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前略、上野千鶴子様「女性会議」を創ってください:雨宮処凛さんとの対談『世代の痛み』を読みました

先月1月25日に、ご迷惑を顧みず、当サイトから
「拝啓、上野千鶴子様 失礼を承知でお願いがあります。」
とWEBお手紙を差し上げました。

恐らく、ご覧頂くことはなかったと思います。

・「平和と社会保障と民主主義を考える女性の会」の会長になって頂けないでしょうか
・以前にもお呼びかけしたことがありまして
・女性にしか現状の政治を変えることはできない
・数多くの教え子に政治を志す女性はいたでしょうか?
・家父長制、フェミニズム・ジェンダー、おひとり様、介護、おひとり様・・・
・非正規、介護、子育て、シングルマザー。多くの女性を包摂する種々の社会問題解決は、女性自身の手で
・社会科学系学者・研究者は国会議員経験もキャリアに加えるべき
・ベーシック・ペンション生活基礎年金実現が、社会保障制度の再構築に繋がる
・ネットワーク化を得意とする女性特性を政治を変える力に


と、こんな流れで、お伝えし、お願いしたかったことを記しました。

その後、上野さんと、私が昨年知り、関心を持ち始めた雨宮処凛さんとの対談書『世代の痛み 団塊ジュニアから団塊への質問状』(2017/10/10)があるのを知り、早速入手。
一昨日読み終えたところです。


何よりも過去のさまざまなご経験の記憶力と分析力には、本当に、本当に驚くばかりでした。
が、読み進める内、最も目に止まったのは、
「女性センター」に関する記述と、
「選挙塾でもやりましょうか?」と雨宮さんに呼びかけて、同書を締めくくっていることでした。
前者は、目から鱗!、後者は、目が点!
そんな感じでした。

それで、矢も盾もたまらず、こうして懲りることなく、再度お手紙を差しあげることになってしまいました。
もちろん、その衝動の最大の原因は、先に差し上げた手紙に記した内容と大いに通じるところがあると(勝手に)感じたからです。
まあ、思い込みですから、今回のことはストーカー的な行動と言われても致し方ないところではあります。

ご自分の功績・貢献を自負できる凄さと、お感じになる「非力」とのギャップと違和感


社会に与えた影響は確かに、長きにわたっての大学での研究・指導実績や多くの著作を世に出され、今もなお新刊が続々なされていることで十分に示されています。
その貢献などについても同書で自負されていらっしゃいます。

しかし、いろいろおやりになった結果「「無力」ではなかったが「非力」だった」と振り返っていらっしゃいます。

そしてこの書、そして雨宮さんとの対談の主旨でもある、「団塊の世代」とその中のお一人であるご自身の「責任」を感じ、その意を示していらっしゃる。
団塊と団塊ジュニアという世代視点で語ると、どうしてもそういう帰結・結論にせざるをえなくなります。
編集者の意図がそうですから。
そして、やはり「社会」が悪かった、と。

この類のシナリオにはいつも、違和感を抱き、疑問を持ちます。
私も「世代」ということには関心を持ち続けており、昨年廃止したWEBサイトの名称は「世代通信.net」でした。
「○○世代」と名を付けて、世相や社会背景を元にした特定世代の世代論が、あまたありますが、あまりそうした扱いは好きではありません。
基本的には、年齢が示す何十歳代という区分で、生き方や特性を考え、そこの世代継承という視点で、役割や望ましいあり方を、将来に向けて考えてみる。
そのレベルのことで良いのではと思っています。

しかし、先行する世代がどれほどの責任を持ち、負うべきなのか。
現状の社会保障制度における世代負担の不公平感や不満。
これは現実的に先行世代がどう思っているか、シルバー・デモクラシーの在り方で論じられるところです。
しかし、先行世代は、もっともっと、あるいは現状よりも負担が増えることに対して、異議を立てる。
「困る」と。

真に責任を感じるならば。
要するに、一つの世代がすべて一つの典型的な行動パターン、思考パターンで括ることにはムリがある、違和感がある、と思うのです。

団塊ジュニアが「自己責任世代」。
では、団塊世代は、自己責任のない世界・社会でぬくぬくと生きてきた者の集まりなのか。
すべてが、全共闘だったのか。
すべての団塊世代が、ダブルスタンダードの生き方、話し方、対し方で、子どもに接してきたのか。

