
注目される陸上養殖サーモン。自然・経済環境、地政学的変化による海洋漁業不振と食料自給率向上対策に寄与するか
2023/4/3 付日経に、陸上でのサーモン養殖に挑む30歳後半の商社出身者の挑戦の記録と今後の夢を紹介した以下の記事が掲載された。
⇒ 養殖サーモン、国産に光 故郷の川の魚危機 資源問題の扉開く ニッポンの食 私がつくる 「陸上育ち」で食卓と海救う – 日本経済新聞 (nikkei.com)
ウクライナ侵攻等で高騰するチリ産・ノルウェー産サーモン
サーモンの世界消費のうち大半は、チリとノルウェー産が占める。
ロシアのウクライナ侵攻もサーモンの国際相場の高騰に影響しているが、地球温暖化による漁獲量の減少や、中国を筆頭としての世界的な食料資源としての人気の高まりもここ10数年のトレンド形成に繋がっている。
さけ・ますの2020年年間輸入量
さけ・ますの年間輸入量(2020年)は、25万1千トン足らず。
内、チリが60.2%、ノルウェーが22.5%、ロシアが9.5%を占め、前2ヶ国で82.7%を占めている。

漁業・養殖業4つの区分と漁獲量・収穫量
最初は、よく記事を読まないまま、養殖魚について情報検索。
すると、一般社団法人全国海水養魚協会が運営するHP 日本の魚類養殖業|全国海水養魚協会 (yoshoku.or.jp) が先ずヒット。
よく見ると、主として「海水養殖魚」に関するサイト。
しかも、農林水産省のデータを活用・加工し、分かりやすく生産地や生産魚種などを説明している。
しかし、この協会に全国の海面養殖業者が加盟しているわけではなく、かつ貝類の養殖の情報・データには及んでいない。
なので、次に農水産省のHPで確認することに。
同省の2021年の<漁業・養殖業生産統計>によれば、全漁業・養殖業の生産量は421万4,831t。(前年比1万8,984t、0.4%減少)
これを以下の4つの区分で漁獲量・収穫量を転記してみた。
1)海面漁業:漁獲量323万6,480t、前年比 2万3,146t(0.7%)増加
・遠洋漁業;27万8,766t、前年比1万9,675t(6.6%)減少
・沖合漁業;202万18t、前年比2万3,889t(1.2%)減少
・沿岸漁業;93万7,695t、前年比6万6,709t(7.7%)増加
2)海面養殖業:収穫量92万6,594t、前年比 4万3,055t(4.4%)減少
・魚類:収獲量25万6,181t、前年比4,261t(1.7%)増加
・貝類:収獲量32万3,746t、前年比1万5,296t(5.0%)増加
・海藻類:収獲量は33万5,796t、前年比6万2,520t(15.7%)減少
3)内面漁業:漁獲量1万8,904t、前年比 2,841t(13.1%)減少
4)内面養殖業:収獲量 3万2,854t、前年比 3,767t(13.0%)増加
最後の内面養殖業の区分に当たるのが冒頭紹介のサーモンである。
内面養殖の1種としての「陸上養殖」によるサーモンが今回のテーマ。


