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日経経済教室「賃金長期停滞の背景」論から考える経営と賃金

 2021年12月6日・7日の両日、日経の<経済教室>欄に「賃金長期停滞の背景」というテーマで、以下の学者・研究者の2つの小論が掲載された。
1.深尾京司・日本貿易振興機構アジア経済研究所長 牧野達治・一橋大学経済研究所研究員による「製造業・公的部門の低迷響く」
2.神林龍・一橋大学教授による「低生産性企業の存続 一因か」

 近年は、エビデンス必須が喧伝され、何かにつけ、データ分析が求められ、そこからのアプローチによる論述でなければ研究者として不適格とされるのかどうか。

 しかし、データ分析の前提となるデータ自体、今回の小論で示されているようにいわゆるマクロデータに依存し、マクロ的な視点に基づくことが多い。
(まったく逆に、あまりにもサンプル数が少なく、果たしてデータと呼ぶに値するか疑問ということもあるが)
 特に賃金問題など経済の領域では、常に労働生産性が軸になり、生産性の高低が賃金差、しいては経済停滞、低成長経済の要因とほぼ紋切り型の結論に至る。
 そこからの、低労働生産性企業は市場から退出すべき、補助金などで長らえさせてはいけない、などの議論もまた紋切りである。


「製造業・公的部門の低迷響く」 というが、その影響度は分かるまい

 最初の小論は、
「岸田政権が政策課題とする賃金引き上げを実現するには、日本の実質賃金が20年間なぜ停滞してきたかを理解する必要がある。」
という書き出しで始まるのだが、理解しただけで賃金引き上げが実現するはずはない。

「JIPデータベースの長期データを基に賃金停滞の原因と望ましい施策を考える」という本論のまとめは以下だ。
1)資本蓄積と労働の質上昇の寄与ほぼゼロ
2)製造業の労働分配率は20年間で大幅低下
3)物的・人的資本への投資拡大、環境整備を


これは、10年ごとの日本経済全体の実質賃金と、労働生産性、労働分配率、その他の要因の動向からの分析のまとめである。

1)資本蓄積と労働の質上昇の寄与ほぼゼロ、については
労働の質上昇の停滞は、熟練蓄積を伴わないパート雇用の拡大や退職者の低賃金での再雇用を反映している。」ことを付け加えている。

2)製造業の労働分配率は20年間で大幅低下、という項目では、
産業別の動向での興味深い事実として
公共性の高いサービスを提供する公務・教育・医療・介護など非市場経済の部門で、労働時間当たり実質賃金が10年から2018年にかけて10.5%下落。
うち4.2ポイントは非正規雇用の増加や高齢者の低賃金での再雇用で生じたもの。
2018年の総労働時間中17%が製造業、20%が非市場経済で投入され、低迷が著しい両部門の実質賃金引き上げがな課題であると加えている。

そして
3)物的・人的資本への投資拡大、環境整備を、において、
近年の日本経済の最大の病は、人的資本を含めた明日への投資の停滞であり、非製造業や中小企業を中心に引き上げ余地は大きい。
と一足飛びの結論に至っている。

いきなり、随分高尚な話になるもんだと思ってしまった・・・。


労働生産性、労働分配率以外の「その他の要因」への着目で、問題は分散化

加えて、労働生産性・労働分配率以外の「その他の要因」について、話が及んでいる。
・輸出財が輸入財と比べて安価になるなど、交易条件の悪化など相対価格の変化による実質賃金の下落。
・消費税など間接税の引き上げによる実質賃金の下落。
・CPIは算出方法の特殊性による、物価上昇を過大に評価。
筆者らの推計によれば、00年以降には「その他の要因」のマイナス値は、主にCPIの上方バイアス(偏り)など交易条件悪化以外の要因で生み出された。

80年以降でみると「その他の要因」は10年間で実質賃金率を5~6%引き下げてきた
労働生産性が停滞し労働分配率も比較的安定する中で、この要因の相対的重要性が高まっている
実質賃金に関する施策を考えるうえで、CPI統計の整備・再検討や交易条件決定要因の分析も必須だ。

本小論提案の賃金引上げ対策

以上の分析を通じて行う本論での賃金引上げのための対策は、以下と言う。

日本の実質賃金引き上げには、
1)歴史的な停滞状況にある物的・人的資本への投資を増やすことが第一の課題。
低賃金のパートや再雇用高齢者をいかに活用し、その賃金を引き上げるか、現在パートで働いている人々の熟練をいかに高めていくかが重要だ。
2)戦略性の低いM&Aや手元流動性の積み上げ、労働コスト引き下げに注力してきた多くの日本企業が、イノベーションの実現に向けて果敢に投資する環境を整備する必要。

