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自助努力は歴史が作り上げた伝統的価値観か?:『日本の分断』「日本人価値観調査」から-4

三浦瑠麗氏著『日本の分断 私たちの民主主義の未来について (文春新書)』(2021/2/20刊)を参考に、以下のように
<『日本の分断』「日本人価値観調査」から>シリーズを進めています。

日本人はどこに向かうのか:「日本人価値観調査」から、コロナ後、望ましい2050年への政治を考える(2021/7/1)
あなたは経済的・社会的価値観分類「保守、介入的保守、リベラル、自由主義」どれ?:『日本の分断』「日本人価値観調査」から-2(2021/7/9)
立憲民主党に政権交代戦略はあるか:『日本の分断』「日本人価値観調査」から-3(2021/7/11)

 このシリーズに当たって念頭に置いているのが、既に終えている『枝野ビジョン 支え合う日本 (文春新書)』(2021/5/20刊)を紹介しつつ考察した、以下の<『枝野ビジョン』を読む>シリーズです。

リベラルな日本を保守するという意味不明:『枝野ビジョン』を読むー1(2021/7/3)
コロナ禍による日本の課題認識と新自由主義批判は自分に還る:『枝野ビジョン』を読むー2(2021/7/4)
未だ不明の支え合い、社会、政治と行政の正体:『枝野ビジョン』を読むー3(2021/7/5)
漢方薬的薬効に頼る政策は政策にあらず:『枝野ビジョン』を読むー4(2021/7/6)
リスクとコストにも支え合いを求めるリベラル保守の正体:『枝野ビジョン』を読むー5(2021/7/7)


 今回は、価値観診断シリーズ、第4回で、<第3章 「分を知る」をとるか「進歩」をとるか>から考えます。

第3章 「分を知る」をとるか「進歩」をとるか から

この章では、日本政治を下支えしている価値観、例えば、人々の経済的な不平等等をめぐる価値観、変革を望む気持ち、反エスタブリッシュメント感情などを分析するとしています。
これは、日本社会の安定がどういった要因によって構成されているかを考えることを目的としている。

日本人の求めている「競争」と「平等」

ここでは特に「教育」における競争と平等について焦点を当てて論じています。
その元ネタは、2019年の当時の萩生田文科相の大学入学共通テストへの英語民間試験導入をめぐる「身の丈」発言。
この節での本件を軸にして教育の競争の現状、不平等の状況などは、多様な見方・考え方があり、そのどれも当たっており、そのどれも唯一絶対的なものでもないわけで、ここではきりがないので紹介しません。
要するに、教育環境をめぐっては、親や家庭環境上の違い・格差は当然あり、それを学校教育で平等化することなどムリなことも明白。
しかし、見方によれば、義務教育機会が設けられていることで一種の「平等」は実行・実現されているわけです。

この例を価値観調査と結び付けて持ち出したのは、「身の丈」という言葉が、格差を前提とした発言であり、それを無条件に受け入れること自体が「差別」「不平等」を認めることを意味すること。
それが、この節のテーマである「分を知る」ことを強制し、それを受け入れることを強制していると感じさせたゆえでしょう。
そして、最後にこう問いかけます。

では、「分を知る」ことの対極は一体何なのだろう。競争だろうか。それとも完全な平等だろうか。
あれだけ発言が炎上しながらも、意外とこの点は掘り下げられていない。

掘り下げるも、掘り下げないも、もともと発言する方も言葉の意味をよくよく考えて言ったわけではないし、この価値観調査における課題とすること自体に疑問を感じます。
政治・政策課題として論じるよりも、むしろ国としての大学教育、大学入試のあり方を根本的に再構築することよりも、入試を事業とする民間企業間の「競争」と競争参加の「平等」をめぐる問題と置き換えた方が適切ではないかと考えてしまいます。
ここは、筆者のミスリードであったとしておきます。



日本人は競争を否定していない

日本人は実力主義や競争を信じている部分がある。
これは間違いないところと思います。
前節を受けて、ここでも主に「教育」をテーマとしており、大学の学費の高さや大学教育の無償化問題を取り上げます。
ここでも、日本社会において、学歴をめぐる競争は確かに存在するが、それは身の丈に合ったスタート地点からの同質的な競争であり、飛び級はできないし、授業についてこれない生徒にきめ細かい指導をすることもない、すなわち選択的投資は難しいことを示します。
どんなに品行方正でなくても、仮に学校に適合できなくても一発逆転の可能性があるけれど、日本の教育は「身の丈」と「実力主義」と「平等主義」の3つが組み合わされたものになっている、というのです。

