
見えない分散革命ニューディール実現の政治的シナリオ:金子勝氏著『人を救えない国』より-1
先月5月ほぼ同時期に入手し、同月内に斜め読みを終えた3冊の新書
・『正義の政治経済学 (朝日新書)』(水野和夫・古川元久氏共著:2021/3/30刊)
・『人を救えない国 安倍・菅政権で失われた経済を取り戻す (朝日新書)』(金子勝氏著:2021/2/28刊)
・『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択 (朝日新書)』(エマニュエル・トッド氏談:2021/2/28刊)
を順に取り上げたいと思っていました。
前回、ようやく、1番初めの書『正義の政治経済学』を題材にした記事
◆ 資本主義の終焉への対応、閉じた帝国の実現、正義の政治経済学の実証は可能か:水野和夫氏の著述から(2021/6/24)
を投稿。
今回は、2冊目、金子勝氏による『人を救えない国 安倍・菅政権で失われた経済を取り戻す』を取り上げます。
救いようのない安倍・菅内閣政治の記録としての価値
本書のタイトルが『人を救えない国 安倍・菅政権で失われた経済を取り戻す』とあるように、以下の構成で安倍・菅政権の失政の記録と批判で多くが占められています。
・第1章 なぜ日本政府は国民の命を救えないのか ー コロナ対策の失敗の原因
・第2章 腐敗とたかりの「仲間内資本主義」を正す
・第3章 新型コロナ大不況がもたらしたもの
・第4章 アベノミクスを総括する ー 日本経済の体質を問い直す
・第5章 ポピュリストの政策的退廃
・第6章 日本は新しく生まれ変わる
本論では、これからの事を課題としているので、忘れやすい私たちにとってその記録は非常に価値があるのですが、一応歴史的価値を含めてそれが十分あることだけを申し上げて、ここでは取り上げないことにします。
従い、主に見ていくのが、<第6章 日本は新しく生まれ変わる>になります。
なお、<第5章 ポピュリストの政策的退廃>は、自公政権批判ではなく、その他の政党や勢力への批判であり、その中で取り扱っているベーシックインカムについては、http://basicpension.jp で取り上げることにしています。

新しい産業を創出する3つの技術大転換期
まず本章の冒頭、金子氏は、新型コロナウイルスの大流行がこれまでの産業や社会システムに大きな影響を与えていくとし、その大きな変化の底流として、今、産業や技術の大転換期にあることを提示。
その中で、以下の3つの技術が軸になっていることを強調します。
1)歴史的エネルギー転換
2)情報通信技術の発展
3)(情報通信技術の発展がもたらす)医療技術・医薬品開発
しかし、それらの変化の底流は、文字通り、底流としてコロナ以前から課題となっていたことです。
従い、コロナ禍は、そのニーズの必要性とその流れを押し速めたものと考えます。
それぞれの技術課題や変化の状況、今後のあるべきかたち・予想などは、同書で確認することとしてここでは省略します。
(後日、別の観点から種々の問題を長期ビジョン・長期プロジェクトとして取り上げる際に活用するかもしれません。)

未完の近代プロジェクト、5つの優先課題
世界的にポピュリストの政治は終わりつつあり、国内的には、戦後の自民党政治に拠る無責任体制がますます強まり、同時に限界も露呈してきている。
それは、自民党政治が終わるか、日本が終わるか、という2択に追い込まれていく状況を反映。
その払拭が必須となっているが、それは日本における「未完の近代プロジェクト」なのかもしれない。
と、自民党政治の終焉か、日本の終わりかなどと大げさなことを言っている時点で、どうも噴飯ものという感じを受けてしまうのですが、果たして、5つの未完の近代プロジェクトの具体的な内容はどうなっているでしょうか。
1)抜本的新型コロナウイルス対策
2)経済政策の中軸に分散革命ニューディールを置き実行
3)コロナ禍のバブルが生み出す究極の格差社会の是正
4)仲間内資本主義によって壊れた公正なルールの再建
5)差別のない多様性を尊重する社会の実現
ここでも、各項の詳細は省略し、概括と基本的な疑問提起にとどめます。
3)以降は、コロナ云々に拘らず、それ以前から続いている社会的・政治的・経済的課題リスト。
ほとんどの人が理解し、共感するものでしょう。
しかし、分かっていはいるが、既存政権政党にはその自覚も責任もなく、野党がそのための有効かつ、市民・国民が理解し、支持できる提案を提示することはできていない。
2)の「分散革命ニューディール」という用語が、一応目新しさを示しているように感じられるが、問題は中身とだれがどうそれを実現するか。
未完を To be continued のまま、得意のモラトリアム作戦でやり過ごすことになってしまうのではないか。
懸念・不安は、だれかのスローガン政治と同レベルに終わらぬことを祈るのですが、果たしてどうなのでしょう。
4)の「仲間内資本主義」という表現を用いるよりも「利権型政治・行政システム」とそれと密接に結びつく「官民利権一体型資本主義」という表現が当たっている気がします。