一応、以下の意見も加えてのことですが。

「長期雇用の下で正規労働者への将来の賃金支払いが膨大な長期債務と同等の効果を及ぼしている可能性があるがこれが企業が賃上げをためらう一因でもある。
政府は外国人の在留資格のうち特定技能について、全業種で在留期限をなくすことを検討中というが、賃金引き上げに逆行する可能性のある施策である。
 現政権が一貫した政策を構想する能力を欠いているのではないかと危惧する。」

 とまあ、いろいろ第三者が、企業の外から勝手なことを言っているが、自ら企業経営をしているわけではないし、こうしたマクロのデータを見ながら、意識しながら経営している経営者は皆無とは言えないが、そう多くはいまい。
 総論的な、部外者の対策が、あまたある企業経営者の心を打ち、これまでの賃金政策を悔い改めて、賃金引上げに向かうことなどありえまい。

「低生産性企業の存続 一因か」もしれないが、他の要因の方が重要では?

 次にもう一つの小論を概括しよう。
 こちらは、こんな書き出しだ。

 「どうにも賃金が上がらない。それになぜ賃金が上がらないのか、決定的な要因がわからない。」

 そりゃそうでしょう。
 企業の数だけ個々の要因があるわけで、個々の企業ごとならば、ある意味ではその決定的とまではいかなくても、大きな要因は分かるでしょう。
 そこまでの調査分析は当然困難。
 筆者は、先の言葉を受けて、以下の諸要因を思いつくまま書き連ねます。

・女性や高齢者など労働供給の弾力性が高い人(こんな表現を用いる必要があるものかどうか)が増えるなど、被用者の構成が変化
・年功賃金の修正など、高賃金部分を削減する賃金体系の変化が賃金の抑制に拍車
・貿易・産業構造の変化
・被用者の交渉力低下から労働分配率が低下
・最低賃金の水準が相対的に低く、公務員のシェアが低いことなど、政府が賃金水準そのものに介入する機会が多くない。

 そして、
ところが、どの要因がどれだけ重要なのかはいまひとつよくわかっていない。」と。
 また
「一つ一つの因果の糸には関心をもつが、総合的な評価は苦手という最近の研究動向の泣きどころを突かれた格好だ。」
 だれも泣き所を突こうなどと思ってもいないのだが。
 それよりも、苦手なのは「総合的評価」という言い訳ではなくて、個別の研究が困難という現実を認識すべきだろう。

とはいえ、最終的には労働需要は派生需要なのだから、生産性(もしくは最終需要)が上がらないのが根本的な原因と言い放てば説明できてしまうという妙な安心感があるのは、筆者だけではないだろう。」
などと、またまたイージーな説明でお茶を濁そうとするのも、いかがなものか。
 もしそう理由付けるなら、生産性が上がらない要因とその対策を説明してから安心感を味わうべきと思うのだが。

「ただし、平均賃金が下がっているとしても、当然ながらすべての被用者の賃金が下がっているわけではない。
 当たり前のこと。
 そこで持ち出したのが、件のエビデンス作業ベースの筆者らの共同研究からの紹介。
 その中には、私も注目している、エビデンス重視研究者の一人山口慎太郎東大教授も入っている。


公的調査データに基づく研究報告

1995~2013年厚生労働省「賃金構造基本統計調査」及び経済産業省「企業活動基本調査」の企業レベルで接合したデータを用いた研究>(アベノミクス期以前のデータから得られた推論という断り書きがある)からの分析を紹介しているのだが、ここではその詳細は省略させて頂き、前論にならって本論の要点をまとめた内容が以下。
1)賃金が上がらない決定的要因絞り込めず
2)低賃金の企業の被用者賃金がさらに低下
3)中小企業保護政策との関係の検証が必要

1)と2)については、上述内容と関係するもの。

このまとめに至る前に、この研究結果として
・被用者の平均賃金低下とともに企業間格差の拡大が併存した可能性が高い。
・企業間格差拡大は平均賃金の分布の底が抜ける形で起きていた可能性が高い。
を提示しているが、そう言われても、それで何? という感じ。

そして、以降の論述、3)中小企業保護政策との関係の検証が必要 に関する考察に入るのだが、まずこう言う。
「この先はエビデンスのない臆測にすぎないが、平均賃金の持続的低落傾向を理解するうえで重要と思われるので記したい。」
 そう、憶測である。

企業の平均賃金が企業の生産性と一致すれば、その分布の下裾は操業停止点で底を打つはずだ。
あまりに生産性が低い企業は市場では生き残れない。
つまり企業平均賃金の分布の底が抜けるということは、何らかの理由で操業停止点が下がり、低い生産性でも操業を続けられる状況が生まれていることを意味する。
もともと日本の市場での退出行動には、実質的に破綻していても政府や金融機関の支援により操業を続ける企業が比較的多く存在するなど、国際的にみて特異であることが報告されている。
こうした中小企業保護政策と、労働市場での賃金格差の動向や、平均賃金がなかなか上昇しないという現象との関係を慎重に検討すべき時期にきているのかもしれない。


 何か雲行きが変わって、中小企業悪人論に発展しそうな結論が、憶測から生まれてきたようだ。
 しかし、今回の分析と憶測は、アベノミクス期以前のデータ分析と憶測によるもの。
 「筆者らは最近時点までデータの範囲を引き延ばし、アベノミクス期を含めた全体像を検討すべく研究を続けている。」とのこと。
 真因と決定的な改善・解決手段が届く時期は、まったく見通せそうにない小論で、おしまい!