そしてこう続けます。

これらの相克する3つの要素の配分のさじ加減を決めているのが、おそらく「自助努力」という価値観。
これは、身の丈=境遇の差を自分の努力で埋めることを求める考え方であり、実力主義に基づく競争とも親和性が高く、才能ある人に有利な考え方なので、平等を掘り崩す場合がある。
そこで、平等主義の観点から自助努力の価値観を損なわない範囲で、つまり成功者に与える見返りをあまり多くしないことで才能を社会に還元させているのが日本の実状である。

まあ、そういう側面もあるよね。
しかし、それがすべてではなく、そうではない面も現実に十分あり、変化もしてきている。
私の意見はそんなところです。
実力主義という表現も能力主義同様使いようで、観念的な議論は、さほど有意であるとは思っていません。


日本人はお上に放っておいてくれと思っている

日本人は一般的に考えられているほどお上頼りの国民ではないし、お上のことが好きでもない。

いきなりの結論から本節が始まります。
やはり、話の多義性、多様な解釈の可能性があり、「お上」の示す範囲や、頼る・頼らないの対象・テーマによりけりでもあるので、ここで意義を見いだせるのは、「政府を信頼しているか、していないか」についての価値判断です。
日本人は政府への信頼が一貫して低いとされている。
なぜ政府を信頼していないかを考えると、典型的なのはスキャンダルや政局がらみ。
加えて、日本特有の社会的背景があるとし、日本人には、政府に強制されなくても自律的な行動をとる傾向があるといいます。
そしてそれは、ときに政府に対して「放っておいてくれ」という感情として働く場合もある、と。

これも一面的ですね。
コロナ禍ではこうした感情・思いは、どちらか一方とは決めることが非常に困難であることが示されました。

最後にこうまとめています。

信頼というのは色々な意味を含んでおり、世界を横断的に同じ質問で測る項目としては適していない。
だが、政府との関わりや地域社会との関わりに強さを示す指標としては重要である。
だから日本人のメンタリティを知ろうと思うのならば、「お上」ではない何を支えとして自己を保ったり日々を送ったりしているのかを探らねばならない

この命題をもって政治・政策のあり方を課題とするのは、姑息な手段のような気がするのですが、果たして、どのように本章を帰着させるのでしょうか。



イングルハートの分布図

次に、筆者の意図するところとして、自助努力の歴史的な根拠を示したかったのでしょう、政治学者のロナルド・イングルハートによる「価値観分布図」を持ち出して、日本人の特性を他国家や多民族との比較を用いて示します。
同図は省略しますが、日本人が自らを律する要素として、集団内での暗黙の規律、和することをまず示し、それが一気にナショナリズムや政府の肯定に結びつかないことを「らしさ」とします。
加えて、必ずしも宗教に拠らない自助努力の精神、道徳としての自助努力の存在を提示するのです。

このあたりに、筆者の本音が見え隠れしています。
そしてこう続けます。


自助努力の価値観はすでに浸透している

日本においては自助努力の価値観がすでに社会の隅々に浸透している。
が、異なる印象を持つ人もいるだろう。

日本人価値観調査」では、以下の問いも設定されており
1)日本は努力すれば報われる社会だ
2)一般的に、国の制度に頼る前にまずは自助努力が大事だ
1)の肯定派は74.0%、反対16.6%

しかし、「世界価値観調査」での質問
1)国民皆が安心して暮らせるよう国はもっと責任を持つべき
2)自分のことは自分で面倒を見るよう個人がもっと責任を持つべき
1)の肯定率は75.9%

と、自助・公助まったく逆の結果となっている。
ここで筆者は、日本人価値観結果の方を支持するのだが、質問の仕方によって、受け止める印象、思い浮かべる内容は違ってくることに留意すべきと思うのです。
そしてまた、こうも言っています。

自助努力は、近代以降の日本政府が導入した価値観ではない。
もともと存在していた価値観にお上による後発の制度が新たに加わり、「自助、共助、公助」という順の価値観が出来上がった。
(略)
(立民枝野氏も以前、この順番を重視していたことを指摘され、今は考え方を変えていることを情報提供した上で)
それらをめぐって沸き起こった言論には、日本人の価値観やその変遷を振り返るような丁寧な議論は見当たらなかった。世の中には学術研究や調査によって引き出された興味深い事実がたくさんあるのに、現実の報道や政治論議との間にはなぜか隔たりがあって、活用されにくい。


