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BIノート

今野晴貴氏「労働の視点から見たベーシックインカム論」への対論

ベーシックインカムを問いなおす: その現実と可能性』対論シリーズ-1


今月から、『ベーシックインカムを問いなおす その現実と可能性』(法律文化社・2019/10/20刊)
を用いて、同書で問い直すべきとしているベーシックインカムについての多数の執筆者が担当する各章を対象として、私が考え、提起する日本型ベーシックインカム生活基礎年金制と突き合わせをするシリーズを始めます。

第1回目は、今野晴貴氏が担当している、
「第1章 労働の視点からみたベーシックインカム論 なぜ「BI+AI論」が危険なのか」との対論です。

ご存知のように、今野氏は、『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 』(文春新書:)『ブラックバイト――学生が危ない 』(岩波新書:)など多数の書を表しているNPO法人の代表でもある実務家・活動家です。
すなわち、労働問題の専門家でもあります。



労働の視点によるベーシックインカム論の特徴

まず、今野氏は、BIに対する基本認識をこう述べています。

 BIの政策的優位性は、原理的には「労働と所得を切り離す」ところに本質があるとされる。たしかに、労働を条件としない所得の保障は、社会保障給付における審査手続きを簡潔にすることで無駄な経費を削減し、また、給付を受ける人々に対するスティグマを発生させることもない。
 しかし、「実際の政策」としてのBIは、すべての生活を「保障」するわけではなく、一定金額の現金給付にすぎない。そのため労働と所得の分離は限定的にならざるをえない。すべての生活ニーズを満たすだけの高額のBIを給付することは、それ自体不可能な「政策」であるうえに、疾病や介護などに関連し、通常の生活ニーズとは異なる個々人のニーズが存在するからである

日本社会が労使関係および社会政策において欧州とは著しく異なっているために、BIの位置づけもそれに応じて検討しなければならない。
その特性とは、
1.社会政策が年功賃金に依存している
2.労使関係において労働基準が明確化されていない
ことであり、そのため労働条件が簡単に底割れすることに問題がある。

まさに、労働視点での問題提起です。
しかし、「労働と所得を切り離すことに本質」という前提から始めることに、私は反対です。
働くことを想定してのBI論であり、BI制の導入を考えている。
もう、初めから違うので、後が思いやられます。

まあ、副題に、<なぜ「BI+AI論」が危険なのか>とあるのですから、脱労働論と直結する汎用型AI社会を想定するとそうなってもやむを得ないかもしれません。

労働問題とBIの結びつきの考え方

読み進めて、こんな表現が目に留まりました。

住居、賃金、年金、育児・教育などの多くの社会的ニーズに関する制度は、年功賃金を前提として設計されていたり、企業福祉に依存している。

労働者の権利実践こそが、労働に基準を打ち立てるのであり、その実践はBIが有効性を獲得するための前提となる。


この認識は、紋切り型というよりも、偏っています。

正確には、年功制ではなく、賃金所得額を前提としていると認識すべきです。
仮に、年功が反映されていたとしても、それはほんの一部であり、公平性・客観性に問題があるかもしれませんが、評価や職種、企業業績などが反映された賃金制度が、何かしら機能しています。
この問題は、非正規雇用における低賃金問題と繋がります。

その賃金の糸は、税制と結びつき、社会保険制度や教育制度・保育制度等の網に別れて有償・無償給付サービス化されています。

労働基準の未整備・未成熟問題は、いつに労働政策上の課題です。
本質的には、労働者の責任で戦い、条件を勝ち取るという連鎖を必須とすると考えることには、労組が確立している大手企業を除けばムリ、矛盾を感じます。
むしろ、政治イシューとすべき課題でしょう。
あるいは、最近相反する判決が出た同一労働同一賃金制を巡る例のように司法の場に持ち込んでの訴訟も一つの方法といえるでしょう。
しかしそれも現実的にはなかなか難しいことです。

