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BIノート

リベラル・女性主体会派・ベーシックインカム、社会問題解決のための三段論法:「『リベ敵』から考える-6」「政治改革実現、唯一の方法-4」

リベラル、女性主体会派、ベーシックインカム。政治改革と社会問題解決への謎解き連鎖

多種多様な社会問題が、コロナ禍と重なり合い、自公連立菅内閣政権では独裁政治化の危惧も加わって、諸々一層深刻化が進む状況です。
その原因の一端は、野党への不信感が一向に改善されないことにあると考えています。

今回の表題の「リベラル・女性主体会派・ベーシックインカム、社会問題解決のための三段論法」の意図・意味。
それは、頼りにならない現状のリベラルに拘泥せず、与野党二分論から脱却して、女性主体の新しい政治会派グループを構成し多数の国会議員を輩出することでまず政治改革地点に到達。
そこで私が提案する日本型ベーシックインカム生活基礎年金制の導入と併せて社会保障制度全体の改革を行い、種々の社会問題の解決に結びつけていく。

というものです。

まずリベラルについてですが、アテにできない、アテにならないリベラル批判と、新たなリベラル構築を提案する倉持麟太郎氏著『リベラルの敵はリベラルにあり』を参考に、「『リベラルの敵はリベラルにあり』から考える、個人の生き方と社会の在り方」と題した以下のシリーズを連載しています。

『リベラルの敵はリベラルにあり』から考える、個人の生き方と社会の在り方-1
政治的なるものと日常生活における個人と社会:『リベ敵』から考える-2
生身の弱い個人とそのアイデンティティを救えないリベラルの弱み:「リベ敵」から考える-3
包摂すべきリベラル、が陥る排除の論理:『リベ敵』から考える-4
「リベラルの敵がリベラル」の根拠と対策:『リベ敵』から考える-5

今回の記事は、その続き、第6回目にあたるもので、その<第4章 ネット社会での最大勢力「無党派層」の振り向かせ方>から、女性主体会派形成の方策を考えてみようというもので、2回に分けてやってみます。

なお、女性主体会派グループ形成については、それが、政治改革実現のための唯一の方法として、「政治改革実現、唯一の方法」として、やはりシリーズ化しています。

コロナ下、閉塞感・独裁化が募る日本を変えるために不可欠な政治改革実現、唯一の方法-1
「平和と社会保障と民主主義を守る女性の会」創設を:政治改革実現、唯一の方法-2
「平和と社会保障と民主主義を守る女性市民の会」綱領・政策試案:政治改革実現、唯一の方法-3


ということで、今回の記事は、その第4回目を兼ねていることになります。


単純に考えれば、人口の半数を占める女性が、身近な問題からグローバル社会の諸課題に至るまで、普通に政治に関心を持ち、選挙権を行使するならば、普通にそれなりの女性国会議員が存在しているはずです。
しかし、居ないことの方が普通になっており、ジェンダー平等を主張する女性が増えてはいても、政治が変わるまでの期待を持てる状況には至っていません。

そこで、表立って政治への関心や政治参加意志を示すことがなかなか難しい女性に、ベーシックインカムが必要な様々な社会問題について理解を求め、社会を変えることを目標とする女性主体グループをPRし、賛同・参加を求めるべく、インターネットを有効に活用しようというわけです。


ネットでの分断の状況と分断の間にあるもの

この章は、『ネットは社会を分断しない 』( 2019/10/10刊)を参考にして論じており、その内容を、又借り及びそのまた又借りして、つまみ食いで利用させて頂きます。

まず、「ネットは社会を分断する」という仮説から始まる根拠として

1.情報の受け手側の問題としての<選択的接触>:自分好みの情報に進んで接触する傾向
2.情報の送り手であるメディア自体のパーソナル化(個別化):独自のマーケットを開拓すべく「とがった」主張に特化していく傾向

を設定。そのことで、

政治的に強い主張をするメディアが増え、人々がこれに選択的に接触するなら、保守・リベラルどちらの方向へも意見が強まり、意見の分極化が起こり、社会は分断されることになる。

とします。
ここでメディアとされていますが、それは、SNSを利用する一人ひとりも、個別のメディアと見れば、双方の意見の強まりと分極化、そして分断が進んでいる印象は強いですね。
ただ、ネットの特性として、

ネットメディアを利用した結果として分極化するのではなく、先に分極化した人がおり、彼らが好んでネットでメディアを利用する。

ことも指摘しています。

ただ、そういう状況はあるが、その要因とそれを打破する可能性について、以下のように述べています。

ネットによって情報は多様化し、それによって民主主義の基礎となる多様な価値観の醸成が期待されたはずだった。しかし現実は、増えた選択肢がそれぞれ連帯することなくバラバラに浮かんだまま、個人は自分の心地よい選択肢(価値観、情報)にシュッと吸収され、その個別化され純化された心地よい価値観”のみ”の中に閉じこもってしまった。


