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ベーシックインカム、モラル論争にも終止符を打ち、安心希望社会の実現へ


ベーシックインカム(生活基礎年金制度)案再考察-20(最終回)

基本的人権基盤としてのベーシックインカム制導入再考察と制度法案創り
ベーシックインカムの定義再考察:JBIとは(Japanese Basic Income)
財源問題、所得再分配論から脱却すべき日本型ベーシックインカム
日本型ベーシックインカム実現をめざすカウンター・デモクラシー・ミーティングを開設!
BIは、日本国内のみ利用可、使途・期間限定日銀発行デジタル通貨に
ベーシックインカム生活基礎年金月額15万円、児童基礎年金8万円案
ベーシックインカム生活基礎年金15万円で社会保障制度改革・行政改革
ベーシックインカム生活基礎年金、段階的導入の理由と方法
実現シナリオ欠落の理想的ベーシックインカムの非社会性
ベーシックインカムの特徴と魅力、再確認・再考察
ベーシックインカム導入で健康保険・介護保険統合、健保財政改善へ
ベーシックインカムとコロナ禍の政府債務膨張、デジタル人民元実験との関係
コロナ禍がベーシックインカムの必要性・不可欠性を証明(山森亮教授小論より)
ベーシックインカム中央銀行通貨発行論者SS氏との仮想対話
日本型ベーシックインカム実現に思想家、哲学者、歴史家、学者は要らない。必要なのは
ベーシックサービス対ベーシックインカムの戦い?
コロナ禍の政府債務膨張とIMF方針転換はベーシックインカムへの追い風
ベーシックインカム専用デジタル暗号通貨化可能性の有無、導入の可否
ベーシックインカム財源論争、支給額論争の合意形成に向けて
と、回を重ねること19回の<再考察シリーズ>。

前々回、前回と今回を、再考察シリーズのまとめと位置付けています。
今回は、ベーシックインカム導入で予想されている種々の諸相とモラルを巡る議論について再考察し、整理し、再考察シリーズの最終回とします。

ベーシックインカムで人は働かなくなるか:フリーライダー論への反意

ベーシックインカムを導入すると人は働かなくなる。
社会が、経済が立ちいかなくなるリスクがある。
こういう主張があり、BI導入に対する反対理由の初めに上がっています。

一方、
フィンランドで実験的に行われたユニバーサル・ベーシックインカムの2年間のテストは、仕事への動機付けを阻害せず、精神的・財政的な幸せに資するようだと結論付けた。
というある論者のFB上での投稿を以前紹介しました。
⇒ ベーシックインカム中央銀行通貨発行論者SS氏との仮想対話

それだから、働かなくなるという心配は無用だ、ということです。

まあ、ヒトによりけりでしょう。
基本的に、まったく働かなくても悠々暮らしていけるような金額が支給されれば、働かない人は増えるのでは、と思います。
でも、まずまずの生活レベルを維持する程度の支給額ならば、やはり何かしら働くことを選ぶ人が、それ相応にいるのでは。
そう推測します。

こうした外国の成功事例も、実際いくらの支給だったのか、他の社会保障制度はどうなっていたのか等詳細なレポートがあるわけではありません。
仮にBIを導入するとした時、社会経済上まったく同じ条件で行うわけではないですから、その論の正しさを証明しているなどと言えるわけがないのです。
経済学等社会科学の理論重視派である人が、いとも簡単に、証明・証拠と結論づけていることには、いささか違和感を感じるものです。

本当に例外が微塵もなく、100%の人すべてが労働・勤労に赴いたというならまだしもです。そうならば、実験ではなく、正真正銘のUBIとして、既にどこかの国で導入されていて当然と思うのですが、そこに至らないのには何か理由があるはずです。そこまで追求した上で結論付けるべきでしょう。

ベーシックインカム導入の暁には、働かなくなる人、働かない人も出るでしょうが、そこそこに働く人も、しっかり働く人もいるでしょう。
どのパターンを選ぶかは、給付される金額や、選択できる職種・就労先などの条件に加え、他の社会保障制度の在り方など、多くの要素に依拠し、かつ個人個人の生活状況・ライフスタイル・価値観などとも関係します。

そうしたものを種々推測するのは自由ですが、予測を一つにまとめ上げて断定することに意味があるとは思えません。
やってみないと分からない、というのでよいのではないでしょうか。
いい加減な奴と思われるかも知れませんが、ある意味どちらでもよいことで、それで何か著しい不都合が生じるならば、対策を講ずるだけのことです。


