
ウクライナ侵攻影響による小麦等のグローバル社会における食料不足・食料安保問題を概括する
前回、ウクライナ侵攻を契機とした小麦価格の高騰を一つの背景として、米粉人気が高まっている状況を以下の記事で紹介した。
◆ 小麦価格高騰と食料自給問題、健康志向を背景に、米粉に人気(2023/4/10)
その中で触れた、小麦のグローバル社会での需給状況について、以下の2つの日経記事を参考に確認しておきたい。
・(The Economist)ウクライナ侵攻が招く食料危機 :日本経済新聞 (nikkei.com)(2022/3/22)
・(チャートは語る)アジア、膨らむ小麦リスク 10年で消費3割増 ロシア依存、安保に影 :日本経済新聞 (nikkei.com)(2022/11/13)
その目的は、次月から予定している日本の食料安保およびそのための食料自給と農政に関するシリーズの予備知識とするため。

食料安保、食料安全保障とは
安保・安全保障は、従来、国家の軍事・防衛における重要課題とされ論じられてきた。
しかし、新型コロナ禍による物流・人流の停止での経験を経て、ロシアによるウクライナ侵攻で、食料や原油など、人々の生活と産業経済活動の基本となる諸資源の円滑な確保が、困難を極める事態に陥った。
その他の希少資源の確保も含め、多面的に経済安全保障という概念に、こうした基礎資源の今後の確保が、すべての国々に不可欠な課題であることが確認されている。
ただ、こうした戦争・紛争以外に自然災害などがもたらす影響からも、特に食料安保問題は、平時における重要課題であることはいうまでもない。
グローバル社会においてその中の食料問題において最も重要な品目が小麦である。
以下、ウクライナ侵攻によって明らかになったグローバル社会における小麦事情、アジア社会における小麦、および日本における小麦の状況・位置付けについて確認していく。
なお、「物理的・経済的にすべての人がいつでも手に入れられる状況」(国連食糧農業機関)が、食料安保が確保されている状況とされている。
ウクライナ侵攻による世界的食料危機と食料安保問題概括
現在ロシアとウクライナ両国で、世界の小麦の年間販売量の29%を占める。
輸出は、ロシアが1位で約2割、ウクライナは5位で約1割。
ウクライナは世界的な穀倉地帯である。
2019年からの新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の混乱等で、世界の在庫は5年平均を31%下回ていたこともあり、小麦価格は、2022年2月中旬には2021年までの5年平均を49%上回っていた。
しかし、2月24日のロシアのウクライナ侵攻開始からウクライナの出荷が一時停止したこともあり、さらに30%上昇し、以降もそのリスクと不確実性がとどまることはない。
別の面から食料供給リスクを眺めてみる。
ロシアとウクライナ両国は、大麦・トウモロコシからヒマワリまで、人間や動物が費消する油糧種子類や穀物の輸出国トップ5に入り、かつ世界で取引されるカロリーの12%を輸出しているという。
ロシアは肥料の主原料の最大供給国だが、肥料を必要とする作物の収穫量や栄養価が低下し、その価格高騰は食品全般にも及ぶことに。
エネルギー価格の高騰もその要因に加わり、世界的なインフレ亢進は見てのとおりである。
食料不足とされる人口は8億人と過去10年で最多で、さらに増加する可能性が高い。
そして、世界の食料供給に及ぼすダメージは、小麦市場をはるかに超えて広がり、紛争そのものよりも長期化することが予想されている。

