
20年以上経過で制度疲労化した介護保険制度。根源は制度設計の甘さ:<日経経済教室>社会保障改革小論から-3
20年、30年後の社会を生きるすべての世代へ
ほぼ2ヶ月前の日経<経済教室>で3回にわたって「あるべき社会保障改革」というテーマで、3人の専門家による小論が掲載された。
先日当サイトで、今年12月同欄掲載の「財政政策と国債増発の行方」というテーマでの3つの小論を題材として以下の記事を投稿。
<第1回>:新味に欠く、繰り返されるケインズ学派の退屈な一般論:日経<経済教室>「財政政策と国債増発の行方」から-1(2023/2/9)
<第2回>:防衛費財源問題の日本近現代史からの考察を活かすことができるか:日経<経済教室>「財政政策と国債増発の行方」から-2(2023/2/10)
<第3回>:シミュレーションと過去データ分析で的確な財政健全化政策を提案できるか:日経<経済教室>「財政政策と国債増発の行方」から-3(2023/2/11)
少子高齢化がもたらし、かつ国の財政赤字と国債増発の要因の一つとされる社会保障制度関連歳出の増加。
今回テーマとする「あるべき社会保障改革」小論も、根ざすところ、その課題と同視点・共通の課題とその対策を論じることになると想像することができる。
<第1回>:支え手としての高齢就業者増加で社会保障改革は可能か?:<日経経済教室>社会保障改革小論から-1(2023/2/13)
<第2回>:改革不能の老齢基礎年金小手先対策の限界と問題点:<日経経済教室>社会保障改革小論から-2(2023/2/14)
と2回まで進み、第3回目、シリーズの最後は、結城康博淑徳大学教授による「介護、負担増の前に効率化を」というテーマの小論を取り上げる。
(参考)
⇒ (経済教室)あるべき社会保障改革(下) 介護、負担増の前に効率化を 結城康博・淑徳大学教授 :日本経済新聞 (nikkei.com)
結城氏ご自身も介護の現場の経験をお持ちで、同氏著の新書何冊か過去読んだことがあり、日本の介護制度に関する有識者の代表的な存在と評価している。
同氏による小論、どんな着眼で、どう介護制度の改革を提言するだろうか。

結城康博淑徳大教授小論「介護、負担増の前に効率化を」から考える
増加一方の要介護認定者、他方従事者も必要数も不足数も増加一途の介護職員数
冒頭は、この実情を示すことから始まっている。
・2000年の介護保険制度創設後20年以上の22年度の介護保険費用は発足当初の約3.7倍。
・同年3月末要介護認定者数は約690万人で更なる増加は確実
・85歳以上の要介護認定率は6割近く。2035年には全団塊世代が85歳超に
・2019年度介護職員数約211万人、2025年度243万人、2040年度280万人必要
2024年介護保険制度見直しでは、負担増よりも「適正化」議論優先を
社会保障審議会・介護保険部会では、24年の介護保険制度見直しに向けた議論が進んだ。
介護保険財源を調達するためにも、高齢者に新たな負担を求めていくことは避けられない。
しかし筆者は、負担を求めるという議論よりも、まずは「適正化」を巡る議論を優先すべきだと考える。
単純に要介護1~2などの軽度者のサービス給付費を抑制するという趣旨ではなく、必要なサービスは維持するが無駄な給付費は削減するという意味だ。
介護保険制度の歴史的経緯を振り返ると、これまでは形式的な「適正化」ばかりで、本質的な議論がなされないまま介護費用を増大させてきたのではないか。
旧来、介護サービスは福祉制度により自治体や社会福祉法人などを中心に提供されてきた。
だが超高齢化社会を控えて急ぎ対応策を講じるべく採用・構築したのが、介護保険制度だったわけだ。
その事情を以下のように筆者は概括評価する。
社会保険制度を媒介とした競争原理で顕在化・拡大化した利潤追求事業参入と課題
介護保険制度創設により、競争原理に基づき株式会社やNPO法人にも門戸が広げられ、多様な担い手が介護業界にも参入できるように。
規制緩和により供給量を増やす必要があり、サービスの質を高める意味でも社会保険制度を媒介とした競争原理の導入は、旧制度の問題を是正し評価できる。
しかし制度創設から20年余りが経過すればデメリットも生じ、競争原理の負の部分でもある利潤追求型の事業参入を許すこととなり、介護保険費用は膨らむばかり、と指摘する。
保険サービス給付への対価が法律で保証されているので、高齢者は増える一方という見通しもあり、簡単に儲かると踏んだ事業所が、異業種からの新規参入を含め、短期間で、そして継続して増えてきた。
制度導入以降の介護保険財政の圧迫もあり、介護報酬が順調に触れるどころか、抑制する法改定もあり、目算違いを経験した事業所が多くあったはずだ。
倒産やM&Aは以前から増加傾向にあったのだが、新型コロナパンデミックを機に、一時期は事業支援策により維持はできたのだが、中小・零細事業所の経営困難度が改善するはずもなく、増え続けている。
(参考)
⇒ 2022年介護事業者倒産件数、過去最多143件:東京商工リサーチ調査(2023/1/13)
こうした状況は、業種は異なるが、再生可能エネルギーの一気な広がり期待とともに喧伝した電力自由化及び太陽光発電の高い買取価格設定が、次第に引き下げられ、未成熟な新電力事業者が退出せざるをえなくなったことと共通点がある。
要するに、厳しい将来を見据えることなく甘い餌で釣る政策を採った、悪政・失政だったと考えている。

