幼保無償化後の現実的課題:抜本的な保育行政システム改革への途

社会政策

少しずつ、よくなる社会に・・・

もう2ヶ月近く前になるが、4月上旬の日経紙<経済教室>で、2回にわたって、「幼保無償化半年」というテーマ及び視点での小論が掲載された。

一つは、前田正子甲南大学教授によるもの、一つは、山口慎太郎東京大学教授によるものだ。

2019年10月から開始された幼児教育・保育の無償化で対象となった子どもは、延べ約330万人。
当初見込み以上に利用者が増え、開始後半年間の予算が約500億円引き上げられ、4375億円にも達した。
GDP比で、保育・教育等子ども世代への財政支出比率が他の諸国と比べ著しく低いわが国においては、多少は評価される施策と言えるかもしれない。

だが、その2つの小論では、この無償化政策の盲点・弱点を指摘している。
大まかに見るとともに、その意見に対する異論・反論を提起するのが、今回の目的である。


悪質認可外保育所を無償化対象外に、という暴論

初めに、前田氏の小論から。
前田氏は、横浜市副市長を務め、横浜市の待機児童問題に取り組んだ経験がある。
『保育園問題 待機児童、保育士不足、建設反対運動』(2017年4月刊)は、そのまとめと言える内容の新書を執筆している。


一応同氏は、無償化を評価しつつも、
・無償化で保育の質が確保できるか
・保育士確保、待遇改善に財源が投入されるべき
という懸念を示した。

前者では、特に、向こう5年間は無償化の対象となった認可外保育所の保育の質に対する不安・不信を問題化。
事故の発生報告の不信、監査機能の不安などを上げ、改善がみられない場合は、無償化対象から外すべきと主張する。

本末転倒である。
本来、認可外保育所などありえないのだ。
認可外と認可した保育所とは一体なにか。

希望する認可外保育所に入れないから、やむなく認可外保育所で我慢するのだ。
無償化対象から外されるのは、預ける親に責任があるわけではない。

認可保育所の2万3524カ所に対して、認可外保育所は9666カ所。(2018年度)
待機児童世帯や通常の保育時間に預けられない世帯に不可欠な、現状の認可外保育所。
これだけ不可欠になっている保育所を、認可型に改定する保育行政の転換で対応するべきだ。
質の低い、基準を満たさない保育所は、無認可として許認可を取り消し廃業させる。
そして国と自治体は、不足する認可保育所の設置・増設を急ぐ責任がある。
それだけのことだ。



保育士処遇改善加算などの使途不明問題への不信対策

もう一つの、保育士確保と処遇改善に関する指摘。

これも、ずーっと昔から同じことが言われ続けてきた。
保育士資格を持つが、保育の現場で働いてくれない潜在保育士。
その原因は、賃金レベルの低さと厳しい労働条件・労働環境にあることも定説。

その対策として、国や自治体から保育事業者に、保育士の処遇を引き上げるための補助金が交付されている。
しかし、その使途は事業者の判断に委ねられ、公正に行き渡っていないのだ。
これも、相も変わらずの指摘で、国政・財政の監査が機能していないこともその責任の一端だが、保育行政の責任者の怠慢以外のなにものでもない。

そこでの前田氏の主張は、「処遇改善加算を賃金改善に充てぬ施設があり」、「保育所は今働いている保育士を大切にすべきだ」に留まっているのだ。

要は、根本的に保育行政システムを改革することでしか、問題は解消しないのだ。
元副市長も現教授も、問題の指摘はできるが、抜本的な改革の方法にまで切り込むことができないのだ。

そのためには、社会システム改革に組み込まれた保育システム改革、保育行政システム改革が必要であり、以下のように提起してきている。
前田氏が指摘の問題に、抜本的に取り組む方法・内容に近づいているのではいかと考えている。
保育園義務教育化と保育グレード設定による保育システム改革-1
保育の社会保障システム化による保育システム改革-2
准公務員制度導入で潜在的労働力の発掘と活躍へ:専門職体系化による行政システム改革-3


幼保無償化では解決しない待機児童問題

では、もう一人の、山口慎太郎東京大学教授の小論の要点を紹介し、考えてみる。
同氏は、このサイトで先に紹介している
『「家族の幸せ」の経済学 データでわかった結婚、出産、子育ての真実』(2019年7月刊)を執筆。
同書で、第2章「赤ちゃんの経済学」第3章「育休の経済学」第4章「イクメンの経済学」第5章「保育園の経済学」と保育に関する研究と提案で構成している。