そうした前提・認識の上に立てば、BIよりも労働運動が先、とか、BIが先とか言っている場合ではないと感じます。
両方並行して取り組むべきでしょう。
向かう方向は、同一のはずです。


日本における2つのワーキングプア問題がBIを無意味化するか

年功型賃金問題と不明確な労働基準の改善・是正がBI導入を正面から検討する条件と仮にしましょうか。
その上で、今野氏は、2つのワーキングプア問題が発生していることが、BI導入に悪影響を与えるとします。
一つ目のワーキングプアは、先述した非正規雇用者の低賃金です。
もう一つは、ブラック企業に代表される正規社員のハードワーキングプアです。

こうした状況があるうちは、BIを導入することが、かえって、一層の賃金レベルの引き下げやハードワークを強いることになる、としています。
現実として、その手取り月収では暮らしていけるはずがない、と思える低賃金労働者が、相当数存在します。
折り込みの求人広告を見れば、一目瞭然です。
現状の日本は、それがまかり通っている異常な社会と言えます。


BIは、労働条件の引き下げ、抑圧に結びつくか

私は、非正規雇用の方々やこうした異常な労働環境に身を置かざるを得ない正規社員や求職者にこそ、BIは有効と考える者なのですが、今野氏は、こう言います。

BIは、生活ニーズの保障の脆弱さを緩和するものではないために、非正規雇用の生活ニーズの充足不足や年功賃金に基づく日本のワークフェアを克服するものではない。
BIが給付されることに連動して、容易に労働条件そのものが切り替わっていく。


この懸念は、十分理解できることです。
ただし、ただし、です。
生活ニーズの保障が、一定基準を満たす場合は、どうでしょう。
例えば、毎月15万円支給されるとしたら、どうでしょうか。
今野さんが、ベースとして想定している月額4万円レベルの話じゃありません。
財源がどうこう、という話は、後回しにした上でのことです。
もちろん、現状の最低賃金制は維持した上です。

このレベルになれば、非正規やブラック企業での就労は辞めたり、より望ましい勤務先や職種を探したり、能力開発に努めたり、起業の道を探ったり、選択肢は増えるのではないでしょうか。
もちろん、ブラック企業は、証拠を揃えて労基に届けるか弁護士に相談するかの判断もしつつ、退職して、別の就業の機会を求めるか、等などあり得る選択肢の中からの判断とできます。
一部の職種や企業では、賃下げに出るかもしれません。
でも、だれも望まなければ、賃上げするか、廃業するかしかなくなります。
まあ、職種・企業・業種・経営者、競争状況等によりけりです。

まあ当分本質的に一気に変わるとは思えませんが、年功賃金モデルは、次第に、時間がかかりますが、フェードアウトしていくでしょう。
同一労働同一賃金制も、時間をかけつつ、望ましい在り方に近づいていくでしょう。
しかし、そこでは非正規雇用の賃金の引き上げに繋がる場合もあれば、反対に正規雇用者の賃金を引き下げるケースも大いに有り得ることを認識しておくべきです。

メンバーシップ型賃金からジョブ型賃金への移行議論も、職種によって賃上げ・賃下げ、どちらにも転がっていくものです。
労働資源の需給バランスの影響も受けるでしょうし、生産性レベルにも左右されるでしょう。
同一労働同一賃金問題も、職務基準を明確にすることで解決できるものではないと、人事・能力開発部門のコンサルティングに30年近く携わってきた私は考えています。
そもそも、職務基準書が、どこまで具体的な賃金決定要件書たりうるか、という問題もあるのです。

加えて、社会的サービスの脱商品化というベーシックサービス論者が、必ず取り組むべき課題として、その社会的サービスに携わる人々の労働問題をどうするのか、があります。
介護や保育等の社会的サービスに従事する多くの人々が、やはり低賃金労働を強いられていることに対して、どう考え、どう対処するのか。
意外にこの問題については、語られていないのです。
脱商品化問題と一体のものとして、いずれ取り上げることにします。