介護事業が持つ準市場性に着目すべき
以上の要素から、競争原理の効果およびデメリットを検証しながら制度改正を進めるべきであり、適正化の検証や対処をしないまま、高齢者に新たな負担を求めるわけにはいかないと。
ただここで、結城氏は、非常に重要な、以下の指摘を加える。
・競争原理が機能する「市場」を考える場合、一般的な市場と準市場を分けて考えねばならない。
・一般的市場は、消費者が理不尽な損害を受けない範囲で契約に基づき財が提供され、供給側が競争原理により需要を掘り起こすことは問題ない。
・一方介護保険制度は社会保険制度を媒介にした準市場によりサービスが提供され、財源は公費(税金)や保険料などの公的資金が約9割を占める。
・従い、過度なサービス利用は認められず、最適水準の範囲でのみ利潤を追求すべきだ。
このような誠実で公正な認識を持つ民間事業者は(一部の社会福祉法人も含め)、意外に少ないのではと、失礼ながら思っている。
というか、制度設計自体が、性善説過ぎて甘かったというべきなのかもしれない。
過剰なサービス利用の働きかけと低自己負担による受け入れ
一般的に認識されている市場では規制緩和や民間資本への期待といった論点が重視されがちだが、準市場である介護保険制度では慎重に考えねばならない。
現行の介護保険制度では保険者である市町村が3年間の介護保険事業計画を策定し、需給バランスを調整する仕組みとなっている。
しかし介護保険市場に参入できる介護事業者(プレーヤー)は、特別養護老人ホームや地域密着型サービスなど一部を除き、届け出制もしくは申請制というように障壁が低い。
そこでは利潤を得るために要介護・要支援者に過度なサービス利用を働きかけるケースがみられ、需要側も利用を促されれば自己負担が原則1割なので応じやすい。
(利用者サイドがよく制度を理解していない側面も見逃せないと私は思っている。)
そして制度導入時からみられた問題だが、介護サービスを提供する法人に属するケアマネジャーが、所属法人のサービス利用を促すといった囲い込み問題が是正されず、むしろ一層強くなっている面があるのだ。
これも制度設計者の見通しの甘さに因るものだろう。
高齢者の行動特性・思考特性が引き起こす、受益認識の低さと利用当たり前認識
もう一つ肝心なことに、利用者サイドに対する理解・認識の甘さもあると私は思っている。
普段、調剤薬局で頻繁に目にする、高齢者が手に持つ薬の多さ。
本当に全部服用するのだろうか、フードロスならぬ薬ロスは膨大なものになるのでは・・・。
介護サービスも、そういう性質をもつ現物給付サービスの一種であり、自己負担率の低さが、シンプルにサービス利用を助長する。
デイサービスは、車の送迎付きで提供されるのだから、家族も本人も、歓迎すべき制度だろう。
制度立ち上げ時からその経験をすれば、次第にそうしたサービスが適用される基準の厳格化や自己負担の増額が降りかかれば、迷惑も甚だしい。
利用者が悪いとするよりも、そうなることを見通した上で、開始時の制度を設計しなかった方が悪いというべきだろう。