同氏は、幼保無償化に投じられた財源が、より効果的に用いられるべきだったとして、待機児童問題の根本的な要因と、保育の機会そのものを得るに至っていない無園児問題を取り上げ、支援の必要性を主張した。

19年4月時点の待機児童数は1万6772人。
保育所の利用はフルタイムでの共働き家庭が優先され、社会経済的に恵まれない家庭に多い非正規やパートタイム労働者の子どもが待機児童になりやすいと言う。
そうした世帯の子どもたちが、保育と幼児教育を受けることで将来の所得が増え、かつ犯罪への関与と社会福祉の利用が減る。
それは前者では税収の増加、後者では財政支出や社会的コストの削減、すなわち本人及び社会に経済的利益をもたらすことに繋がるわけだ。
もちろん一般家庭でも言えることだ。

そして、同氏は一歩踏み込んで、幼保無償化では、高所得世帯の方が大きな恩恵を受け、低所得世帯では、先の待機児童問題が解消されていないなど、結果的に公平性が保たれていないことに言及している。


幼保無償化の枠外にある「無園児」問題


その厳しい現実を一層示すものとして同氏が最後に示したのが、保育所にも幼稚園にも通っていない子どもである「無園児」問題だ。
3~5歳児のうち5%弱が相当するという。

この問題については、同氏が本論で紹介している可知悠子・北里大講師執筆の新刊新書
『保育園に通えない子どもたちー「無園児」という闇』
を入手したので、日を改めて紹介したい。

2人の学者の小論を元に、幼保無償化と保育行政の改革とを結びつけて考えるのが、今回の目的だった。

山口氏の高所得者世帯よりも低所得世帯に比重を置くべきという主張は、分からぬわけではない。
ただ、その主張・発想の起点は、福祉概念にあると思う。
私は、保育・教育は社会保障ベースで考えるべきであり、基礎部分は平等とすべきと考える。
その上で、不足する部分は、所得再分配の課題とするわけだ。

その考え方で、先に投稿した内容があることをご理解頂ければと思う。

保育園義務教育化と保育グレード設定による保育システム改革-1
保育の社会保障システム化による保育システム改革-2
准公務員制度導入で潜在的労働力の発掘と活躍へ:専門職体系化による行政システム改革-3

上記投稿の内容は、今後も機会あるごとに見直していくつもりだ。
山口氏が小論の最後に記した一文が、根本的な改革の一つとして早晩実現することを期待したい内容であったので、引用して、今回の締めとしたい。

「無園児を抱える世帯に必要なのは、金銭的支援以上に、人的な支援かもしれない。(中略)解決策の一つとして、義務教育年齢の引き下げも視野に入れるべきだろう。

低所得世帯の多くを占める母子世帯・父子世帯問題も、上述したように幼保無償化の効果が及ばないことと繋がっている。
これらの問題にも社会保障の視点からの抜本的な改革が必要とし、以下の投稿で問題提起してきている。

今回のテーマと通じているので、参考にして頂ければと思います。

憲法で規定された生存権と「社会保障」:全世代を対象とする社会保障システム改革-1
○○手当は○○年金!?:全世代が年金受給機会を持つ社会保障システム改革-2
所得者全員が年金保険料を!:国民年金の厚生年金統合による社会保障システム改革-3
ベーシック・インカム制の導入を!
ベーシック・インカム生活基礎年金の年間総額、216兆円
ベーシック・インカム生活基礎年金はポイント制で
ベーシック・インカム「生活基礎年金制度」続考
社会保障保険制度試論
ヘリコプターマネーではなく、ファンダメンタルマネー:全国民受給のベーシック・インカム制へ
母子家庭の貧困、子育て世帯の不安、結婚し子どもを持ちたい人たち、すべてに機能するベーシック・インカム制の議論・検討を

※ 2021/3/20 追記
 本稿投稿後、日本型ベーシックインカムとしてベーシック・ペンション、生活基礎年金制の導入を提案。
その中で、乳児・児童への年金として、児童基礎年金月額8万円支給を組み入れています。
 また保育士の低賃金対策としても、生活基礎年金支給で、一応初期段階は対応できると考えます。
 もちろん、継続的な労働条件・労働環境の拡充は必要です。
(参考)⇒ http://basicpension.jp
    ⇒ 保育士の皆さんに関心を持って頂きたい日本型ベーシックインカム(2020/10/26)

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(参考)
保育園義務教育化と保育グレード設定による保育システム改革-1(2020/3/23)
保育の社会保障システム化による保育システム改革-2(2020/3/24)
准公務員制度導入で潜在的労働力の発掘と活躍へ:専門職体系化による行政システム改革-3(2020/3/21)

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