どうやら、自助努力の歴史的合理性を主張することが、本章の狙いであったかのような展開になってきました。
『枝野ビジョン』では、「「自助」を強いる社会に未来はない」と言いました。
では「強いる」のではなく、自助を「支援する」方向に導くこととさほど違わないのではないかと思ったりもします。
本来、自助云々を議論する前に、あるいはそれとは切り分けて、先に公助のあり方を議論し、再構築していくことが優先課題と思うのですが、そういう視点・観点は、本書では埒外ということでしょうね。

日本人は弱者への分配強化にはさほど熱心ではない

いまの日本人は弱者への分配を強化することにさほど熱心ではない。しかし、現状に比べて分配を減らすことを望んでいるわけでもない。

経済的観点のうち、党派的ギャップがあるのは成長と分配、消費増税、財政規律に関する論点のみであり、党派を問わず公助の拡大に支持が寄せられない傾向にある。

自助努力の歴史性をベースに据えると、関連して、再分配のあり方に関心は移ります。
この節では、結局、格差問題を正面から捉えて、再分配の在り方の変革に向かう可能性を強調することになると思いきや、それが意味する「公助」への支持・不支持の動向について、話を向かわせます。

その結論が、上記の分析になるわけです。


国民は変化を望んでいるか

本章の最後の節は、「果たして国民が変化を望んでいるのか」という課題に持ち込みます。
そこで、「日本人価値観調査」で、以下の6つの質問を設けたことを示し、その回答結果から答えを導き出そうとします。

1)最近の日本は正しい方向に向かっていると思うか
2)官僚や政治家等のエリートは国民のことを分かってくれない
3)マスメディアの報道姿勢は信用できない
4)日本経済は富裕層や大企業に有利にできている
5)短期的に混乱があったとしても変革が必要
6)日本には既得権をぶち壊す強いリーダーが必要

簡単に各設問の大まかな傾向を示すと以下になります。
1)あまり及びまったく、そう思わない合計  61.1%
2)まあ及びとても、そう思う合計      81.4%
3)まあ及びとても、そう思う合計      67.5%
4)まあ及びとても、そう思う合計      79.1%
5)まあ及びとても、そう思う合計      60.2%
6)まあ及びとても、そう思う合計      60.3%

これは全世代合計によるもので、年代別に切り分けてみると、高齢者世代に現状に不満を感じ、改善改革を望む人が多いこと、逆に若い世代の意識・思いが低調であったことを報告しています。

数字の上では、変化を望んでいる国民は、過半を占めている。
しかし、こうした不満や期待を受け取る受け皿としての政治勢力、政党が現実的に存在していない。
既存政党にそれらを期待し、託すことができない状況にあることが、この章の情緒的な分析で示されていることを、ここで確認するに至りました。

「分を知る」をとるか「進歩」をとるかではなく、どちらにしても自助努力が日本人価値観の基本と主張

変化を期待しつつも、価値観調査結果では、明確にそれは示されてはいない。
その理由に、自助努力や競争を肯定する社会的な価値観が、歴史的に社会・国民に根ざしていることを上げるのです。
これは、「分を知る」からとか「進歩」「変革」を強く望んではいないという要因を理由にする意図があったのかもしれませんが、どうにも政治次元の問題認識から話を逸らす展開になってしまいました。
結果、長く続く自民党政権の「自助」主義を後押しするかの位置づけになってしまったのが残念です。

段々悪くなる政治・行政と段々よくなる政治・行政、どちらがよいか

ということで、本章を総括する視点を考えると、「価値観調査」項目に組み入れられていない課題が、むしろ政権交代戦略の中に位置づけることを考えるべきではないか、と。
それは、一人ひとりが生きてきた中で、生活や働くことや所得、子どもの保育・教育、医療や介護などにおいて、以前よりも良くなってきているか、それとも悪くなってきているかを問うこと。
あるいは、これから将来に向けて、それらが安心できるか、よくなると期待できるか、もっと悪くなる、不安に感じているかを問うてみる。