賃金停滞をもたらすと憶測可能な定性的要因

 上記の2小論の中に、憶測レベルでの賃金停滞要因が、少しはありました。
 それも含めて、賃金停滞の定性的要因と思われるものを、以下にメモしてみました。

1)正規雇用者比率・数の低下・減少と非正規雇用者比率・数の増上昇・増加
2)高齢者雇用延長に伴う現役世代賃金の抑制
3)介護職、保育職などのエセンシャルワークの公的価格システムによる賃金抑止傾向の継続と就労者数増加
4)コロナ禍の影響を含め、中小零細事業の弱い賃金引き上げ(経営)力
5)非正規雇用者の増加も要因の一部とする労働組合組織率の低下などによる春闘や定期昇給などの旧来型の賃金制度の消滅による賃金引き上げ労使交渉の低下・消滅
6)非正規雇用及び政府からの要請とされる「同一労働同一賃金」指向がもたらす、正規雇用者賃金抑制化


 まだ他にもありそうです。

 しかし、こうした要因がすべての事業所・企業に共通なわけではなく、当然、業種により、職種により、そして当然企業により賃金レベルを引き上げている例は多く、結果、企業間の賃金格差の一層の拡大を招いていることも容易に憶測することが可能です。


大きい業種間賃金格差、職種間賃金格差、そして企業規模間賃金格差

 要するに、賃金をめぐる問題は、マクロで捉えても、小論にあるように中小企業に絞るなど種々分析を試みても、業種や職種など個々の要素における違い・格差が厳然としてあるため、その結果に該当する事例は、結論づけ、強調するほど多くはなく、適切でもないだろうということです。

 従い、いくら岸田首相が3%の賃上げを要請しようと、言われなくてもやるところはやるでしょうし、言われても、減税されると分かっても、できない・やれないところはやらないでしょう。
 学者・研究者の分析や対策提案を持ってしても、所詮ムリなことです。

 そうなるとやはり、一過性、一度ばらまいて終わりの給付金ではなく、継続して無条件で、すべての人に支給するベーシックインカム、当サイトでは、毎月無償で全員が年金を受け取る「ベーシック・ペンション生活基礎年金」を支給し、需要を生み出し、それに対して供給できる社会経済システムの整備・拡充に、長期的に取り組むことが望ましいと考えるのです。

賃金制度の有無と内容等の調査の必要性

 なお、エビデンスに基づく調査は、何も金額ベースでの賃金実態調査に限しません。
 実は、賃金表があるか、評価制度と連動する賃金制度があるか、賃金制度があるならば、どんな賃金項目・賃金構成になっており、定期昇給やベースアップ、成果報酬制度などどのように運用しているかといった制度に関する定性部分の調査もあるべきと考えます。
 なければないで、どのように賃金・給与・賞与を決めているか。
 非正規雇用者の賃金制度はどうなっているか。
 労働生産性や労働分配率を軸に据えての調査の意義はもちろん認めます。
 しかし、労働生産性や労働分配率、売上対賃金比率などの指標を、経営や人事賃金管理のために用いているかどうかという実態を把握せずに、数字だけを見てどうこう論じるのも、おかしなことです。

 余談と思われるかもしれませんが、人事・賃金・能力開発そして業務改善・経営計画などの分野でコンサルティング業務に携わってきた者の率直な気持ちです。

賃金引き上げを可能にするのは、個々の企業の成長と賃金支払いの持続性に対する経営者の自信

 最後に、どさくさに紛れての発言になりますが、政府が、あるいは学者が、マスコミがなんと言おうが、経営者は、自社の経営に対する自信、ここでは、それに拠り、売上・利益を確保し成長を継続させることで、賃金を引き上げ、引き上げた賃金を継続して払い続ける自信があれば、恐らく、賃金を引き上げるでしょう。
 そのことが、優秀な人材を自社に引き止め、かつ外部からより優秀な人材を迎える基盤になると分かっているはずです。
 そうであっても社員・従業員のモティベーションや生活をも考えることなく、賃金は停滞させ、非正規雇用を増やし、人事人材の大切さを無視するまさに「今だけ金だけ自分だけ」の経営を行う者は、自ずとその限界がいずれ訪れることは、憶測にはなりますが、間違いないと思うのです。

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