義者は、そこの完璧な世界があって、関税をすべて取っ払って、というような世界を描いており、宗教に近い。
 対して、保護主義は実際には存在しない。
 国家がとる手段で、自然に備わった能力と言っていいかもしれない。
 もちろん保護主義に移れば、いくつかのものの価格が上がるだろうが、労働市場も違うものになる。
 労働者の賃金は上昇するだろう。
 焦らずに、少しずつ保護主義的な政策を進め、金融、サービスセクターから資源をはがし、労働者や技術者にアドバンテージを与えることが必要。
 (略)
 保護主義がつくりだすのは社会的な革命で、本当のゴールは、社会の中のバランスを変えること。
 格差を解消し、エンジニアや科学者、ものを生み出す人にアドバンテージがあるような社会へ移行する。
 保護主義とは、何かを創造することで、保護主義者は、生産やテクノロジーを考えている。
 一方、自由貿易主義者は、いつも「消費すること」について語ろうとする。
(略)
 働くことは人々にとっていいことで、保護主義はまず、労働に何かしらの重要性を与えることを目指します。すごくシンプルでしょう。

 労働至上主義的な発言には、少し反論したいところですが、コロナ禍で最も社会が取り組むべきことは、自給自足社会経済システムを整備すること、と考える私としては、保護貿易主義は、通じるところです。
 但し、ものを生み出す人以外の人々とその職をどう考えるのでしょうか。
 気になるところです。
 理想主義的な内容も。

 自由貿易があるポイントに達すると、経済的な格差が広がり過ぎて、民主主義と自由貿易を両立できなくなる。
 自由貿易をある程度やめるか、民主主義を救うかの選択を迫られる。
 民主主義の根底には、いくつかの平等が求められるから。
 市民権、法の下の平等、投票権、そして、そこには経済的な要素も絡んでくる。
 政治的な民主主義が、経済的な格差の拡大を野放しにしたままでは成立しない。

 こういいますが、野放しにしてしまう民主主義があることを否定できない現実が存在することをトッド氏は知っているはず。
 その前提で、コロナ後の国家と社会はどうあるか、どうあるべきか・・・。
 理念としての平等の現実性・不確実性は、既にフランスでもEUでも経験済みのことのはず。
 後述するフランスの労働者や移民の健全性の発露の続きは、どのような望ましい民主主義国家や社会をもたらしてくれるのか。
 同氏はそれにどう関与するのか。

新型コロナ禍の国家と日本社会

 以前、本書の<第2章 新型コロナ禍の国家と社会><第6章 家族制度と移民>をベースにして、日本の少子化対策をテーマに
エマニュエル・トッド氏が見る日本の少子化対策問題(2021/6/5)
という記事を書きました。
 それ以外の課題として、日本にとって示唆する内容がないか関心を持っていたのですが、人口動態をめぐって、国家や社会への強い帰属意識、それも受動的ではない、「能動的帰属意識」の必要性を主張するにとどまっています。
 積極的な社会への参加と連帯を意味するのですが、どうもそれは、フランス及びEUのエリート批判と同時に高く評価し、望ましいことをしている労働者や移民の態度・姿勢・行動をイメージしていることは明らかです。

 しかし、彼の国と日本とを同一視することには無理があることは理解しているはず。
 少子化問題について、「天皇が子どもを増やそうとか移民増やそうとか呼びかければいいのではと思う」との発言に、同氏に適切なアドバイスを求めることの方に無理があると認識しておくべきでしょう。
 またそう簡単に「最終選択」などできるはずもないですし。



 

日本に応じたコロナ後の保護主義と自由主義融合社会構築の議論を

 確かにその識見・博学には尊敬の念を抱きますが、フランス及びEUについては内から的確にみることができるでしょう。
 そしてグローバル社会の先鞭をつけ、今日のグローバリズムを、その根っこが英国にある米国と共に拡大してきた当事国及びヨーロッパ地域の一員であるエマニュエル・トッド氏ゆえということもあるのではと思います。
 しかし、日本について、当事者的な感覚を持ちつつ、第三者として提案・提起することを求めるのはどうでしょうか。
 両書とも、日本人にとって有効・有意義な道筋を示すかのような謳い文句を冒頭紹介したように並べます。
 しかし、しっかり認識できるのは、思考方法と行動方法に親和性・親近性をルーツとして持ち、当事者的発想で考察・表現できるモノ、コトに多くが限られるのでは。
 そうこの類の書で感じるのです。

 しかし、それは、日本の独自性を主張したいが為からではなく、当事者責任を持つ一員としての矜持からとカッコをつけさせて頂きたいと思います。

 そう認識しつつ、また矛盾を感じつつ、次回は、今回の延長・続編として、マルクス・ガブリエル氏へのインタビューをまとめた新書『つながり過ぎた世界の先に (PHP新書)』(2021/3/30刊)を取り上げることにします。


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