1. HOME
  2. NOTES
  3. Notebook
  4. 「任命責任」の解釈の違いと喜劇模様:次世代に伝えては、教えてはいけないNGワード(4)
Notebook

「任命責任」の解釈の違いと喜劇模様:次世代に伝えては、教えてはいけないNGワード(4)

Notebook, NOTES

76

「次世代に伝えては、教えてはいけないNGワード」。
「真摯」に「遺憾」に存じます、の2語の次に取り上げたのが「説明責任」。

紳士は「真摯」という言葉を軽々しく使ってはいけない:次世代に伝えては、教えてはいけないNGワード(1)
お詫びの言葉ではなかった「遺憾」の真意は?:次世代に伝えては、教えてはいけないNGワード(2)
求める「説明責任」、意味不明?:次世代に伝えては、教えてはいけないNGワード(3)

そして前例にならって、「説明責任」とセットで用いられることが多い「任命責任」が今回のNGワード。


「任命責任」を問う側の意識と責任

納得できる説明責任を果たさなかった場合、あるいは、不徳も適格性の欠如も誤魔化しきれず、自分の意に反してやめざるを得なくなったとき、その上司は、「任命責任」を果たすよう求められる。
ここが好機と、これこそが自分たちの使命と「任命責任」を問う。

ここで求める任命責任は、ほとんど、任命した当事者が「辞める」ことを意味する。
しかし、それもある意味では短絡過ぎる。
一般的に部下の失敗・不祥事は、一部上司の責任も問われるが、辞めることだけがその方法ではないはずだ。

政治の世界でも、野党は、何かにつけて「説明責任」「任命責任」と騒ぎまくるが、もうそういう子どもみたいなやり方はやめるべきだ。
辞めることが唯一の手段だとすると、政治・行政が進まない、機能しない。

多くの「辞任」は、自分には非がないのに、いやいや、泣く泣く、やめざるを得なくなったと未練たらたら。
本当は、懲戒解雇とか、資格停止とか、などの処分を課すべき事案なのだ。
仮に、多少情状酌量の余地がある場合には、戒告とか減給○カ月分とかの処分もある。
民間企業は、一応そうしている。

大臣が自己責任で辞任したら、就任時の官僚からのお勉強時間や執務室その他の必要経費、任期途中での政治・行政の停滞など諸々にかかった馬鹿にならないコストなど「賠償責任」を果たすよう求めてもいいはずだ。

しかし、そうした記録は何も残らず、大臣経験を要し、叙勲の要素になったりもする。
もちろん、上司が所轄大臣である官僚も、最近では、この政治家の厚顔無恥、というより、厚顔無茶振りを堂々と真似るようになってしまっている。
実務担当の誠実な公務員が、自死せざるをえない自体になっても。

後世・次世代に恥ずかしい行い、あってはいけない行いを許しているのだ。
そうした真似てはいけない大人の社会が、ずーっと続いている。
一層ひどくなってきている。
当人はもちろんのこと、野党もマスコミも責任があるのだ。
そして私たち国民にも。


「任命責任」問われる側の意識・無意識

当然、責める方・攻める方の策のなさ、短絡的行動、そして意識の低さ・知恵のなさゆえ、任命責任を問われる方は、どんどん、図々しくなる。
無視して、知らぬ顔してやり過ごせば、時間が風化させるとタカを括っている。

相手も、国民も、そのうち疲れる、飽きが来る、そして忘れる。
別の話題や格好のネタに、話を逸らす。
それ以外の重要事項・事件・災害などが起これば、これ幸い。
先に問われた「責任」のことなど構っておれないような雰囲気・状況にしてしまうなにかが起きれば、願ってもないこと。
それが、逆に人気を復活させるチャンス、支持率を高めるチャンスにさえなる。

昔は、(などと言うのは自分でも嫌だが)人徳を欠くようなことを起こせば、さっと身を引いたり、潔く辞めたりしたもんだ。
それなりに、政治家や官僚には気骨や良心・良識があった。
しかし、戦後世代の政治家の多くは、それらを失った、というか、その神経を麻痺させて現役世代を形成してきた。
その中のかなりの比重を占める、二世・三世政治家を初めとする一群の政治家や官僚は、不思議にガチガチの保守を自認している。
守るべきものを間違えて育ってきたのだ。

「責任」とは取るもの、担うものではなく、権利・権力・権限とは別の物。
そこには、責任意識も、良識も不要。
「責任」は、形式用語。
一応、責任があるフリをし、責任を感じるという姿勢を、真摯に示せば、やり過ごせる。

時間は、この今を、過去に流していってくれる。
人は忘れやすいもの。
過去にとらわれるより、前を向いていくことが大事・・・。

などと、ポエムのような情緒・情感を持つような人は、決して政治家にはならないんだろうな。
ドライ、無神経・・・、形容はいろいろできる。
しかし、せめて官僚はそうあってほしくないのだが、望むべくもないか・・・。


大臣「辞任」の大半の理由は、大臣適格性を欠く人物の任用

話を戻して。
元を辿れば、国会議員としての適格性を欠いていた。
選ぶ方、任用する権限を持つ者は、それなりの覚悟と責任感をもつのが当然である。
そして、その「責任」とは、正しく権限を行使することができなかったとき、果たすべき役割・責任をまっとうすることができなかったときに、自らその非を認め、潔く、身を処することを意味する。

登用・任用に当たって、よく用いられる政界用語の一つ、「身体検査」をしっかりやったかどうか。
マスコミから過去いろいろ言われていたり、就任すればきっと問題が起きると危惧されていた議員を、平気で任用・登用する。
国民をバカにした行為なのだが、それを繰り返しても、まったく反省することがない。
「遺憾のこと」と思い、批判は「真摯に受け止め」ても、任命責任など、どういうことか考えることも、心底責任を感じることもありはしない。

このあたりの事情等から、「劣化する国会議員・国会・議院内閣制」と題して<政治システム改革>の必要性を、以下で提起したので、ご参考まで。

劣化する国会議員・国会・議院内閣制:絶対不可欠の政治システム改革-1【2030年の社会システム改革シリーズ1】

権利・権限を付与された者は、「一事が万事」と心得、厳しく自分を律することができる者でなければならない。
「大事のためには、小事は許される、無視してもよい」などという独裁に通じる風潮は、いずれ大きなツケ、厄災・損失をもたらすことになる。

そういうエセ為政者、為政者予備軍を、私たちは選んではいけないのだ。


言葉の意味を正しく理解し、正しく用いる政治と社会を


真摯に、遺憾に受け止めても、説明責任も、任命責任も、儀礼的、言葉の遊び的に用いられ、時間とコストを費消していく現代。

『現代用語の基礎知識2020』とか「流行語大賞」で新しく加えられつつ、また消えてもいく言葉、用語。
次世代まで語り継がれ、その意味・意図を正しく伝え、用いられる言葉、印象深い用語が、どの程度あるだろうか。

新しく加わっていく用語が、社会と暮らしを生き生きとさせるモノであるようにと願うが、正しく意味と内容が理解されず、失われてさえいく言葉も。


望ましい社会システム改革に取り組むためには、そこで用いられる言葉・用語が正しく理解され、認識され、用いられ、機能する必要がある。

旧きを大切に思う者も、新しきを創造することを願う者も、一つ一つの言葉の意味・意義を正しく、共通認識のもと用いることを心したい。
先行する世代、現役世代、後世の世代を通じて。

次のNGワードは???

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


写真素材素材【写真AC】
2022年6月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  
無料イラスト素材【イラストAC】

おすすめ記事






















ピックアップ記事