ベーシックインカムで貧困と格差はなくなるか


ベーシックインカムは貧困と格差を社会から無くすか。
それはムリでしょう。
ムリですが、削減すること、縮小することは可能でしょう。
しかし、反対に、格差を拡大することも十分ありえます。

曖昧で情緒的な表現ですが、食べることもままならない暮らしというレベルの貧困は解消できるベーシックインカムでなければいけません。
そうでなければ、それはベーシックインカムではないと断定・断言すべきでしょう。

ただ、ベーシックインカムとして支給される範囲内では、格差はありません。
表現が適切ではないですが、BIを受け取る人すべてのBI内での貧困度は同じで、平等です。
それ以外の所得と資産には、違い・格差はあります。
その領域での格差は、BI導入後の社会経済の変化と個人個人の生き方・働き方との組み合わせで広がる場合、狭まる場合、変わらない場合、さまざまでしょう。
それは致し方ないことであり、肝心なのは、支給されるBI給付以下の貧困は存在しないということです。

しかし、もし、BIが現金で支給され、使いみちも制限されず自由であれば、支給されたBIが、新たな格差をもたらすことになるのは間違いないでしょう。
支給されたBIを貯蓄し、投資に回し、利息や利潤を得ることで、格差が生じます。
格差の再生産、あるいは新しい格差生産の道具になるベーシックインカム、というわけです。
そこまでは責任を持てない・持たないベーシックインカムを、いくらでもお金を刷れる派の論者、中銀の通貨発行権による導入論者、MMTによる財政赤字ノープロブレム論者は、どう評価するのでしょうか。

ベーシックインカムにも規律が必要である。
そう考えて提案しているのが、私の日本独自の日本型ベーシックインカム生活基礎年金制です。
ベーシックインカム専用デジタル暗号通貨化可能性の有無、導入の可否
ベーシックインカム財源論争、支給額論争の合意形成に向けて


AIがどこまで仕事を奪うか:脱労働社会論への反意

汎用型AIが誕生して実現するシンギュラリティ。
それで発生する、人々が仕事を奪われる社会。
仕事がなくなれば生活するための所得を得ることが不可能になる。
その社会では、一部の資本家のみに所得が集中し、格差は広がるばかり。

ゆえにベーシックインカムを支給することで、働かなくても生活できる社会にすればよい。
表現を変えれば「脱労働社会」の人類の智慧、というわけです。
ただ、そのBIの原資を、返済する必要がない赤字国債とするのか、通貨発行権を持つ中央銀行発行通貨で賄うのかの違いはありますが。

しかし、その社会においても、
・クリエイティブ系 ・マネージメント系 ・ホスピタリティ系
の仕事は残ると言います。
別の人は、AIが苦手とする仕事として
・身体性ベースのマルチタスク要素 ・直観/直感の要素 ・クリエイティブ要素
を挙げて、それに関する仕事は残る、としています。
まあ、似たようなものですが、人が嫌がる仕事すべてがAIに置き換わるとは断言していないことに注意が必要でしょう。

残るとした仕事事例は、どちらかというとカッコいい仕事か、人対人直接相対する必要がある、いうならば人間的な仕事です。
また、AIに代替できない、無くなることがない仕事も絶対にあるわけです。

それらのニーズを満たしてもなお、仕事がまったく見つからない状態に至るのか。
どうやら、脱労働社会と言っても、労働したくない人のためのベーシックインカム論者にとっても理論(?)にしか過ぎないような気がしています。

必要な仕事に携わる人の数と、まったく働かない人の数。
何対何をもって、脱労働社会とするのか、そこをもう少し突っ込んで解説して欲しいのですが、どうでしょうか。


ベーシックインカムで賃金が下がるか、上がるか

この問いに対する回答は、上がる仕事があれば、下がる仕事もある、ということになるでしょう。
その一端上がった仕事の賃金が、下げることになる場合もあるでしょうし、下がったものが上がることもありうる。

やってみないと分からないというのが正直なところです。
なぜかというと、ベーシックインカムを支給されることで、導入前よりも仕事を選ぶことができるかもしれない、ということになる可能性がある。

人が集まらない、不人気の仕事もあるでしょうから、そうすると人手不足で賃金が上がるのが普通ですが、そうはならないのは、現在の介護職や保育職の処遇で示されています。

また逆にその仕事に就きたいと思う人が集中する人気職種ができ、なかなかその仕事には就けないということもありうる。
ベーシックインカムには関係ない、現在にもある話です。

