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特養・サ高住は、ハコモノとして非難されるべきか:『無駄だらけの社会保障』に見る介護制度視点のズレ

ベーシックインカム制を実現すべきと考える私にとって、社会保障の全体の方針・構想と個々の制度との合理的な連係を考えることも重要な課題と考えている。
従い、社会保障に関する新書をこれまで数冊求めてざっと目を通した。
最も基礎的に、総合的に学習できる書としてお薦めしたいのが、
人口減少と社会保障 – 孤立と縮小を乗り越える 』(山崎史郎氏著:2017/9/25刊)だ。
その紹介は、機会を改めて行なうとして、最近書名に引かれて購入した
無駄だらけの社会保障 』の中の介護保険制度・行政制度のムダについて取り上げた「第4章 終の棲家、どこへ」の問題提起について考えてみたい。

その章の構成は、以下の通りだ。

1.膨らむ「おひとり様」リスク
2.足りないはずの「特養」実は空いている
3.高齢者住宅「サ高住」の異変
4.介護「外国人頼み」の死角
5.要介護度、ばらつく認定

本書の主な狙いと構成は「医療」の無駄のレポート、問題提起である。
介護は、添え物的な認識なのか、客観性・総合性を欠いており、専門記者の取材・問題認識レベルとして認めがたいものだ。
敢えて加えるなら、医療と介護を結びつける「地域包括支援センター」が絡む。
しかし、その関係での記述も少ない。

社会保障制度の無駄を課題としているのだが、この構成とその見出しからは、意図は読み取れない。
空いている「特養」が無駄、ということを主張する内容だとすると、端から疑問を感じてしまう。
一般的に、特養は、入所を希望しても1~2年待ちがザラ、と言われているからだ。
確かに、一部の都心部を中心に、特養に空きがあることは、以前から言われていた。
しかし、足りないはずの特養の空きの最大の理由は、介護職の確保が難しいことだ。
受け入れたくても、法令の基準を満たす介護職数を確保できないがために、入所を断るざるを得ない。
これは、決してその施設がムダに建てられたことを意味するのではないことは、明らかだろう。
それをムダとする。
その理由が、どんどん新設されるサ高住に、利用者が流れているためだと。
では、サ高住は、介護職に不足はないのか。
決してそうではあるまい。
流れる理由に、特養との費用の差がなくなってきていることが挙げられている。
それはそれで利用者にとっては、選択肢が増えるので、望ましいことではある。

特養が人材確保で負けているなら、その特養自体に別の問題があるからだろう。
そこに食い込み、原因を調べ、対策を講じる必要がある。

特養・サ高住、ハコモノ批判の死角

これまでの政治行政と同様の視点で、介護における「ハコモノ」政策を批判する。
膨大な介護施設の投資額が必要なのは、地価が高い地区であり、地域密着型の特養ならば、投資規模は抑えられる。
また同書では、特養に地域密着型の定員30人未満の小規模特養と、ある程度広域も想定した定員100人規模の大規模特養があることにまったく触れていない。

特養が空いていると言っても、ごく限られた地域に過ぎず、その理由の多くは、介護人材不足にある。
サ高住が支持されている理由は、特養の費用が意外にかかり、サ高住との差が縮まっていることが指摘されている。
それと私も義母で経験したのだが、サ高住は比較的新しく、特養の多くは古い建築物の方が多い。
多少の費用の違いがあっても、新しく明るい方がいい。
何より、特養は要介護3以上が入居条件になり、要介護2以下ではサ高住等他の施設を利用するしかない。
その中で、要介護3以上で特養よりもサ高住が利用されるのは、費用差が以前よりも無くなったためと言えよう。

今回、義母の介護度区分変更で、新設する特養への入所を申し込み、運良く入所できた。
確かに、住民税非課税者でも意外に費用がかかることを知った。
課税所得がある高齢者は、サ高住と特養に、さほど負担の違いを感じないだろう。