ウクライナ侵攻がもたらした4つの影響
ここで、ウクライナ侵攻がもたらす負の影響を整理する。
1)穀物輸送の混乱
ロシアの侵攻後、世界輸出の約1割を占めるウクライナ産小麦の出荷が不安定に。
いったん停止した黒海経由の輸出は7月に再開で両国が合意したが、10月29日にロシアが一方的に合意停止を発表し、その4日後には撤回されるなど翻弄され、1年を超える侵攻の長期化で先行きの見通しは立たない。
平時ならば、小麦や大麦は夏に収穫、秋に輸出、2月にはほとんどの出荷が終わる。
が現在世界的に在庫が少なく、かつ手に入らない状態で、中東・北アフリカ等黒海地域からの小麦の大口輸入国は供給確保に見通しが効かない。
世界の13%近くをウクライナが占めるトウモロコシの輸出は、例年春から初夏にかけて行われるが、輸送の玄関口である港は閉鎖もしくは破壊され、また攻撃目標ともなっている。
陸上輸送は厳しい遠回りの経由で非現実的。
代替供給源の確保をしようにも買い付けが困難なレベルに価格が高騰している。
2)今後の生産・収穫の減少または入手不能等の懸念
将来の収穫への懸念はさらに大きい。
ウクライナでは小麦や大麦の収穫高や作付面積が減少し、10月作付けの冬作は、肥料や農薬不足で生育の悪化・収量の低下も予想され、春作のトウモロコシやヒマワリなどの作付けは一部見送られている。
農作に必要なディーゼル燃料や、農薬・植物保護製品なども値上がりし、農業従事者の徴兵や戦闘への参加も影響を及ぼす。
一方ロシアでは、生産縮小ではなく輸出の封鎖が大きな懸念材料で、欧米金融機関の融資宣言や政府による制裁などが、必要な活動に制限がかけられている。
ウクライナは「手が届かない」のに対し、ロシアは「手が出せない」状況というわけだ。

3)世界全体で生起する生産減退、農業への懸念
最も警戒すべきは、紛争が世界の農業に与える影響であろう。
天然ガスやカリウムなど重要な肥料原料の一大供給地でもあるため。
ロシアの侵攻開始前から、エネルギー高や輸送費上昇に加え、世界のカリウムの18%生産のベラルーシに対する2021年の経済制裁等にもより、一部の肥料価格は2~3倍に上昇。
侵攻後、同生産の20%を占めるロシア産輸出が困難になれば、価格がさらに上昇。
世界のカリウムの約8割が国際取引されており、その影響はあらゆる国の農業に及び、結果、個々人の生計上の食費負担も相当増加し、食糧不足と飢餓不安を強いられる地域も増えることに。
特に、約8億人が黒海地域からの小麦に大きく依存する中東およびアフリカ、アジアの一部が受ける被害は大きいとされている。
4)拡大する保護主義
上記の影響を受けて、さらに予想されるのは、各国が保護主義に走ることが上げられる。
肥料輸出に対する各国の規制は2021年以降増加を続けており、ウクライナ侵攻で、ロシア、ウクライナとも小麦輸出を禁止。
その後アルゼンチン、ハンガリー、インドネシア、トルコ、そしてインドも、食品および小麦等穀物の輸出制限を発表している。
穀物などの食料にとどまらず、当然、原油やレアメタル等希少資源の輸出禁止も、グローバル社会において自国の社会経済を守るための常套手段として行われるのが常である。
グローバル社会の分断により、個々の国の単独での保守主義もあるが、民主主義国家グループと覇権主義国家グループ間の分断に基づく保守主義抗争の様相を呈している部分もある。
要するに複雑で、簡単に解決できるものではなく、問題の長期化は必然といえよう。
地政学的困難だけでなく、品種ごとの事情も理解しておくことが望ましいので、当記事中から一部紹介しておきたい。
・<小麦>:毎年1億6000万トンが動物飼料に。一部を人間の消費に回すと、他の主要食品の供給不足と値上がりが懸念される。
オーストラリア産冬小麦の豊作で同国は輸出拡大に取り組んだが、国内農場と港を結ぶサプライチェーンに支障をきたした。
・<トウモロコシ>:2022年に3500万トン不足。その対策として各国政府はバイオエタノール生産に用いる1億4800万トンの一部を流用・補填。そのため、バイオメタノール生産に支障が生じ、コスト増が玉突き的に起きうる。
10年で小麦消費3割増のアジアへの影響
先に、ウクライナ侵攻の長期化で最も影響を受けるのは、中東、アフリカに加えアジアの一部とした。
アジアのそうした事情の背景には、日本の過去と同様に、パンや麺類など食の多様化により、小麦消費量が、約10年で3割以上拡大し、主食のコメに近づいてきたことがある。
そして日本同様、小麦は、アジア域内で自給が難しく輸入依存度が高い。
アジア主要国の2021年の小麦消費量は約3億3700万トンで10年に比べて34%拡大。
ここから中国を除けば、消費量は1億8900万トンだが、35%の伸びでほぼ変わらない。
フィリピン、ベトナム共に2倍になった。
しかし、高温多湿な東南アジアでは小麦の生育は難しく、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシアがほぼ全量を輸入し、マレーシアは20%以上をウクライナから、バングラデシュは15%以上をロシアから輸入している。
ウクライナ侵攻で、各国は代替国として小麦生産国インドに期待したが、インドはその後先述の保護主義に戻り、自国供給を優先して輸出停止に至っている。
民主主義国家グループの思惑通りには、原油や天然ガスに限らず、小麦などの食料においてもその確保のために、ロシア包囲網とは一線を画す行動を取る国が存在する。
例えば、バングラデシュは、欧米に比べて割安なロシア産小麦の調達すべく、ロシアと約50万トンの輸入契約を締結し、既に受け入れを開始している。