どうも、しっくりきません。
上野さんがそうだったとも思えません。
でも、団塊世代の代表・象徴として、責任を感じ、後継世代に頭を下げる。

それは買いかぶりというものでしょう、いかに編集者がそう望んだとしても。

無力でも、非力でもなく、行動する方法や向かう方向が違っていた、ズレていた。
そんなところではなかったかと、思います。

でも、もうそうした過去の分析や反省はいいでしょう。
問題は、

で、これから、どうするか


です。


地方からではなく、国政衆議院から

同書の最終章第7章に、雨宮さんに「政治的リーダーシップ」の問いかけをしていることに、ビックリではなく、当を得たり、と嬉しくなりました。

そこで雨宮さんとお話なさった「選挙塾」は、その後どうなってでしょうか。

しかし、「まず地方から変えていく」ことには反対です。
また、「小さな成功体験」を積み重ねていくことも大切なこと、価値のあることですが、時間は待っていてくれません。
上野さんが思っていた「リベラル」は、20年経っても成長・成熟どころか劣化しているかのようです。

敵は本能寺ではなく、めざすは、国政の本丸、衆議院です。
特定の政党や政治家、管轄官庁に陳情や請願をしに行くのではありません。
女性衆議院議員が多数誕生し、政治を、行政を変えるのです。

選挙資金は、クラウドファンディングという手があります。
一人千円ほどの会費ならば集めることも可能でしょう。

国会議事堂

「女性センター」の21世紀バージョンを、日本会議ならぬ「女性会議」で新構築を



確かに団塊世代の政治的リーダーシップは、上野さんが言う通り、とてもお粗末でした。
しかし、かと言って、安倍や前原の名が出てきたり、団塊ジュニア世代の雨宮さんにあなたがやったら、と言うのも、これこそ無責任の追認でしょう。

政治的リーダーシップを自ら取らなくても、その女性候補者や、やりたいと思う女性が出てくる組織的基盤は形成できる。
そんな思いで、先の手紙を書いたのです。

例えば、ということで、提案したのが、
Facebookグループ:「ネットサロン・平和と社会保障と民主主義を考える女性の会」
でした。

しかし、団塊ギリギリ男が提案するものなど恥ずかしい限り。
そんなものよりも実践化された素晴らしいモデルが過去あった。
上野さんが雨宮さんに紹介した「女性センター」がそれです。

しかし、それは、地域地域だけのものだった。
これをインターネット社会時代を活かして、全国に広げたい。

また上野さんは、本書で「日本会議」のオルグ手法を評価しています。
「女性センター」と「日本会議」の活動を参考にして創設し、活動基盤創りをめざす。
それは「女性会議」です。
ぜひその発起人・仕掛人になり、女性の政治的リーダーの養成・発掘・輩出を支援し、実現しなかった真のリベラル組織を、女性新党で構築する方向付け、道筋作りに、これからの時間の何割かを投じて頂きたいのです。

そう思い、そう願い、そう祈ります。


地方からではなぜいけないのか?
いけないということではないのですが、国政を変えなければ、地方の努力が報われる範囲、そして人々は極めて限定的です。

では国政、国会議員ならば簡単なのか。
簡単ではありませんが、やり方次第では、比較的簡単です。
その理由は、人口の半数は女性、というマジョリティ、アドバンテージを既に武器として持っているからです。

上野さんが語る、女縁社会のネットワーク化は、インターネット時代の今こそ、存分に女性が政治の場で力を発揮し、政治の場に力を集約することを可能にするでしょう。

で、どうする、か、
上野さんには、これからもう10年、その基盤作りにご尽力頂きたいのです。

それから、同書に上野さんが『上野千鶴子の選憲論 』(2014/4刊)をお書きとありました。
即ネットで(中古書がありましたので)注文。
明日には着くかと思います。
対談書でお話していらっしゃる介護についても、考えるところがあります。
手紙という方法ではないかとは思いますが、それらについても機会がありましたら書きたいと思っています。

またまた、今回も、見ては頂けないことも想定内としています。
でも、いずれ・・・。

なお、雨宮さんにもいずれお手紙を差し上げようとも思っています。

                                   草々

                             2021年 2月 12日
                                大野 晴夫

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