新しい産業戦略と地域分散・分権ネットワーク型社会システム
「改革」ではなく「革命」とうたった「ニューディール」。
政治経済領域では、常套句の用語であり、手法ですが、初めから終わりまで、ということは相当のスパンで有効性を持続できた「ニューディール」はなかったような気がします。
では新たに「分散」と接頭語が付いた「ニューディール」とはどういうものか。
新しい産業戦略と位置づけて、金子氏は次の2つを提示します。
1)地域で中小規模の投資を積み重ねる形での産業と雇用の創出
2)新しい情報人権の確立を前提とした地域分権ネットワーク型社会システムの構築
そのことにとりわけ「革命」性があるとは思えませんが、意図・意味するところはこうです。
・IoTやICTの長所は、小規模の多数の分散した情報を瞬時に調整できる特性を持つがゆえに、効率的な知育分散ネットワーク型システムを構築できる点にある。
・財源と権限を大胆に地方自治体に移譲して、医療・介護・福祉などに携わる病院、診療所、福祉施設、在宅看護・介護をネットワーク化する。
・電力会社の解体再編によって脱原発とエネルギー転換、社会福祉の分権化改革、食と農の地域分散ネットワーク型への突破口に分散革命ニューディールで産業と雇用を創出する
・そのために、エネルギー・福祉・食と農業といった領域で、地域の市民・中小企業者・農業者・組合などが経済民主主義の担い手となって、投資や需要を創出する。
・こうした生活の基本ニーズを起点とした改革が、インフラ、建物、耐久消費財へのイノベーションの起点になっていく。

分散革命の主たる3つの領域・産業分野
前項で示したように、金子氏による地域分散革命ネットワーク社会構築の中軸に位置づけられるのが、以下の3つの領域・分野です。
1)電力・エネルギーシステム
2)社会保障システム
3)食および農業分野
私としては、1)と3)について詳述している内容に関心があるのですが、その紹介では相当長くなりますので、別の機会に、それぞれの命題ごとに当サイトで考察する折りに紹介したいと思います。
<社会保障システム>の分散化については、金子氏は、地域での現場における実務のあり方を課題としており、財源や保険制度のあり方等に関する構想・方策には触れていません。
所得の再分配のあり方でその財源対策を進めようというものでしょうが、税体系の見直しなしの社会保障システムの分散化には無理があることは確認しておくべきと思います。
なお、今後の社会保障システムの制度・法律面からのあり方については、私は、ベーシック・ペンションの実現とセットで改定・改革を提案しています。
ベーシックインカム、ベーシック・ペンション専門サイト http://basicpension.jp の各当該記事でご覧頂ければと思います。