海のない埼玉県における養殖サーモン事業化に目処
海のない埼玉県で、そのサーモンを陸上養殖する試みが、新興企業FRDジャパンで進められ、ビジネス化の目処がたち注目を集めている。
そのレポートが、冒頭の日経記事である。
その事業に着目し、同社に持ちかけ、共同経営者(CoCEO)として実現した人物が大手総合商社から転身した経歴を持つ十河哲朗氏(38歳)。
(同氏がここまでに至った経緯と略歴、および同社共同経営者陣については、先述の日経記事および同社HP https://rd-j.com で確認頂きたい。)
そこで同社HPでの陸上養殖サーモンでのアピールを紹介。
陸上で育てられた千葉県産生サーモン「おかそだち」
おやっと思ったのは、埼玉県産ではなくて、千葉県産サーモンとされていること。
その理由は、現在稼働しているのは実証実験プラントで、孵化から6ヶ月目までは、さいたま市にある「埼玉プラント」で生育し、6ヶ月目から出荷までは、千葉県木更津市の木更津プラントで生育するため。
2019年に初出荷されたサーモントラウト(大型ニジマス)の現在の年間出荷量は30トン。
今年中に操業を予定の商業プラントでの年間予定出荷量は3,500トン。
(なお、木更津プラントには、十河氏在籍時に三井物産が出資し、同氏が出向し、その後退職し現在のポジションに)
海に依存しない陸上養殖で、未来の魚食文化を創造する
これが同社が掲げるスローガンだが、もう一つ、「閉鎖循環式陸上養殖が実現する持続可能な食の未来」というタイトルで、その特徴を説明している。
2種類の陸上養殖とサーモン養殖の特徴
1)河川水や海水を継続的に引き込む「かけ流し式」
2)ろ過システムで水を浄化しながら使う「閉鎖循環式」
と2種類ある陸上養殖のうち後者を採用する同社の技術は、水道水から作った人工海水を併用し、1日あたりの水の交換割合が低く済み、自然への負荷が少ないのが特徴。
同HPでは、・地球に優しい ・海水冷却コストが不要 ・「いつでもどこでも」養殖ができる ・海水からの魚病侵入リスクがない とその特徴をアピールしている。
2017年12月のプラント開始から5年で、23世代のサーモンを生育させたというから、海面での成長速度よりも早く、生産性も高いわけである。

※ FRDジャパン社HP https://rd-j.com 掲載の画像を加工し転載
陸上養殖事業拡大と魚介類サプライチェーン拡大、魚類食料自給率向上への貢献期待
陸上養殖サーモン事業化の成功モデルを追って、国内各地からはもとより、サーモン人気の高い国、海のない国からの引き合いも増えているという。
また、同社では「水温・光等、魚の生育環境を陸上に再現することで、新たな魚種の養殖の可能性にも挑戦できる」と、次のステップへの構想も視野にいれるという。
「日本の地産地消に役割を果たしつつ、いずれは世界のなかでも存在意義を発揮したい」という想いは、生活と経済の安心安全安定の確保=安保のための、食料やエネルギーを始めとする必需資源の自国自給自足体制、サプライチェーン確立をめざす目的・意義と共通のものである。
加えて、「閉鎖循環式陸上養殖で、獲れたて・新鮮・安心安全な魚を、世界中のあらゆる場所で生産できる未来を創っていきます。」と。
この思想は、当記事では飛躍が過ぎるが、日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンションを、自国自給自足社会経済システムの構築とセットで実現することを目的としつつ、そのノウハウと経験を、他の諸国に移転・移管することも想定していることと共通のものであることも添えておきたい。

国内内面水養殖業の現状
また、農水省の上記2021年統計から、内面水養殖業(収獲量3万2,854t、前年比べ3,767t、13.0%増)の基本的なデータを簡単に以下に転載した。
1)うなぎ:2万673t、前年比3,867t(23.0%)増
2)にじます:4,161t、前年比303t(7.9%)増
3)あゆ:3,909t、同135t(3.3%)減
4)こい:2,064t、同183t(8.1%)減
恐らく上記のにじますの大半は小型のものでだろう。
従い、構想通り、「おかそだち」の年間出荷量3,500トンが実現すれば、年間輸入量25万トンに比べれば極めて僅かではあるが、ノルウェー産、チリ産サーモンの一部を代替し、日本の食文化と需要に対する供給資源として貢献すると思われる。
陸上養殖業の5年後、10年後の発展と貢献に大いに期待したい。


(参考)海面養殖業の現状(農水省2021年統計より)
1)魚類:収獲量25万6,181t、前年比4,261t(1.7%)増加
・ぶり類;同13万3,691t、同3,820t(2.8%)減
・まだい;同6万9,441t、同3,468t(5.3%)増
・ぎんざけ;同1万8,482t、同1,149t(6.6%)増
2)貝類:同32万3,746t、同1万5,296t(5.0%)増
・かき類;15万8,789t、同230t(0.1%)減
・ほたてがい;同16万4,511t、同1万5,450t(10.4%)増
(3) 海藻類:同33万5,796t、同6万2,520t(15.7%)減
・のり類(生重量);23万7,255t、同5万2,141t(18.0%)減
・わかめ類;4万3,924t、同9,885t(18.4%)減
・こんぶ類;3万1,691t、同1,387t(4.6%)増


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