野党は、政権交代戦略の中に、こうしたアンケートを、中立的な立場で実行してくれる調査機関に依頼し、その結果分析とそこからの政策提案を行うことを組み入れるべきではないか。

どちらかというと期待はずれだった本章を活かす方策として、ここで提案しておきたいと思います。



「日本人価値観調査」による<社会・経済面タイプ分類>

1.<保守>
⇒ 従来からある社会秩序を維持することを望み、伝統的な文化や価値を守るために国家の役割を期待する傾向にある。
他方、経済分野における政府の役割や民間企業への介入についてはより懐疑的で、民間主導の経済成長を重視し、税制も成長に資するものを支持する傾向にある。
2.<介入的保守>
⇒ 従来からある社会秩序を維持することを望み、伝統的な文化や価値を守るための国家の役割を期待するとともに、経済においても国家主導の産業政策や再分配を望む傾向にある。
経済と社会の両面において、政府に大きな役割を期待することで、国家としての一体性や秩序を保ちながら不平等を減らすことを望む勢力であると自らを定義しているが、成長への関心は二次的。
3.<リベラル>
⇒ ライフスタイルに関する個人の選択を尊重し、多様性と少数者の権利を信じている。
社会正義のための国家による介入には肯定的で、格差是正や少数者の権利保護のために積極的な国家の役割を期待する。
成長への関心は二次的で、資本主義の行き過ぎを是正する最適な政治体制を望む傾向にある。
自由を信じている一方で、社会的な価値観は収斂すべきだと見なす傾向にある。
4.<自由(至上)主義>
⇒ 自由を基調に物事を捉えており、経済と社会の両面において国家の介入に警戒的である。
国家主導の経済政策や国としての一体性の保持よりも個々の企業体や個人による選択の自由を重視している。
多様性や少数者の権利を信じているが、国家による介入に警戒心を持っていることから、自発的な選択こそが最適な秩序を生むと考えている。

「日本人価値観調査」による<外交安保タイプ分類>

5.<外交安保リアリズム>
⇒ 憲法改正や日米同盟強化、自衛隊の役割拡大などに賛同する立場であり、現実主義に基づいて一定の軍備を必要とする考え方。
6.<外交安保リベラリズム>
⇒ 憲法改正や日米同盟強化に反対し、自衛隊の役割の拡大にもくみしない立場で、より限定された軍備を望む考え方。

(参考):価値観診断アンケート構成と回答項目・診断方法

◆外交及び安全保障について

日米同盟をもっと強化すべきだ
・今後、日本の防衛予算はもっと増やすべきだ
・中国は領土的野心を持っていると思う
・日本は将来的に、核保有を目指すべきだ
・韓国に対しては歴史的問題で妥協すべきではない
・憲法九条一項二項は維持したうえで自衛隊を明記する憲法改正案に賛成だ
集団的自衛権の行使が一部容認されたことに賛成だ
・国際社会での活動のために自衛隊を積極的に活用すべきだ
テロ対策の強化のために国による監視を強めるべきだ
⇒ あなたの外交・安保に関する価値観は     点

◆ 経済問題について

・多少の格差を生んでも、経済成長は大事だ
・公共事業はもっと減らすべきだ
・株価が上がることはいいことだ
・民間にできることは民間に任せていくべきだ
・これ以上高額所得者の所得税の税率をあげるべきではない
・福祉をこれ以上充実させるなら増税すべきだ
・法人税をこれ以上上げるべきではない
・自由貿易には賛成だ
・生活保護等の貧困対策にこれ以上予算を使うべきでない
⇒ あなたの経済的価値観は    点

◆ 社会問題について

・夫婦別姓に反対だ
・同性愛者を特別扱いすべきではない
・日本の伝統行事をもっと大事にすべきだ
・外国人労働者の受け入れ拡大には反対だ
・外国人観光客はこれ以上増やすべきではない
・国会議員の一定割合を女性とする制度の導入には反対だ
・親のしつけの一環として多少の体罰はやむを得ない
⇒ あなたの社会的価値観は 

<回答選択肢>
1.とてもそう思う
2.まあそう思う
3.あまりそう思わない
4.まったくそう思わない
5.どちらともいえない/わからない
<採点方法>
各設問で、1を選んだ場合は2点、2を選んだ場合は1点、3を選んだ場合はマイナス1点、4を選んだ場合はマイナス2点、5を選んだ場合は0点とし、すべての点を合計したものを設問数で割る。

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