日本の小麦事情概括
上記のアジア事情は、日本がむしろ先行して認識し、対策を講じているべき課題である。
しかし、例によって、課題先進・認識先進国ではあるが、課題解決・課題克服後進国を誇るに相応しく、食料安保、食料自給に関しては、ほとんど有効な政策が打たれてこなかった、打たれていない状況といってもよい。
小麦の一部の事情・状況は、冒頭にも挙げた、次の記事でも述べた。
◆ 小麦価格高騰と食料自給問題、健康志向を背景に、米粉に人気(2023/4/10)
また、6月にはシリーズ化する<食料安保・農業政策>論で、深く検討・考察をと考えているので、ここでは深入りしない。
小麦の9割近くを輸入に頼る日本。
政府は、もちろん、食品物価高騰への対処も含むが、食料安保強化を推し進め、海外依存度が高い穀物や肥料の国産化・自給化を進める方針を示している。
今に至って、遅きに失した感があるが、その取り組みは絶対不可欠のものである。
ここでは最後に、同シリーズで取り上げる複数の新書の筆者の一人である鈴木宣弘東京大学教授の、食料安保を巡る指摘を紹介しておきたい。
「国内での穀物の増産に向けた積極的な支援策を急ぐ必要がある。海上輸送が滞って輸入が困難になれば、どれだけ防衛費を積み増しても国は守れない。」
この発言の基本的考え方と異なることはないと思うが、他の論点では、鈴木氏を批判し、異なる提案を行っている山下一仁氏、窪田新太郎氏の著書も参考にする予定である。
食料安保とベーシック・ペンションとの関係
ところで、提案している日本独自のベーシックペンション、ベーシック・ペンション生活基礎年金制度は、生活安保の目的を持つ。
食料安保も、国民の生活の安全を保障するという意味では、この生活安保に包含・包摂される課題ではある。
そのため、食料安保とベーシック・ペンションは繋がっている。
また、別の観点でベーシック・ペンションとの関連を述べると。
ベーシック・ペンションとしてのすべての国民への、無条件での、専用デジタル通貨の支給で、商品やサービスへの需要が過剰となり、供給不足に陥ることでインフレ、もしくはハイパーインフレが発生するリスクを指摘される。
特に、ウクライナ侵攻で急激にエネルギー原油輸入価格が高騰し、電気代やガス代が値上がり。
小麦価格の高騰による食品の値上げも、こうした一連の連鎖でもある。
こうした現実的なインフレ動向・結果が、需給アンバランスに基づくものであることから、ベーシック・ペンション導入時の発生リスクの根拠とされることになる。
それはそれで理解でき、理解すべきとは思うが、基本的には、そうした需要供給のアンバランスを引き起こさない、諸資源の自国自給体制の確立を、中長期的・戦略的計画に基づいてめざす。
これを、ベーシック・ペンション導入実現に向けて、国の政策として取り組むことを提案している。
食料安保問題もその一つであり、エネルギー安保、包括的な経済安保問題も合わせて、WEBサイト https://2050society.com で並行して考察・提案を進めていることを重ねてお伝えしておきたい。
なお、管理運営する複数のサイトで多用している「安保、安全保障」は、「安心・安全・安定」を「保持・保有・確保」することで「保障する」ことを意味して用いることも、合わせてお伝えしておきたいと思います。
次回は、もう1回、食料安保をめぐる畜産業の現状を報じた参考情報を用いて考えることにします。

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