脱労働論としてのAI論への危機感

副題でAI論と対峙している今野氏の考えには、ほぼ賛成します。

問題なのは、今日のAIブームの誇大な「キャンペーン」の帰結としての、「労働」そのものへの軽視ないし敵対である。社会に「これから不要になる仕事」「なくなる仕事」という言説が氾濫し、今日、まだ必要とされているたくさんの労働の価値が大幅に軽んじられている。さらには、「労働が不要になる社会」が喧伝されることで、今日も雇われて働かざるをえない現実を無視し、あたかも働くことが無価値であるかのように錯覚させる。

こうAIと対峙する今野氏の考えには、賛同します。
ゆえに、ここではこれ以上触れる必要はないと思います。
(参考)
ベーシックインカム、モラル論争にも終止符を打ち、安心希望社会の実現へ


労働観点からのBI論の限界とベーシックサービスの不透明性

今野氏は、本章をこう括っています。

1.BIは日本において優先すべき政策 ではない
2.労働市場の規制なくしては、社会サービスを代替しないBIがもし実現したとしても、効果が薄い
3.労働運動の実践の必要性が実在しているにもかかわらず、特にAI論と結びついたBI論は、労働運動の必要性を相対化させる言説として機能している。

これらの諸問題を踏まえ、発展させることによって、政策要求としてのBI論は真の価値をもちうる。
求められるべきは、社会保障の実現や労働市場規制の代替物ではなく、そのさらなる発展をめざすBI政策論である。

当然のことで、BIがすべての社会保障制度をカバーするものではありえません。
その主張を行う新自由主義派のみを相手にして論じることは、本格的なBI論、望ましいBIを実現することからの回避・逃避です。
むしろ、自ら、社会保障全体とBIとの関係の望ましい在り方を考え、提起するスタンスが望ましいはずです。

しかし、端から、BIではなくBS、ベーシックサービスを主張するスタンスには、それは望むべくもないのかもしれません。


労働運動優先論によるBI後回し論の非合理性



ベーシックサービスについて、詳述するのは、同書において今野氏の役割ではないのでしょうから、ここでは触れませんが、労働関係でのみBI云々を論じることには、少々無理があると感じます。
と言うか、正直なところ、ピンとこない、のです。

「職業の再建」が、生活レベルを維持できる労働としての価値を構築すること、すなわち、最低賃金制度の強化や正規雇用の促進を意味するとし、それが実現して初めて、BIの意義が確たるものになる。
ということになるのでしょうか。

その場合のBIの金額は、4万円程度のもので構わないとするわけでしょうね。
加えてこの場合、同書でいうところのベーシックサービスも、整備されていることになるのでしょうね。
それとも、ベーシックサービスが提供されれば、BIは不要ということになるのでしょうか。
この辺が、曖昧なままです。

ところで、その職業の再編は、労働運動によって実現することも強調されています。
果たしてそれが可能かどうか。
世論に訴えかけて、署名を募り、厚労相に陳情することをもって労働運動というのか、その具体的な行動については、詳述されていないのが気になります。

要するに、BI自体の実現もそうなのですが、労働政策の変更・改善・改革は、政治活動、立法府の場に持ち込まなければ立法案件として取り上げられないわけです。
現状の法制に基づいて、司法の場に訴訟し、違法性・違憲制を認めさせることでも、関連法改正のきっかけになる可能性もありますが。
しかし、その活動に集中・専念できる環境・条件を持つ人は極めて少ないのが現状でしょう。

だから諦めて、何もするな、と言っているわけではありません。
ただ、あまりにも楽観的すぎる、と思ってしまうわけです。
やはり、ベーシックサービスの絶対的優位性の説明を求めたいですし、労働運動によって結実させうる内容とスケジュールについての手法とスケジュールもできることなら提示して欲しい。
そう思います。

