
元農水省官僚山下一仁氏の農政トライアングル批判の思いを知る:『日本が飢える!』から考える食料安保と農業政策-1
2050年の望ましい日本社会創造・構築を目標として、社会、経済、国土・資源、政治・行政等の各領域における戦略的課題と政策について考察と提案を行っている当サイト。
ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、国家の安全保障とその基本要件である経済安全保障が、そこでの重要課題となり、その中の具体的な課題として、食料安全保障が位置付けられる。
これまでも当課題について多様な角度から記事を投稿してきたが、再度、体系的に考察すべく、山下一仁氏著『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(2022/7/25刊:幻冬舎新書 )を参考にして、シリーズに取り組むことにした。
先日の
◆ 山下一仁氏著『日本が飢える!』から考える食料安保と農業政策(序)(2023/5/23)
を序論と位置付け、今回が<第1回>となる。
『日本が飢える!』から考える食料安保と農業政策-1
まず、同書執筆の山下氏のプロフィールから。
山下一仁氏プロフィール
(略歴)・1955年生
・1977年東京大学法学部卒、農林省入省
・2005年東京大学農学博士
・農水省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農水省地域振興課長、農村振興局次長等歴任
・2008年農水省退職、経済産業研究所上席研究員
・2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
・2020年東京大学公共政策大学院客員教授
(著書)
・『日本農業は世界に勝てる』(2017/7/20刊・日本経済新聞出版社)
・『国民のための「食と農」の授業 ファクツとロジックで考える』(2022/3/17刊・日本経済新聞出版)
・『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(2022/7/25刊:幻冬舎新書 )他多数
シリーズ初めは、『日本が飢える!』<はじめに>から
本書の全体構成(目次)は、最後に提示したが、第1回は、第1章からではなく、同書の序文に当たる<はじめに>からシリーズを始めたい。
『日本が飢える! 世界食料危機の真実』構成と主たる課題
<はじめに>で、筆者が本書の各章におけるテーマを概括しているので、まず示してておきたい。
はじめに
第1章 食料とは何か?/第2章 貿易から見える世界の食料事情:食料という財の特性や食料・農産物の特徴等について、食料安全保障の観点から必要な知識を紹介
第3章 真実をゆがめられた日本の農業:国民の通念や常識が、農家は高い所得を得ているなど、今の農業・農家・農村の実態と大きく異なっていることを提示
第4章 ”食料自給率”というまやかし:食料自給率向上の裏に隠されている農政トライアングルの本当の狙いと、彼らが食料自給率を低下させる政策をとり続けているファクトを明らかに
第5章 持続可能な日本の水田農業/第6章 食料危機を作る農政トライアングル:米農業は世界で最も持続可能なものであるにもかかわらず、どうして農政トライアングルは、これを抹殺しようとするのか、彼らの真の狙いと利権の構造を明らかに。
第7章 食料危機説の不都合な真実/第8章 日本が飢える ー 餓死者6000万人: 日本で起こらない危機と起こりうる危機を解説し、日本で起こる未曾有の危機を乗り越えるためのなすべき政策を提案
おわりに
農政トライアングルとは
上記の<第6章>のテーマとされている「農政トライアングル」とは何か?