(参考)電力・エネルギーシステムその他のこれからのあり方に関する当サイトにおける過去記事リスト
なお、電力・エネルギー分野に関しての検討・考察は、過去以下で述べてきています。
◆ ウィズコロナの2020年に再定義・再構築すべき2050年エネルギー国家戦略:新エネルギーシステム改革-1(2020/7/21)
◆ 不自由化と一体だった電力自由化、本来の道筋:新エネルギーシステム改革-2(2020/7/22)
◆ 電力料金の公正な競争基盤確立の条件:新エネルギーシステム改革-3(2020/8/10)
◆ 2050年再生可能エネルギー100%達成を目標に:新エネルギーシステム改革-4(2020/8/11)
◆ 非効率石炭火力発電段階的休廃止と脱炭素への道、表と裏:新エネルギーシステム改革-5(2020/8/24)
◆ 脱原発を宣言できないエネルギー国家戦略、その政治と行政:新エネルギーシステム改革-6(2020/8/25)
◆ 脱炭素大合唱、菅内閣の狙い:環境と経済で社会はどう変わっていくか-1(2020/12/23)
◆ 脱炭素宣言後の日経関連記事リストからイメージする:環境と経済で社会はどう変わっていくか-2(2020/12/24)
◆ めざすべき水素社会とエネルギー自給自足社会:脱炭素による環境と経済で社会はどう変わるか-3(2020/12/25)
◆ グリーントランスフォーメーション(GX)とカーボンゼロ・イノベーション(2021/1/4)
◆ ペロブスカイト型太陽電池によるクリーン&グリーンエネルギーとカーボンゼロ・イノベーション(2021/1/5)
◆ 水素社会、IoE(インターネット・オブ・エナジー)実現とカーボンゼロ・イノベーション(2021/1/6)
◆ 小型炉原発に検討の余地が?電源構成とカーボンゼロ・イノベーション(2021/1/7)
◆ 移動手段変革による生活変化とカーボンゼロ・イノベーション(2021/1/9)
また、食・農業他、エネルギー問題も含め、長期的に自給自足システムを構築すべきという観点からの考察は、以下の記事で行ってきています。
◆ 新型コロナパンデミック第二波からも考えるべき新・社会経済システム構築(2020/8/2)
◆ コロナと『貧乏国ニッポン』と目指すべき改革ニッポン(2020/9/2)
◆ BI、社会保障、エネルギー、農業、メディア。10年、20年スパンで取り組むべき社会課題(2020/11/10)
◆ 2050年社会システム改革達成のための「2030年農業・農政中長期ビジョン」(2021/1/19)
◆ 「税と社会保障の一体改革」の欺瞞が求める政治改革と財政システム改革(2021/1/30)
◆ 今からでも遅くない、半導体国内自給自足体制構築を:コロナを契機とした長期社会経済システム構築(2021/2/10)
分散革命ニューディール:人と国を救うための金子論の決め手
「革命」という物騒な用語を用いて扇動し、先導を図ろうとするのですが、「ニューディール」という用語は、ある意味で「使い古されたワード」「壊れかけたレイディオ」の響きがあり、あまり心地はよくはありません。
以下が、本書の最後の文章です。
政治的・社会的に見れば、地域分散ネットワーク型の仕組みに変えることは、エネルギー・福祉・食と農といった地域の生活圏に関わることについて、地域に住む住民が意思決定する社会システムに変革していくことを意味する。
地域と中小企業が巨大な中央集権化した政府と大企業の下請け関係になるのではなく、互いにフラットにつながり合い、ボトムから民主主義を支える仕組みとなる。
それは何より、ともすれば諦めがちになり飲み込まれがちになる巨大な社会システムを「解体」し、若い世代が新しい産業と社会を創造し、生きる意味を見いだすことができる社会を創ることになる。
戦後の無責任体制という社会体質が、度重なるメガ・リスクに対して危機管理をできずに、いまやコロナ氷河期と呼ばれる「失われた世代」を再び生み出しつつある。
これは人災である。
明治維新以来、大規模化・中央集権化の下で文明化近代化を達成してきた。
いまや、こうした社会体質そのものを変えていかないといけない。
これ以上、若い世代を犠牲にしてはいけない。
そのために、若くない世代は何を、どうなすべきか。
そこまで踏み込んで、金子氏は提案すべきです。
そして、自身の構想を実現するための政治的な方法・方策にも矛先を向けるべき。
めざす<地域住民が意思決定する社会システム>における地方自治体の役割・機能、すなわち地方行政のあり方は、どのように改革を必要とするのか。
この命題についての方向づけ・方策についても示されていません。
あるのは、財源と権限の移譲という表現。
果たして財源と権限があれば、現状の地方自治体組織と地方議会組織で、地域住民や中小企業、種々の利害関係者を巻き込み、多様な分散型革命ニューディールを統括し、実現できるのか。
集中と分散のあり方が、そこでも当然課題となります。
また地方という切り口において、課題ごとに適正な規模があるはず。
現状の都道府県、市区町村などの行政単位ごとの責任や権限・業務領域など、配慮すべき課題が、現実問題となるとクローズアップされます。
トップのリーダーシップはもちろんスタッフ、民間スタッフ、公的サービス機関など、国のミニチュア版の役割と機能上の課題が、より現実味を帯びてくるわけです。
当然、地域地域における利権・利害関係にまつわる問題も起こりうることを想定しておく必要があるわけです。
決して革命組織が、その理想をマジックのように実現してくれるわけではないことを覚悟しておくべきでしょう。

