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21世紀日本社会構築論(序)ー グローバルスタンダード国家モデル創造をめざして

2045年、戦後100年

2050年の望ましい社会構築に向けて、さまざまな問題の改善・解決のための考察・提案が主目的の当サイト。
昨年4月6日に開設した当サイト(実際には、他の廃止サイトに掲載した昨年1月以降の記事も一部転載)は、今月で丸1年を迎えることに。

さまざまな問題は、長く以前から提示・提起されていたものがほとんどなのだが、一向に改善・解決されるどころか、悪化することの方が多いようにさえ思える。
要するに、社会はそう簡単には変わらない、ということだ。
理由は、2つ。
1つは、人間のやっていることは、精神構造が同じゆえ、時代が変わってもそう簡単には変わらないため
もう1つは、政治と行政に進歩がないため、政治家と官僚が劣化しているため
である。

3つの「政治改革の時代」と1990年代の政治改革

日本には、これまで、3つの「政治改革の時代」があったという。
一つは言うまでもなく、「明治維新」であり、もう一つは、これも言うまでもなく「戦後改革」。
そして1990年代の諸改革、とされている。
しかし、1990年代のそれは、多くの国民にとって認識外であろう。

まあ一歩譲って、それが実際に行われ、成功していたとするならば、現在の社会問題の何割かは、議論・検討の必要はなかったであろう。

1990年代の政治改革とは、規制緩和、地方分権改革、省庁再編などの大規模統治改革、とされている。
しかし、国民の日常生活においてはっきりと改革と認識できる政策・施策には程遠いものであった。
そして、それは、20世紀から21世紀への餞別、贈り物にもなり得なかった。


2000年、主な政治・行政事象

その認識を小脇に抱え、21世紀の初年度2000年の政治と行政の主な出来事をいくつか、以下に拾い上げてみた。

介護保険制度 施行
女性初の知事 大阪府で誕生 (太田房江氏)
・第42回衆議院選挙 自民党・公明党・保守党 3党連立政権 安定多数獲得、民主党124議席獲得で躍進
・小渕首相(平成おじさん)死去。 森内閣誕生 首相、神の国発言
・教育改革国民会議 教育を変える17の提案 発表

介護保険制度が抱える問題は、超高齢化社会の急速な進展で、大きくなるばかりである。
初めての女性知事がこの年誕生したが、男女共同参画の歩みは遅々としたままである。
政治体制のトレンドの一端が、上に示されているが、その後の変遷は、後述を確認すれば、大きな問題が何ら改善・解決されることがなかったことが分かる。
そのレベルの識見に過ぎない元首相の失言癖は、その時からであった。

1990年代初頭からの失われた20年、そして21世紀初頭の失われた20年

バブル経済崩壊後の1990年代初頭からの失われた20年が続く状態を言い表した「失われた30年」。
経済低迷期を指す。
その後の方の3分の1は、2000年以降、すなわち21世紀に入ってからの失われた20年となる。
その20年を概括すると以下の記録が抽出できる。

2000年 就職氷河期
2005年 合計特殊出生率 過去最低 1.26記録
2008年 リーマン・ショック
2011年 日本の総人口継続的減少へ  人口減少社会へ
2013年 アベノミクス  大胆な?金融緩和実施
2014年 消費税増税 8%へ
2019年 消費税増税 10%へ (軽減税率あり)

私自身は、失われた○○年という表現は好まない。
多くの社会問題が発生し、格差も伴って拡大してきたことは間違いないが、何もかもが失われたわけではないからだ。
多様性を認めるべきというスローガンの認知と共に、成長してきた分野もある。

しかし、失われた20年、30年を語る時の最大の理由は、実質的な所得の増加も、安定した望む雇用も実現せず、多くの人々の生活が豊かになるどころか、厳しさを増していることにある。
その原因の主たるものや、そのことが招いている社会の変化が、上記の象徴的な出来事に現れている。
まさに停滞・低迷し続けている経済的要因とそれらは密接に繋がっているのである。
アベノミクスの失敗を要因としたMMTの合理性云々の機運の高まりは、今後どう展開していくか。

経済対策大号令に、社会保障制度の在り方や多くの社会問題への真摯な向き合いが省かれていく傾向があることへの懸念も感じている。
どこか焦点がずれ、何かの視点が欠落していそうな気がしているのだ。

21世紀初頭の20年間の内閣の変遷と不幸からの脱却の必要性

そうした失われたこの20年の政治にその要因の多くはあることは間違いない。
21世紀に入ってからの内閣の変遷を辿ってみた。

・2000年1月(1998年7月~) 小渕内閣
・2000年4月 森内閣(第2次2000年7月、内閣改造2回=省庁再編前後)
2001年4月 小泉内閣(改造2回。第2次2003年11月、改造1回。第3次2005年9月改造1回)
・2006年9月 安倍内閣(第1次、改造1回)
・2007年9月 福田内閣(改造1回)
・2008年9月 麻生内閣
・2009年9月 鳩山内閣(民主党)
・2010年10月 菅直人内閣(民主党)(改造2回)
・2011年9月 野田内閣(民主党)(改造3回)
2012年12月 安倍内閣(第2次、改造1回。第3次2014年改造3回。第4次2017年11月改造2回)
・2020年9月 菅内閣

2001年以降の小泉内閣と2012年12月以降の第二次安倍内閣以外の内閣は、毎年代わっている。
政治が安定しない。
その間、内閣の変化回数を大きく上回る内閣改造が行われている。
その都度何人もの大臣が実質的に更迭されている。