日本の農業政策を実質的に牛耳り、国民の利益に反した政策を維持・拡大してきた元凶として、農林水産省、JA農協、農林族議員という3つの組織グループを、山下氏は「農政トライアングル」と呼び、一貫して批判を続けてきている。

はじめに示された食料問題と農政問題の要点
次に、本論各章の要旨をいくつか絞り込み、少し手を加えて整理・紹介・列記し、思うところをメモしてみる。
・ロシアのウクライナ侵攻で、小麦などの穀物価格が上昇し、中東やアフリカの低所得国は大きな影響を受けるが、日本にはそれほど影響はないし、今後もないだろう。
⇒ 「それほど」というのはどの程度のことをいうのか分からないが、それなりの影響を受け、消費者物価を引き上げる要因になっていることは明らかで、筆者の感覚には少々異議あり、である。
・ほとんどの国民が餓死するかもしれない恐ろしい危機が起きる可能性が、中国の台頭で高まっており、ウクライナ侵攻は、予見不能な事態を想定して備えておく必要性を教えてくれた。
⇒ 確かに食料安保を考えることは、そこまでの究極の、最悪の事態を想定すべきなのだろうが、農政トライアングルにそこまでの厳しい認識があるのかどうか、疑わしいものだ。
・食料危機に対して日本は何の備えもせず、農政トライアングルは、危機発生時に起こりうる被害を拡大・悪化・深刻化させている。
⇒ その理由とそのために必要な対策・政策を理解させ、改革に結びつけることができるかどうかが、本書の究極の目的になると思うのだが、これまで現実的に成果をみることができていないわけだ。その限界の認識と打破が筆者、本書に求められるのでは、と思う。
・世界の農産物市場は、自由な市場というより、各国の政策により歪められた市場である。
それは、食料が国民生活に欠かせない物資であり、同時に、農業には強力な利益団体が存在するなど、それぞれの国において、政治や行政による介入が行われることが多いことからも分かる。
⇒ これも、一般的に理解されていない点である。結局政治イシュー、政治マターに辿り着くことになるが、野党の認識も低いことが大きな制約になっている気がしてならない。
・国民の不十分な知識に付け込んで、食料自給率の低さ、食糧危機が起きるから関税や補助金等の農業保護を強化すべきという主張が、農水省やJAにより巧妙に行われる。
⇒ これも同様であり、場合によっては、野党もそれに加担している向きもあるから厄介なのだ。
・食料供給は、国家安全保障の要であり、どの国も主食である穀物を減産したりはしない。
・1970年以降の日本は、世界の中の異常な例外。農政トライアングルが主導した減反政策により、米生産は、終戦時の900万トンから20年かけて1967年に1400万トンまで拡大したあと、50年間で半減し、700万トン以下に。
人口が1.7倍増だが、米生産は4分の1も少ない。
・食料安保に不可欠な農地面積は、宅地への転用や耕作放棄435万haしかなく、1961年比で38%減少。
・農地面積が減少しても、単位面積当たりの収量(単収)が増えていればよいが、同年比で60%増どまり。
⇒ 確かにそこまで減反政策が推し進められたことは本来異常なことなのだが、反省や批判でことが大きく方向・方針転換することにならなかったわけで、これからどうするか、しかないわけだ。
総収量、面積、単収などの数字は、中国など海外との比較があれば一層理解・納得できるのだが、それはこれからのシリーズの中で触れることになる。
先行して、山下氏の主張のエッセンスを紹介したが、本論はこれからである。

山下氏にとっての本書は
これまで21冊の単著を出版してきた山下氏にとって、本書は、
・日本の食料安全保障の危機を国民に伝えるために書かなければならなかった書
・在籍した農水省、JA農協、農林族議員を告発する書
・農政改革実現に力が及ばなかった懺悔と慚愧の書
としている。
国民が、食料・農業問題の”専門家”といわれる人たちに騙されないための書
義憤にも駆られ、止むに止まれずものにした書、というわけだが、上記の各章の目的において、第1章から第4章までを、「国民が、食料・農業問題の”専門家”といわれる人たちに騙されないようにするため」と括っている。
この”専門家”の代表格が、
◆『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(2021/7/15刊・平凡社新書)
◆ 『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』(2022/11/18刊:講談社+α新書)
の著者鈴木宣弘東大教授であり、本書は、同氏批判書の性質をももつといってもよいだろう。
その批判内容については、本シリーズを進める中で取り上げることになる。
農業白書が提起する食料安保リスク
シリーズ<第1回>は以上とするが、昨日2023/5/26付日経夕刊に、以下の記事が掲載された。
⇒ 「食料安保、リスク高まる」 農業白書 輸入依存から転換促す – 日本経済新聞 (nikkei.com)
ちょうど、食料安保を見出しに用いての、昨年2022年度の「農業白書」閣議決定を報じたもの。
同白書で、ロシアによるウクライナ侵攻を背景に「食料安全保障のリスクが高まっている」と指摘していると。
食料・肥料などの多くを輸入に依存するわが国の実態から、食料安保強化へ海外依存の高い品目の生産拡大などを通じ、過度な輸入依存構造の転換を着実に推進すべき、ターニングポイントを迎えている」ことを示しているとも。
機会があれば、同白書の内容を確認する機会も、本シリーズにおいてもつことができればと考えている。
次回から本論に入り、先ず<第1章 食料とは何か?>を取り上げる。

参考:『日本が飢える! 世界食料危機の真実』目次
はじめに
第1章 食料とは何か?
