「少子化社会対策大綱」批判-2:少子化社会対策基本法が無効施策の根源

社会政策

前回、今年5月下旬に閣議決定を見た「2020年少子化社会対策大綱」の形式性・形骸化を批判すべく
「2020年少子化社会対策大綱」批判-1:批判の後に向けて
を投稿した。

「批判の後に向けて」と加えたのは、当然、少子化対策に有効と思われる具体的な施策の提起をめざすことにあるからだ。

ただ、前回の批判だけでは、内閣=国がまったく責任など感じていないことを示すにはまだまだ不足していると感じている。
初めから総合的と言っているのだから、どうなっても、何が悪かったと特定はできないやり方なのだ。

この大綱について、以下の<大綱概要>表の右上に
少子化社会対策基本法 に基づく総合的かつ長期的な少子化に対処するための施策の方針」
とある。
もちろん、短期間で改善・解決できる問題ではないのだが、長期とはどのくらい長期なのか、目標期間や期限を設定していない。
社会経済に多大な影響を与える、喫緊の課題と言いながら、だ。

そこで、遡って、今回は、大綱の本元である「少子化社会対策基本法」を見てみたい。



「少子化社会対策基本法」とは


平成15年に制定された「少子化社会対策基本法」は、前文、第一章総則、第二章基本施策、第三章少子化社会対策会議 で構成される。

前文は、以下だが、その内容は、ほとんど第一章総則第一条目的に反映されている。

(前文)
我が国における急速な少子化の進展は、平均寿命の伸長による高齢者の増加とあいまって、我が国の人口構造にひずみを生じさせ、二十一世紀の国民生活に、深刻かつ多大な影響をもたらす。
我らは、紛れもなく、有史以来の未有の事態に直面している。
しかしながら、我らはともすれば高齢社会に対する対応にのみ目を奪われ、少子化という、社会の根幹を揺るがしかねない事態に対する国民の意識や社会の対応は、著しく遅れている。
少子化は、社会における様々なシステムや人々の価値観と深くかかわっており、この事態を克服するためには、長期的な展望に立った不断の努力の積重ねが不可欠で、極めて長い時間を要する
急速な少子化という現実を前にして、我らに残された時間は、極めて少ない。
もとより、結婚や出産は個人の決定に基づくものではあるが、こうした事態に直面して、家庭や子育てに夢を持ち、かつ、次代の社会を担う子どもを安心して生み、育てることができる環境を整備し、子どもがひとしく心身ともに健やかに育ち、子どもを生み、育てる者が真に誇りと喜びを感じることのできる社会を実現し、少子化の進展に歯止めをかけることが、今、我らに、強く求められている。
生命を尊び、豊かで安心して暮らすことのできる社会の実現に向け、新たな一歩を踏み出すことは、我らに課せられている喫緊の課題 である。
ここに、少子化社会において講ぜられる施策の基本理念を明らかにし、少子化に的確に対処するための施策を総合的に推進するため、この法律を制定する。


気になる用語がある。
「我ら」だ。
我らという表現も時代がかっており、だれを指すのかわからない。
多分、「国民」すべてが、第一人称で「自分たち、わたしたち」として考え、行動すべきと暗に命じているのだろうと思う。

本来は、「国」、または「政府」とすべきなのだが、もう初めから当事者であることを回避するかの感覚であることが読み取れる。

子どもを生み、育てるものが真に誇りと喜びを感じる」ともある。
果たして「誇り」を持たなければいけないものか。
「子どもを生んで、育てることは普通なこと」でいいのではないかと思う。
もちろん喜びはあるが、苦しいこと、悩むこともあるのだから、理想ばかり表現し、プレッシャーを掛ける必要はないだろう。