これでは、1年1年はもとより、10年、20年はかかる根本的な社会問題の改善・解決など、政治と行政で実行・実現できるはずがない。
唯一、10年近く政権を担った安倍内閣が、政治の私物化を恥も外聞もなく、おぞましいくらいに進め、しらを切り通し、勝手に退場していった。
この10年近くこそ、21世紀の失われた20年の半分を占める不幸の元凶と言えるだろう。

しかも、その支持率が一定を維持したままであったことも、21世紀初頭の摩訶不思議の歴史の象徴でもある。
そして同類・同根の菅内閣が、それ以上に無様な政治を継承・展開している。

この現代は、私たち国民自身の多くが、良識を失いかけている20年、30年なのかもしれない。
もちろんその大きな理由の一つが、前出の中の3人の民主党政権内閣の失政にあったこともこの不幸の要因でもある。
まあ、保守革新とも政治のレベル、政治家のレベルが戦後3四半世紀を重ねる中、劣化の一途を辿ってきたことは間違いない。
官僚・国家公務員レベルも、サラリーマン化するのは当然であり、パブリックサーバントとしての意識や、国家のためという意識が縦割り構造の硬直化と共に化石化あるいは溶解化することも、想定内のこととすべきなのかもしれない。

しかし、いつまでもそのレベルの理由で放置しているわけにはいくまい。

国会議事堂



21世紀、2000年以降の主な地震発生と大規模自然災害発生の常態化


政治の劣化は紛れもない事実だ。
しかし、政治以外の、社会経済の停滞理由に、同時期21世紀初頭の20年間に、大規模震災の連続的発生があったことも確認しておくべきだろう。
以下に、21世紀に入って以降発生し、大規模な被害をもたらした地震を抽出した。

(1995年 阪神・淡路大震災)
・2000年 鳥取県西部地震
2011年 東日本大震災
・2016年 熊本地震
・2018年 北海道胆振東部地震

2000年~ 大規模自然災害多発 

最後に書き加えた、毎年のように発生する、集中豪雨による大規模自然災害被害。
もう何十年に一度あるかないかのレベルでの集中豪雨と聞かされても、それが異例・異常なこととやり過ごすほど無神経ではいられなくなっている。

防災や減災と言っても、自然災害そのものを発生させないようにすることができるわけでもない。
ならば、常態化したものと理解した上で、政治・行政の出動により、事前と事後に適切に機能する社会システム、社会経済システムを構築しておくべきである。

そのための政治・行政が、リアルタイムでの対策と共に、長期的視野、長期的計画に基づき、遂行される必要がある。

2019年~2021年 新型コロナウィルスCOVID-19 感染パンデミック継続中

大規模自然災害の断続的な発生、政治・行政の劣化、経済の停滞。
振り返ってみれば、将来に希望を持つことを諦めさせるかのような事象ばかりの20年間であった感がすることはやむを得ないだろうか。

そこに加えて発生し、一層ほとんどの面で、普通に前に脚を踏み出すことさえも困難にしてきた新型コロナウイルス感染パンデミック。

その経験と経過から唯一、明るさを見出すとすれば、財政の健全化などにこだわっている場合ではない、という認識が、ようやく国政レベル・行政レベルに広がってきたくらいことだろうか。
しかし、その緊急性にとどまらず、本質的には、常態におけるリスク対策、セーフティネット対策としても共有化すべきことをしっかり確認しておくべきであろう。
もちろん、一定の規律を規定してのことであるべきなのは言うまでもない。

単純にコロナの在り方、アフターコロナ、という表現に閉じ込めて議論し、計画立案すればよいというものでは決してない。
コロナは一つの象徴的な厄災ではあったが、それだけがすべての社会問題の要因では決してないからである。

戦後50年と戦後100年の狭間としての21世紀前半


ざっと2000年に入ってからの政治的・社会的動向を大まかに見てきた。
その目的は、
・困難な社会問題の改善・解決は、簡単なことではなく、非常に時間がかかるものでそれらをこと。
・その取り組み体制すなわち政治と行政の在り方が、まず整備・拡充されるべきであること。
・それらを認識し、問題の打破のために何をいつまで必要とするかを、検討・考察すべきこと。
をこの21世紀初頭の20年間の推移から、理解することにあった。

これからの取り組みは、そこからの出発になるだろう。

戦後50年を経過して既に50年余。
今、戦後100年を数える途中にあるのだが、その残りは、30年足らず。
その30年間を通して改善・改革・開発すべき政治・行政課題を明確化し、その実現を政治・行政を通じて図っていく。
その主体となる政治グループ、政党及び支援組織創り。
それが、この30年間の最重要課題でもあることを、重ねて確認しておきたい。
戦後から22世紀までの約150年。
50年1スパン、3サイクルの中間の50年に当たる現在において。

21世紀後半の望ましい日本社会構築のための準備期間、前半残り30年


懐古・復古や保守では、それらは絶対に為し得ない取り組みである。
しかし、現状の自称リベラル、野党にも不可能な課題であろう。
その認識・前提での中長期構想である。

これまで、当サイトでは、2050年までの10年スパン、3サイクルで、さまざまな問題への取り組みの準備を進めるべきと提起してきた。
その思いを、より強く持ち、現実論・行動論をイメージ化しつつ、長期構想故に、世代を継承し、課題に取り組むための仕組み・仕掛け作りにも十分配慮して、当サイトを運営・活用していきたい。

2050年迄生きることはムリと承知しているが、世代を継承することで、この取り組みを現実化することが可能になると信じつつ・・・。

そして欲張りな願望だが、21世紀の日本社会創造・構築が、今否定されがちなグローバル社会において、一つの国家社会システムのモデル、グローバル・スタンダードとして認められ、目標とされることをも願いつつ・・・。