このことから、ネットが必ずしも分断・分極化の要素・要因ではないことが類推可能になります。

さて、心地よい選択肢があった人はまだ良いですが、果たして、すべての人にとってそうだったかどうか。
私は、少し疑問を持っています。
SNSやネットに心地よい居場所を見つけることができずに、ネット空間でなにも行動を起こさない人も存在する。
また、弾きだされてしまった人、無縁・別世界のことと感じた人もいるでしょう。

そして、2つに分断・分極化したその中間に、左右のどちらかという問いに対しては存在感を消しているかのような、様々な日常生活をおくる人々が厳として存在しています。
しかし、それらの人々もまた、個別のアイデンティティに、意識的にも無意識的にも括られているのです。
そしてその多くは、無党派、支持政党なしの人々です。
リベラルは、それらの人々もしっかり認識し、包摂すべきというわけです。

ということは、女性主体グループを形成する上で、最も重要視し、大切にすべき課題を示されていることになります。

私個人的には、あまり「連帯」という言葉を用いたくない立ち位置です。
「連帯」ではなく、何かしらの考えを「共通認識」としていることでの繋がり。
そう理解・確認しあった上でのブループ参加であれば良い。
そう思います。

そして、この中間的な存在に対して、右左双方から、共通点についての理解者が増え、賛同者が増えてくる。
これが理想でしょうか。
その理想を実現することにも、女性主体グループに適性があるような気がするのですが。

日本型ベーシックインカム生活基礎年金は、民主主義、立憲主義のお作法に倣いました


分断・分極と直接関係していませんが、この章に、以下の記述があります。

そもそも、民主主義も立憲主義も、個々人の奉ずる価値観は異なることを前提としおり、意見の一致など予定していない。
(予定はしていないが、一致を見たいとは思っている。)
とすれば大切なのは、一人ひとりが自分のこだわりは一度腹にしまって、目の前の他者の言っていることや価値観を尊重することだ。
(それはそうだが、分極・分断は、それを端から不可能である様相を呈しているゆえ、その姿勢と努力はやはり端からムリ・ムダと思ってしまう。)

(斜め文字)は、私の裏の声です。

そして異なる理由はどこにあるのかを理解し合う。お互いの言い分を理解しようとすれば、それぞれの譲れない一線をベースに妥協やトレードオフが可能になるし、さらに良いアイディアに到達するかもしれない。
その上で、政治的意思決定においては、そのような対話プロセスの公開が求められ、国民の判断材料として提供される。民主主義と立憲主義は、こうした作法を前提にしている。


私の日本型ベーシックインカム生活基礎年金制は、こうしたスタンスを元に、共通する部分を活かし、異なる部分は調整しつつ、いいとこ取りなどを行ってまとめてみたものです。
但しまだ対話プロセスは経ておらず、今後必要と自覚はしています。

ネット社会における女性の立ち位置と意識をどう推し量り、参加・賛同を得るか

ところで、肝心の女性主体グループ形成のためにどのようにネットを活用すればよか。

ここまで簡単に見てきた、ネットでの左右分極化における男女の平均値では、やはり女性での表れ方は、男性よりも低くなっていると言います。
日常生活において、政治的意見の発信に関しては、やはり、女性の方が圧倒的に少ないですね。
倉持氏の属する弁護士業界でも、政治的意見を強固に持ち、対外的に発信する女性弁護士は稀と言います。

毎日必ずネットでニュース・事件・話題の見出しや画像を見て、関心があるものをクリックする。
私もそういう生活を続けていますが、目立つのは、芸能界やTV番組・映画に関する話題、そしてスポーツ。
政治関連のものも多く目に付きますが、女性はどういう行動を取る傾向があるでしょうか。

このブログサイトの記事を必ずリンクしているFacebookでは、ほとんど個人・家族と趣味関心事に傾斜して利用している人、ビジネス・仕事に関しての投稿に傾斜している人、そして政治関連での投稿に傾斜している人という分類になる印象を持ちます。
そうした傾向・印象を受ける中で、女性主体に特化して何かしらのグループを形成していくのは、やはりそう簡単なことではない気がしています。

とりわけ、Facebookは、実名であることを原則としていますし。

Twitterは使いこなしていませんし、実際、フォロアー即グループ参加メンバー、とはいきません。
YouTube も私にはハードルが高くて、良策がでてくるようには思えません。

ここは、やはり、当事者となって頂ける女性に相談しつつ取り組んでいくことが必要と考えていますが、倉持氏の提案も、もう少し辛抱強く見ていきたいと思います。

次回、<触らぬネットに祟りなし>という見出しがついた同<第4章 ネット社会での最大勢力「無党派層」の振り向かせ方>の後半を今後の取り組みの参考にすべく見ることにします。

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