しかし、そのプレッシャーは、第一章に出現しているのだ。
第一章総則を以下に転載した。


<第一章総則>で読む「少子化社会」問題の認識:基本理念で保護者責任を打ち出す無責任さ

第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、我が国において急速に少子化が進展しており、その状況が二十一世紀の国民生活に深刻かつ多大な影響を及ぼすものであることにかんがみ、このような事態に対し、長期的な視点に立って的確に対処するため、少子化社会において講ぜられる施策の基本理念を明らかにするとともに、国及び地方公共団体の責務、少子化に対処するために講ずべき施策の基本となる事項その他の事項を定めることにより、少子化に対処するための施策を総合的に推進し、もって国民が豊かで安心して暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする。

(施策の基本理念)
第二条 少子化に対処するための施策は、父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するとの認識の下に、国民の意識の変化、生活様式の多様化等に十分留意しつつ、男女共同参画社会の形成とあいまって、家庭や子育てに夢を持ち、かつ、次代の社会を担う子どもを安心して生み、育てることができる環境を整備することを旨として講ぜられなければならない。
2 少子化に対処するための施策は、人口構造の変化、財政の状況、経済の成長、社会の高度化その他の状況に十分配意し、長期的な展望に立って講ぜられなければならない。
3 少子化に対処するための施策を講ずるに当たっては、子どもの安全な生活が確保されるとともに、子どもがひとしく心身ともに健やかに育つことができるよう配慮しなければならない。
4 社会、経済、教育、文化その他あらゆる分野における施策は、少子化の状況に配慮して、講ぜられなければならない。

(国の責務)
第三条 は、前条の施策の基本理念(次条において「基本理念」という。)にのっとり、少子化に対処するための施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する
(地方公共団体の責務)
第四条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、少子化に対処するための施策に関し、国と協力しつつ、当該地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。
(事業主の責務)
第五条 事業主は、子どもを生み、育てる者が充実した職業生活を営みつつ豊かな家庭生活を享受することができるよう、国又は地方公共団体が実施する少子化に対処するための施策に協力するとともに、必要な雇用環境の整備に努めるものとする。
(国民の責務)
第六条 国民は、家庭や子育てに夢を持ち、かつ、安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現に資するよう努めるものとする。

第七条(施策の大綱)、第八条(法制上の措置等)、第九条(年次報告)
は省略する。


第二条に、「父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するとの認識 の下」とある。
保護者が子育ての責任があるのは、取り立てて強調する必要はあるまい。
それを困難にするさまざまな社会経済的要因があって、少子化を招いていることを国は認識しているのだ。
だから、そういう社会経済状態を招いていることが国・政治に責任があると認識し、国も当事者として この問題に取り組むという意思表示をするのが、本来のこの法律の目的だろう。

一応、国が「施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。」としているが、具体的にその対策に取り組む責務は、地方自治体と雇用を行っている企業に押しつけていることも読み取れる。


核心を外した、少子化社会対策:<第二章基本的施策>は、ワークフェア主義


その問題の施策。
<第二章基本的施策>で確認しよう。

第二章 基本的施策
(雇用環境の整備)
第十条 国及び地方公共団体は、子どもを生み、育てる者が充実した職業生活を営みつつ豊かな家庭生活を享受することができるよう、育児休業制度等子どもを生み、育てる者の雇用の継続を図るための制度の充実、労働時間の短縮の促進、再就職の促進、情報通信ネットワークを利用した就労形態の多様化等による多様な就労の機会の確保その他必要な雇用環境の整備のための施策を講ずるものとする。
2 国及び地方公共団体は、前項の施策を講ずるに当たっては、子どもを養育する者がその有する能力を有効に発揮することの妨げとなっている雇用慣行の是正が図られるよう配慮するものとする。