問題は、特養建設の管轄が厚労省、サ高住は国交省で、建設許認可基準が違うことにある。
これは政府・行政上の、社会保障制度の根源的な問題で、ハコモノ行政の良し悪しの問題ではない。
介護行政は、総合的に行われるべきであり、縄張り争いをしている暇はないのだ。

介護保険制度がもたらす、小規模介護事業経営の難しさ


同書では、高齢要介護者の増加に対応するのは、在宅介護で、と自信を持って断定している。
増え続ける単身要介護高齢者の自宅を訪問し、訪問介護かデイサービスで対応する。
そのための介護職の確保は可能なのか。
また、訪問・移動に要する時間とコストは、ハコモノ介護に比べて、大きくはなく、ムダは生じてない、とどこで判断しているのか。

介護事業所の倒産は、専門外の業種からの無謀な参入で、経営管理ができない事業主に大きな要因もある。
だが、介護保険制度により縛られた収益システムで、訪問介護・デイサービス事業経営は簡単ではないことは、同書でも指摘している。


問題山積の介護保険制度は、在宅介護主義で設計・運用され、破綻に向かっている


現在の介護行政は、もともと施設から在宅へと、介護の拠点を変えることを目指して設計導入した介護保険制度を軸に行っている。
これが、介護保険制度の膨大な赤字と、現役世代の負担化、介護職者の低賃金・低労働環境、介護離職、介護殺人などの種々の問題を次々に発生させ、拡大している元凶なのだ。

ハコモノ介護をやめ、訪問介護と通所介護に集中することで、今後増え続ける単身要介護高齢者のケアを、必要な介護職者を確保して、ローコストで、効率よく、サービスの質を落とさずに行っていけるのか。

施設のハコに代わるのは、おひとり様高齢者が暮らす、その数の分の1軒1軒の住まいというハコである。
そのケアに必要な介護職は、一体何人か。

介護制度クライシスを避ける日経の提案とは

同書の最終章「クライシスを避けるには」で、医療制度と介護制度のムダを無くす提案をしている。
介護に関しては
3.介護の脱・ハコモノ、人材育成が先決
というタイトルでまとめている。
その項の3つの小見出しをつないで、提案をまとめると以下になる。

「老人福祉事業の倒産、過去最多に」になっており、「進む施設の「老い」、在宅ケアにシフトを」促し、「ITで乗り越える」

随分能天気なまとめ方だ。
そもそも、日経紙(氏?)が言うハコとは、特養・サ高住だけか。
デイサービス施設も、小多機施設も、ハコであろう。
それらのハコすべてを否定し、訪問介護事業の事務所があれば済むものではあるまい。
ロボットやAIの活用も、かなりの比重で、入所型施設での活用を想定しているはずだ。
費やしているページ数は決して多くないが、矛盾の満載である。

AIやロボットで、介護職の必要数を削減できるか、賃金を上げることができるか



本書に限らず、どの書でも、マスコミも、介護現場の業務をAIやロボットで効率化し負担を減らすべきと指摘する。
それで仕事が楽になり、介護士は増えるのか。
それで賃金が上がり、介護士は増えるのか。
否だ。

介護ロボットやAIの活用で、果たして介護現場の介護職の数を削減できるか。
否である。
間接業務を合理化すれば、介護職の数を削減できるか。
否である。
残業が減り、間接作業も、一部の肉体労働も楽になるだろうが、それで介護職の必要数が減ることになれば、残る介護職の負担が増えるか、変わらないか、だろう。
それで、介護職の賃金が上がればよいが、合理化のための先行投資、継続的な利用・維持コストが固定費化して、直接介護職の処遇の改善に結びつかないだろう。
そんなことは、経済新聞の記者なら、常識的に分かるはずだ。