介護人材不足が招く異常な介護人材紹介市場ビジネスとモラルの崩壊、規制緩和という潜在的要因
介護サービスの需給調整問題は、介護人材の有効活用の面でも課題だ。
介護市場への参入障壁が低ければ無駄な介護人材の活用を招く。
つまり利潤を求めて多くの介護事業所が届け出制もしく申請制により安易に事業を展開すれば、法令順守のために一定の介護人材を確保せねばならない。そうなると各事業所で人材を奪い合うことになる。
介護人材を採用できない事業者は介護人材紹介業を活用して人材を確保する。
厚労省資料によれば、採用1件あたりの紹介事業者に支払う手数料額は平均約50万円にのぼる。
この費用の一部は介護報酬を基本とした財源から賄われており法令的には問題ないが、介護報酬が介護人材紹介業に流れている構図といえる。
介護人材紹介業の役割や機能は社会的に認められてよいが、深刻な介護人材不足をビジネスチャンスととらえる紹介業の事業展開が目立つ。
過度に介護報酬の資金が流れないようにするため、手数料などの上限額規制も考えていくべきだ。
この実態と同質のものとして、看護師人材紹介ビジネスという前例が先行して肥大化・非常識化していることは広く知られている。
以上の指摘・主張だが、規制緩和した結果での介護事業への進出と認可の壁の低さに対して、人材紹介事業における規制化。
この人材紹介事業も非正規雇用化を加速させた人材派遣事業も、雇用・人材の流動化というスローガンのもとでの規制緩和政策の象徴的な例だ。
こうした規制緩和には、必ずどこかへの利益誘導を図る意図・目的が組み込まれていることを認識しておく必要がある。
規制緩和は、だれのためのものかを常に突き詰めて確認し、中長期的な見通し作業も必ず行っておく必要がある。
介護事業への給付金のムダ
加えて「介護施設に関する施策でも給付費の無駄使いがみられる」と。
原則として公共性の高い特養でも、新規に創設する場合にはユニット型個室しか認められず、費用が安価な人気のある相部屋は例外を除き増えることはない。
全国的にユニット型個室の利用料は高く待機待ちもある一方、空床が見られる地域もあるが、相部屋の待機者は多い。
厚労省によるとプライバシー重視のためということらしいが、入院病棟の相部屋と重度の要介護者のための相部屋は同じものと考えてよいはずだろう。
この施設に関しての給付費の無駄使いとは、給付を行っている施設建築では、相部屋のない個室施設建設だけが行われていることを指摘していると思われるが、インパクトは弱く、あまり説得力はない。
介護職賃金底上げのための補助金の不適切な処理とムダ
ムダといえば私が最も問題視しているのが、政府が介護職の低賃金の底上げを図るため、事業所にそのための補助金を交付してきたことについて。
その補助金の使い方が事業者サイドの判断に委ねられ、全額介護職者に行きわたっていない現実があることがこれまで多々問題になっているのだ。
最近もそうした問題に対処すべく、自治体などが監査を強化するとかいう記事が載ったが、それで過去の分まで遡って、改善されればよいが、到底期待できないだろう。
これも、制度設計・運用管理者である厚労省の甘さ以外のなにものでもない。
この問題の解決法について述べた記事が、当サイトにありますので、見て頂ければと思います。
(参考)
⇒ 介護士・保育士賃金に支給の交付金の委託費問題改善の決め手、給与明細への公務手当明記(2021/11/14)