(保育サービス等の充実)
第十一条 国及び地方公共団体は、子どもを養育する者の多様な需要に対応した良質な保育サービス等が提供されるよう、病児保育、低年齢児保育、休日保育、夜間保育、延長保育及び一時保育の充実、放課後児童健全育成事業等の拡充その他の保育等に係る体制の整備並びに保育サービスに係る情報の提供の促進に必要な施策を講ずるとともに、保育所、幼稚園その他の保育サービスを提供する施設の活用による子育てに関する情報の提供及び相談の実施その他の子育て支援が図られるよう必要な施策を講ずるものとする。
2 国及び地方公共団体は、保育において幼稚園の果たしている役割に配慮し、その充実を図るとともに、前項の保育等に係る体制の整備に必要な施策を講ずるに当たっては、幼稚園と保育所との連携の強化及びこれらに係る施設の総合化に配慮するものとする。

(地域社会における子育て支援体制の整備)
第十二条 国及び地方公共団体は、地域において子どもを生み、育てる者を支援する拠点の整備を図るとともに、安心して子どもを生み、育てることができる地域社会の形成に係る活動を行う民間団体の支援、地域における子どもと他の世代との交流の促進等について必要な施策を講ずることにより、子どもを生み、育てる者を支援する地域社会の形成のための環境の整備を行うものとする。

(母子保健医療体制の充実等)
第十三条 国及び地方公共団体は、妊産婦及び乳幼児に対する健康診査、保健指導等の母子保健サービスの提供に係る体制の整備、妊産婦及び乳幼児に対し良質かつ適切な医療(助産を含む。)が提供される体制の整備等安心して子どもを生み、育てることができる母子保健医療体制の充実のために必要な施策を講ずるものとする。
2 国及び地方公共団体は、不妊治療を望む者に対し良質かつ適切な保健医療サービスが提供されるよう、不妊治療に係る情報の提供、不妊相談、不妊治療に係る研究に対する助成等必要な施策を講ずるものとする。

(ゆとりのある教育の推進等)
第十四条 国及び地方公共団体は、子どもを生み、育てる者の教育に関する心理的な負担を軽減するため、教育の内容及び方法の改善及び充実、入学者の選抜方法の改善等によりゆとりのある学校教育の実現が図られるよう必要な施策を講ずるとともに、子どもの文化体験、スポーツ体験、社会体験その他の体験を豊かにするための多様な機会の提供、家庭教育に関する学習機会及び情報の提供、家庭教育に関する相談体制の整備等子どもが豊かな人間性をはぐくむことができる社会環境を整備するために必要な施策を講ずるものとする。

(生活環境の整備)
第十五条 国及び地方公共団体は、子どもの養育及び成長に適した良質な住宅の供給並びに安心して子どもを遊ばせることができる広場その他の場所の整備を促進するとともに、子どもが犯罪、交通事故その他の危害から守られ、子どもを生み、育てる者が豊かで安心して生活することができる地域環境を整備するためのまちづくりその他の必要な施策を講ずるものとする。

(経済的負担の軽減)
第十六条 国及び地方公共団体は、子どもを生み、育てる者の経済的負担の軽減を図るため、児童手当、奨学事業及び子どもの医療に係る措置、税制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとする。

(教育及び啓発)
第十七条 国及び地方公共団体は、生命の尊厳並びに子育てにおいて家庭が果たす役割及び家庭生活における男女の協力の重要性について国民の認識を深めるよう必要な教育及び啓発を行うものとする。
2 国及び地方公共団体は、安心して子どもを生み、育てることができる社会の形成について国民の関心と理解を深めるよう必要な教育及び啓発を行うものとする。

(雇用環境の整備)、(保育サービス等の充実)、(地域社会における子育て支援体制の整備)、(母子保健医療体制の充実等)、(ゆとりのある教育の推進等)、(生活環境の整備)、(経済的負担の軽減)、(教育及び啓発)。

以上が、少子化社会対策としての基本的施策項目である。

どうだろうか。

初めに「多様な就労の機会の確保」、「雇用環境の整備」と来ている。
その他の施策も、保護者は、雇用され働くことを前提として散りばめられている感じがする。
福祉「ウェルフェア」が第一義ではなく、働くことで経済的な安心を獲得し、子育ての負担を少しでも軽減するという、「ワークフェア」主義に軸を置いているのだ。