介護人材育成は、ニワトリが先か、タマゴが先かの困難な課題

介護人材不足に関しては、私が介護行政と介護制度に関して最も信頼し、尊敬している専門家である結城康博氏が昨年執筆した
介護職がいなくなる: ケアの現場で何が起きているのか 』(2019/9/5刊・岩波ブックレット)
で、詳しく確認することができる。


同書では、介護現場での人材の離職率の高さも問題視し、現場での介護人材の指導育成について、誠実に、敢えて介護業界に厳しい提案・提言を行っている。

いずれ、同書について紹介したいと思っているが、今回はこの人材育成については触れない。
私は、10数年流通サービス業の企業現場を経験し、30年近くコンサルタントとして人事評価制度の設計運用や人材育成・能力開発、業務改善・業務改革等に携わってきた。
その経験を踏まえて言うと、こうした現場での人材育成は、ニワトリが先か、タマゴが先かの困難な課題だ。
少し具体的に言うと、教える人を教えることから始める必要があるということ。
もう一つは、教えるためだけに時間を確保することが、ある程度の規模がなければ、また資本力がなければ、ほとんど困難に近い、ということだ。

結城氏も十分そのことを理解した上で、厳しいことを業界に向けて発しているのだ。
日経氏には、到底理解できないことのような気がしてならない。
言うならば、次元が違うのだ。

介護人材不足は、外国人介護人材活用で解消は不可能


本書でも、介護人材に頼ることの危うさは認識している。
先述した結城氏の書でも、「第四章 外国人介護職の可能性と限界」の中で、同様の認識を示している。

一方、簡単に、ロボットやAIの活用を推奨し、貢献できるかのように述べる本書に対し、結城氏は、第五章で、「まだ先の介護ロボットとAI技術」と、しっかり現実を見て発言している。

いずれにしても、社会保障制度の無駄を鋭く分析して、具体的で成程と思わせる内容を提示してくれると思わせた『無駄だらけの社会保障 』だったが、時間と費用のムダになりそうなことが残念だ。

在宅主義介護保険制度・介護行政は、社会保障制度・社会福祉制度でどう位置付けられるべきか

ハコモノ介護行政は、なくてはならないものである。
ハコモノの規模を持つ、優良企業は、人材育成の重要性を十分理解しており、そのために時間と費用と人材を投入する。
当然高い経営能力を持ち、人材に、他業界に比して劣らない賃金や労働環境・福祉を提供できる。

一方、社会保障・社会福祉について、誠意と情熱を持つ善意の人びとが、介護事業に向き合ってくださる時、小規模であっても、その事業運営と持続が可能な、シンプルで、必要な収益を継続して上げることができる介護保険制度、介護事業管理システムを提供し、小さなハコも維持できるようにすべきだ。

その両方が可能な介護行政を推し進める必要がある。
当然、介護保険制度の抜本的な見直しも必要である。

本来の理想形は、介護事業の公営化であり、それに伴う、介護職員の公務員化である。
が、あまりにも民営化が進みすぎているため、簡単には議論も実現もできそうにない。

ならば、まず介護職人材不足の改善・解消を目指すべきだろう。
日経氏がまったく触れていない課題である。
まさか、そのことを無駄と考えて、本書の中に課題として組み入れなかったとは考えたくないのだが、果たしてどうなのだろう。

終の棲家は自宅、自分の最期は自宅で、と初めに結論ありきで、介護も在宅で受けるべき。
単純にそういう論法での編集・構成ならば、それも稚拙なことと言い添えておきたい。
またそれが社会保障制度のめざす所と結論づけるのも同様である。
全世代型社会保障制度の全貌と個々の制度との連関も、しっかり示されていないのだから、本書のようなタイトルは付けるべきではないだろう。

なお、ほとんどを医療制度の無駄を問題視しての書であることは初めに述べた。
しかし、書き出しの、市販医薬品と医師処方の薬とを論じる章でも、焦点がズレた議論で始まっていた。
発行に至るまでに、こうした疑問・疑念が、どこからも出なかったのか、摩訶不思議を感じさせた書であった。

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