・毎日消費する必需品である食料の特徴
・供給減ですぐに値上がりする
・穀物、大豆、イモの重要性
・農作物の生産は自然に左右され制約が多い
・畜産は食料危機のとき何ができるか?
・農業の生産性と農地規模の関係
・平時の農業生産が有事を支える
・気候・風土による影響と水や土の重要性
・農業は技術革新の固まり
・食の量的確保と安全性確保
第2章 貿易から見える世界の食料事情
・先進国の農業問題、途上国の食料問題
・緑の革命と限界
・戦時中から1995年まで統制管理された日本の米
・先進国の農業保護と途上国の農業搾取
・日本だけ生産減少の道へ
・途上国は何を輸出しているのか?
・米の貿易構造は小麦やトウモロコシと異なる
・2008年に米の輸出を禁止したインドの事情
・アメリカは穀物の輸出制限をするか?
・先進国は価格上昇を許容できる
・アメリカが失敗した輸出制限
・輸出制限をめぐる国際規律の限界
・穀物価格と原油価格の連動
・農作物全体では上位の輸出国と輸入国がほぼ同じ
・安価な穀物と高価な野菜・果物、畜産物
・自動車の好みが多様なように食の好みも多様
・国内の穀物市場は政府によって国際市場から隔離される
・自国を優先するのが食料の国際事情
第3章 真実をゆがめられた日本の農業
・農村から離れた日本人
・農村のほとんどは農家ではない
・「平日はサラリーマン」を可能にした農村の工業化
・1960年以降に起きた農業の激変
・高い農作物と農家の所得増加
・米農家だけ零細のまま温存
・国会に参考人として招致されたときのあきれと驚き
・農家にとって農地は生産要素ではなく資産
・農地改革の果てに潰された農地
第4章 ”食料自給率”というまやかし
・食料安全保障と多面的機能に反する農政
・危機対応を無視した日本の米政策
・自らが掲げた目的を損なう農政
・食料安全保障は誰のためか?
・食料自給率を犠牲にしても守りたい国内の高価格
・農政の問題を民間のボランティアが解決している
・最も成功したプロパガンダ ー 食料自給率の虚構
・まやかしの地産地消とフードマイル
・農政が下げた食料自給率と消えた麦秋
・国産米イジメ、輸入麦優遇政策
・独り負け状態の米
・農政トライアングルの亀裂
・米の輸出こそ食料危機対策
第5章 持続可能な日本の水田農業
・日本が守ってきた水田
・キング教授「東アジア四千年の永続農業」
・世界の畑作農業の非持続性
・持続可能な水田農業
第6章 食料危機を作る農政トライアングル
・「農は国の基本」と言いながら米の生産を減らす農政
・農政トライアングルが守りたい利益とは?
・戦前の農政の構造
・食糧管理法を利用した地主制の弱体化
・農地改革の政治的意味と万能なJA農協の成立
・政治に翻弄され続ける農政
・植民地米の流入と減反の提案
・堂島米市場の閉鎖で米に自由はなくなった
・食糧管理法を生産者保護政策として活用
・赤字でも米作りを止めない農家の事情
・減反が唯一の米価維持政策
・2007年にJA農協は農家からの米集荷を拒否した
・安倍首相によるフェイク”減反廃止”
・世界的に特殊・異常な日本の農業保護方法
・食料安全保障や多面的機能からの望ましい政策
第7章 食料危機説の不都合な真実
・食料危機は突発的に起こる
・作られた食料危機説
・ロシアのウクライナ侵攻の影響
・ウクライナ侵攻を農業保護に利用する人たち
・ファクトに反する農業界の主張
・なぜNHK食料シンポジウムでエサ米振興が叫ばれるのか?
第8章 日本が飢える ー 餓死者6000万人
・食料安全保障の二つの要素
・ウクライナで起きている食料危機
・最低限必要な食料生産はどれくらいか?
・危機による被害の程度
・危機が長期間継続する場合
・危機への対応は平時の国内生産の拡大と輸出
・食料危機対応の提案
・平時の輸出が備蓄の代わりになる
・日本は農産物で積極的な貿易交渉を
・今こそ食料有事法制を検討すべき
おわりに

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