それはそれとしてお願いするとして、BI導入案も、同時に並行して検討するスタンスもあってもよいのでは、そう思い、またそう願うものです。


一つのモデルとしても「雇用によらない働き方」に有効なBI



労働運動は、雇用・被用関係のある場でのものであり、自営独立業とは無縁です。

個人的には、私は、起業により、賃金も定年も自分で決める就労形態が一つの労働形態のモデルと考えています。
それを目標とする人々にとっては、BIは非常に頼りになるものです。

今野氏も「雇用によらない働き方」についても及んでいますが、そこで提示されているのは、プラットフォーム型労働や、シェアリングエコノミー・ビジネスです。
これらは、ここ数年問題となっているフランチャイズシステムによる、コンビニエンスストアのオーナーと本部との関係と同質のものです。
契約関係の本質が、疑似雇用・被用関係にあるわけで、純粋に「雇用によらない働き方」とは言えないものです。

今野氏の論考では、BIよりも優れているとするベーシックサービスについての詳述はありません。
その内容を確認していない状況では、BIの優位性も語ってはいけないのかな、とも遠慮気味に思います。

私の能力不足、知識不足ゆえかもしれませんが、本論では、労働視点でのBI批判は、理解・納得できるものではありませんでした。

次の藤田孝典氏による「第2章 貧困問題とベーシックインカム」を楽しみにして、読み進めることにします。


⇒ 続編、続々編はこちらです。
藤田孝典氏「貧困問題とベーシックインカム」への対論
 ◆ 竹信三恵子氏「ベーシックインカムはジェンダー平等の切り札か」への対論 

なお、今回も、私の提案するJBI日本型ベーシックインカム生活基礎年金についてのさまざまな考察記事を以下にリスト化しました。
ご関心をお持ち頂けるテーマがありましたら、確認頂ければと思います。
宜しくお願いします。

参考:<ベーシックインカム(生活基礎年金制度)案再考察>シリーズ・リスト

◆ 基本的人権基盤としてのベーシックインカム制導入再考察と制度法案創り(2020/10/1)
 ベーシックインカムの定義再考察:JBIとは(Japanese Basic Income)(2020/10/2)
◆ 財源問題、所得再分配論から脱却すべき日本型ベーシックインカム(2020/10/4)
◆ 日本型ベーシックインカム実現をめざすカウンター・デモクラシー・ミーティングを開設!(2020/10/5)
◆ BIは、日本国内のみ利用可、使途・期間限定日銀発行デジタル通貨に(2020/10/6)
◆ ベーシックインカム生活基礎年金月額15万円、児童基礎年金8万円案(2020/10/8)
◆ ベーシックインカム生活基礎年金15万円で社会保障制度改革・行政改革(2020/10/9)
◆ ベーシックインカム生活基礎年金、段階的導入の理由と方法(2020/10/10)
◆ 実現シナリオ欠落の理想的ベーシックインカムの非社会性(2020/10/11)
◆ ベーシックインカムの特徴と魅力、再確認・再考察(2020/10/13)
◆ ベーシックインカム導入で健康保険・介護保険統合、健保財政改善へ(2020/10/14)
◆ ベーシックインカムとコロナ禍の政府債務膨張、デジタル人民元実験との関係(2020/10/15)
◆ コロナ禍がベーシックインカムの必要性・不可欠性を証明(山森亮教授小論より)(2020/10/)
◆ ベーシックインカム中央銀行通貨発行論者SS氏との仮想対話(2020/10/)
◆ 日本型ベーシックインカム実現に思想家、哲学者、歴史家、学者は要らない。必要なのは(2020/10/)
◆ ベーシックサービス対ベーシックインカムの戦い?(2020/10/)
◆ コロナ禍の政府債務膨張とIMF方針転換はベーシックインカムへの追い風(2020/10/)
◆ ベーシックインカム専用デジタル暗号通貨化可能性の有無、導入の可否(2020/10/)
◆ ベーシックインカム財源論争、支給額論争の合意形成に向けて(2020/10/)
ベーシックインカム、モラル論争にも終止符を打ち、安心希望社会の実現へ(2020/10/30)




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