これだけやるんだから、後は保護者一人ひとりの意識だよ。
そのためにそれらの施策について、国と自治体が教育と啓発活動をするよ。
だから後は、保護者の責任だよ。

そう受け止めるのは、穿った、僻んだ考え方だろうか。
確かに、児童手当や幼保無償化などがある。
だが、夫婦共働き社会を前提とした施策で固め、多くは雇用する企業の努力・協力に責任を負わせ、結局は国民の責任、というわけだ。

問題は、仕事と子育ての両立が、保護者の責任とされ、その負担が軽減される方向に向かずに、心身いずれにも厳しさが増し、現在にも将来にも希望が持てなくなっていることなのだ。

「経済的な不安」が、非婚・未婚、出産・子育て不安の最大の要因


冒頭紹介した前回の投稿の中で、私はこう提起した。

結婚すること、子どもを産み育てることに社会的・経済的な不安を多くの人が感じている。
しかし、ここで「社会的」というとまた抽象に戻ってしまいそうだ。
だから「経済的な不安」に絞ろうと思う。
これが真因に近いのではないか。


多様な就労形態に対応するといっても、保護者自身が多様な選択肢を持ち、どれでも望むものを選べるわけではない。
また、雇用環境の整備と言っても、環境とは何を意味するのか、どこまでの範囲を言うのか、抽象的で漠然としている。

両方を統合して必要なのは、多様な対応でも、環境整備でもない。
一人ひとりが希望する雇用条件・雇用形態に応じることができる社会経済システムがあるかどうかだ。

経済的な不安も一律ではない。
個々人により、その内容・条件、理由・背景が異なる。
その多様性には、応えなければいけないのだ。


少子化の間接的要因対策が生きる根本的・絶対的施策とは

対策大綱が提示する、総合的ではあるが個別施策は無意味か。
決してそんなことはない。

だが、そのいずれかが、少子化に歯止めをかけうるものではないだろう。
何か、決定的な施策が導入されたならば、そうした個々の施策が、結婚や出産・子育ての希望の実現を後押しすることになる。

まあ、そのくらいの意味・意義をなんとか見いだせるのが、少子化社会対策および大綱である。

その決め手となる少子化対策施策はなにか。
もうご推察のことと思うが、次回の課題としたい。


これが仕事なら金返せの、<第三章少子化社会対策会議>


なお、事のついでに、一応「少子化社会対策基本法」の第三章少子化社会対策会議を添付しておこう。
一目瞭然で、首相が会長で、大臣と関係官僚で、官僚が取りまとめた大綱をざっと読み、「異議なし・承認、しっかりやってください」で終わる形を、繰り返すだけなのだ。
これで、喫緊の課題、未曾有の事態に、「少子化に対処するための施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する」ことで取り組んでいるとは思えないのだ。

第三章 少子化社会対策会議
(設置及び所掌事務)
第十八条 内閣府に、特別の機関として、少子化社会対策会議(以下「会議」という。)を置く。
2 会議は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 第七条の大綱の案を作成すること。
二 少子化社会において講ぜられる施策について必要な関係行政機関相互の調整をすること。
三 前二号に掲げるもののほか、少子化社会において講ぜられる施策に関する重要事項について審議し、及び少子化に対処するための施策の実施を推進すること。
(組織等)
第十九条 会議は、会長及び委員をもって組織する。
2 会長は、内閣総理大臣をもって充てる。
3 委員は、内閣官房長官、関係行政機関の長及び内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第九条第一項に規定する特命担当大臣のうちから、内閣総理大臣が任命する。
4 会議に、幹事を置く。
5 幹事は、関係行政機関の職員のうちから、内閣総理大臣が任命する。
6 幹事は、会議の所掌事務について、会長及び委員を助ける。
7 前各項に定めるもののほか、会議の組織及び運営に関し必要な事項は、政令で定める。
附 則 抄
(施行期日)1 この法律は、公布の日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

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