というわけで、何か特定の職種についてどうなるかを論じるとしても、その議論の結果には、だれも責任を取りませんから、あまり意味のないこととしておいたほうが良さそうです。
但し、AIでなくなる仕事かどうかについての論述は多々ありますから、参考レベルで確認しておくのは、ある意味面白いかもしれません。
当たっても当たらなくても、論者に責任はないことは知っておくべきですが。

ベーシックインカムで国家財政は破綻するか:MMTに与することへの反意

長引くコロナ下における財政出動の膨張は、MMT論派に勢いを与えているようです。
その対策として赤字国債をどれだけ発行してもよく、償還期限が来れば、また新しい国債を発行して乗り換えていけばよい。

その考えでいけば、すべての大規模自然災害の復旧や、福島第一原発の処理費用も原発廃棄燃料処分費も、デジタル社会化のための膨大な費用も・・・。
すべて気兼ねなく赤字国債で対応すればよいだけのこと。

そのために膨張する支出は、一部は資産になるのだから一向に構わないというのもわからないことではない。
だが、本当にそれでいいのか。
この政策の拡大で想定されるのは、ハイパーインフレや激しい景況の変化、為替相場・株式・債権相場の激変・・・。
それらがもたらす、生活不安・生活リスクの増大。
そして、ベーシックインカムの有効性・持続性への不安・不信の発生と拡大。

果たしてそれらに対して、汎用型AIは問題なく、速やかに解決してくれるのか。
市場は、自律・自浄作用を速やかに発揮・機能してくれるのか。
経済学および経済学者は、それは想定内の事と、あっという間に不安も不信も取り除いてくれるのか。
歴史が物語る、歴史に学べば良いと、気休めにもならないことを常套語としている人たちは、危険を予知して、事前対応策をしっかり示してくれる当事者足りうるのか。

国家財政は理論的には破綻しないかもしれないが、グローバル社会における信用・信頼という尺度が持ち込まれたときに、果たして、自国のみの独善・独立経済圏への逃避でコトを収めることができるのか。

自由奔放なベーシックインカムの導入と、その財源方式としての奔放国家財政システム主義による国家運営が継続された場合、可能な限り想定されるすべての発生リスク例とその対策を準備し、公開すべきことを、責任として自覚し、取り組みを求めたいと思うのです。


竹中暴論を粉砕・排除し、各論集約への道筋作りへ

ということで、今回は具体的な課題の再考察ではなく、抽象的かつ情緒的再考察を加えました。
本来、ベーシックインカムはそうした要素を捨象して、現実的、合理的に法制化すべきものと考えています。
しかし、多くの論者は、意外にも経済理論や社会保障制度を前面に押し出しながらも、想定される問題の特定化・具体化とその対応策の曖昧化、現存する課題解決の先送り化でやり過ごそうとしているとしか思えないのです。

今回、再考察シリーズ最終回の見出しとして「モラル」を抽出して用いたのも、唯一無二の状態に結論付けることのムリ加減や、独断性・独善性に拠り合意形成を妨げる種々の論者に呼びかけるためです。
そろそろ歩み寄り、さまざまな悩みや困難を抱える、あるいはこれからさまざまな困難に遭遇するであろうすべての国民が、安心して暮らせる、希望を持つことができる社会を創造するためのベーシックインカムの実現にその叡智を集約して頂きたいと切に思うものです。

完全BI、不完全BI、部分的BIという論争、良いBI、悪いBIという論争いずれも不毛のものです。
完全であることは不可能です。
すべてにおいて良し、というのもムリなことです。
考えうる中での善を積み上げ、積み重ね、理想に近づくように創意工夫や時に妥協や寛容も組み入れていく。
それが日本独自の、そしていずれ世界のモデルにもなりうるベーシックインカムであるようにと考えます。


<再考察シリーズ>から<ベーシックサービス対論シリーズ>へ

そして、もう一つ、ベーシックインカムではなく、ベーシックサービスであるべき、という対案があることもつい先日認識しました。

これについての対論も必要と考え、前回述べたように、その主張書である『ベーシックインカムを問いなおす: その現実と可能性』(法律文化社)を入手し、読み始めています。
来月11月から、同書の各章の内容への対論をシリーズ化しようと考えています。
引き続きお付き合い頂ければと思います。

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