生活保護受給の要介護者囲い込み貧困ビジネスの実態
もう一つ制度運用上の問題として指摘しているのが、生活保護を受給する要介護者について。
生活保護受給者は介護保険の1割自己負担が課せられないため、過剰な介護サービスが提供されやすい。
要介護3以上が条件の個室特養への入所は、費用的にも審査上も困難であり、要介護2以下の保護受給者も含め、貧困ビジネスともいわれる高齢者住宅などを活用する例が多い。
家賃設定を低く抑えて保護受給要介護者を積極的に受け入れ、系列介護保険事業所と提携して在宅系介護保険サービスを提供して囲い込む。
保護受給額を囲い込み搾り取るビジネスモデルが、法的には成り立ってしまっているわけだ。
介護事業を営んでいなくても、紹介することで手数料を受け取るビジネスも現実にある。
こうした生活保護制度と介護保険制度を組み合わせたビジネスモデルに対する規制を強化することも、介護保険給付費の適正化のための一つの課題というわけだ。
全体の中の一課題で、ボリュームとしての比重は高くはないが、社会福祉・社会保障の根幹の制度問題であり貧困問題なので、十分理解できるところだ。
事業経営者に効率性を求めることで問題は解決・改善されるか
介護サービスの適正化を進めると、事業経営者は業務の効率性が問われるのは、中長期的な制度の持続性を考えれば当然のことだ。
一定の利潤を考慮しつつも、介護保険財源は公費で賄われていることを再認識して事業展開すべきだ。そうした措置を講じたうえで、高齢者に新たな負担を求めていくというのが正しい議論の進め方だ、と結城氏。
介護保険制度及びその法律が、筆者指摘の諸問題を発生させたことは明らかだ。
海外諸国に自慢できる制度という評価もあるが、段々制度が悪くなっていくようでは、その評価は妥当でなく、恥ずべきものとなってしまう。
ならば、その制度の欠陥を抜本的に見直し、新たな制度にまさに改革し、超高齢化社会に臨むべきだろう。
公費で賄われていることを仮に再認識しても、行動が変わらなければ意味はない。
またその時に、制度欠陥をさておいて、事業者サイドに効率化や労働生産性向上を求めることそのものにもムリがある。
人対人のサービスで、どれほどの効率追求が実現できるか。
物理的に効率を求めるなら、筆者提起の、特養における相部屋を増設することは必須と考える。
私の提案を加えると、特養の公営化と収容人数の増加増設による介護サービス業務の効率向上がある。
訪問介護や通所介護需要の一部を、特養で吸収することで、個別家庭への訪問時間とコストを軽減でき、介護人材の確保も改善されるだろう。
いずれ高齢者数も減少に転じれば、コストをかけて建てた特養がムダになるという指摘があるが、単身高齢者や片親世帯のための公共住宅やシェアハウス等利用・転用方法はある。
業務効率を高めるべきという指摘についてだが、
種々のセンサーを装備して必要なときにのみ介護・介助サービスを行う、ハードな介助作業の一部をロボットなど補助機器を用いて労働の軽減化を図るといった効率化・合理化ももちろん有効とは思うが、だからといって介護スタッフ数を大幅に削減できるというものではない。
事務等間接業務をシステム化するのは当たり前のことで、特に介護保険制度に基づく各種記録・申請作業などは、元来国が標準・共通システムを開発して、事業者に提供すれば大きな効率化・合理化が実現できたことだ。
(同様の行政業務システム標準化改革のネタは、現状多々ある。)

介護制度、次なる四半世紀に向けての改革フェーズへ
結城氏の著書を含め、その言動・活動には敬意を持っている。
しかし、恐らくご本人も自覚していらっしゃるとは思うが、本小論で提起した内容で、求める改革が実現するとは決して思ってはいないだろう。
抜本的な改革には、介護保険制度の改革だけにとどまらず、在宅介護主義の方針の見直しや、連動しての介護離職をもなくすことを可能にする入所型施設介護主義への転換、財源政策再構築など、抜本的な方針転換が不可欠である。
それはまた社会保障制度・福祉制度全体の改革の一貫として位置付けられるべきでもある。
このとき、私が提案するのが、日本独自のベーシック・インカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金制度の導入を基軸とした改革である。
これまでもその視点・観点での提案・提起を行ってきているが、いずれにしても中長期、短期いずれの取り組みを並行して行う必要があり、そのための総合的かつ体系的、加えて現実的な考察・検討を積み重ねていく予定です。

以上、3回にわたって、日経<経済教室>の「あるべき社会保障改革」と題した小論を紹介し、思うところを述べてきました。
当初この取組みは、ベーシック・ペンション専門サイトhttp://basicpension.jp で行うつもりでしたが、このところ社会保障制度問題を、当 https://2050society.com で取り上げる機会が減っていたので、変更しました。
どうしてもベーシックインカム、どうしてもベーシック・ペンションとの関連度が深まってくるので、今回の内容は、同サイドに結びつけて、再度取り上げ、考察を続けることになります。
双方のWEBサイトを宜しくお願いします。

20年、30年後の社会を生きるすべての世代へ
この記事へのコメントはありません。