どの政党に可能性を見出すか、金子論実現の政治的プロセスは
団塊の世代から数年後の世代にあたる金子氏。
ほぼ同世代の気鋭の経済学者と思っていた金子氏も、今年で70歳。
歳をとりました。
学者・研究者として革命的政策を提言することはできますが、その政策を政治イシュー化し、国会で関連法案を提出・議論成立させるまでの道筋をどのように付けるのか。
新書1冊上梓すれば、どこかの使命感に満ちた政党や政治グループやそのリーダー、トップがよくそれを理解し、選挙に当たって公約化し、それらを打ち出して議席獲得に導くことができるか。
これまでも、無数の研究・提言・警告書が発刊され続けてきましたが、実際に制度化・法律化された例はほとんどないに等しいでしょう。
金子氏の切れ味の鋭さは変わらぬところがありますが、結局は、自論を採用し、共闘してくれる政党があるかどうかが、経済学者としての位置、価値を示す証ではないかと私は考えています。
とすると金子氏はどうなのか、どの政党のブレーンとして存在感・存在意義を得ているのかが気になります。
多くの政策に親和性を持つ金子論との致命的な違い
金子氏の提案の多くに私は賛同するのですが、その実現のための方策・方法の基軸に、私は日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金を据え、提案しています。
しかし、金子氏は、ベーシックインカムには反対しており、その時点で、政治的アプローチにおいても、経済的アプローチでも、同一歩調をとることは不可能となります。
格差や貧困問題の拡大を、自民党政権の仲間内資本主義を因とする金子氏にとっては、社会保障システムの分散化が財政規律至上主義にあくまでも立脚し、財源革命を経ずして実現可能とみるのでしょうか。
そうではなく、あくまでも産業と雇用・所得を生み出す地域分散革命ネットワークに基づく経済政策をエンジンとするならば、結局一種の成長戦略主義であるわけです。
また少子化や人口減少社会、それとつながる労働人口減少社会との関係についても、本書でほとんど触れられていません。
部分部分では、細かい提案・提言がなされているのですが、どちらかというと経済領域の狭い視野での持論展開にとどまり、政治面では政権批判どまりで、繰り返しになりますが、持論実現のための政治プロセス創造には及ばないことが残念でなりません。
複数の野党や公明党も傾斜するベーシックインカムよりベーシックサービスを主張する金子氏の考え方については、冒頭触れたように、ベーシックインカム専門サイト http://basicpension.jp で紹介し、反論を予定しています。
なお、2050年の望ましい社会実現のための当サイトで、私は、これまでに
◆ 10年、20年、30年後の社会を考えるのも政治・行政の仕事:世代継承を考える(2021/3/6)
◆ 21世紀日本社会構築論(序)ー グローバルスタンダード国家モデル創造をめざして(2021/4/3)
◆ 21世紀日本社会構築論(破)ー コロナ禍を政治・社会・社会経済システム改革の契機に(2021/4/7)
などで、政治的なアプローチの変革の必要性を主張しつつ、長期ビジョンの提案に取り組みつつありますが、7月には、そのまとめ作業を行う予定です。
なお次回は、エマニュアル・トッド氏の『パンデミック以後 米中激突と日本の最終選択』(2021/2/28刊)、次次回は、マルクス・ガブリエル氏の『つながり過ぎた世界の先に (PHP新書)』(2021/3/30刊)、それぞれを参考にしての今後の日本のあり方を考えてみる予定です。

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