
少しずつ、よくなる社会に・・・
柴田悠氏著『子育て支援が日本を救う(政策効果の統計分析)』(2016/6/25刊・勁草書房)『子育て支援と経済成長』(2017/2/28刊・朝日新書)の2冊を参考にして投稿を終えた以下の5回シリーズ。
<第1回>:社会学者が行う子育て支援政策提案への経済学アプローチの違和感:柴田悠氏「子育て支援論」から考える-1(2022/5/20)
<第2回>:保育サービス支出総額だけの統計論のムリ筋:子育て柴田悠氏「子育て支援論」から考える-2(2022/5/22)
<第3回>:気になる出生率向上と子育て支援との関係性の希薄さ:柴田悠氏「子育て支援論」から考える-3(2022/5/23)
<第4回>:増税・財源確保の子育て支援政策のムリ筋:柴田悠氏「子育て支援論」から考える-4(2022/5/24)
<第5回>:子育て・保育の本質から考えるべき政治行政と財政政策:柴田悠氏「子育て支援論」から考える-5(総括)(2022/5/25)
これに続いて、山口慎太郎氏『子育て支援の経済学』(2021/1/20刊・日本評論社)『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(2019/7/30刊・光文社新書)を参考にしてた新しい<山口慎太郎氏「子育て支援論」から考える>シリーズを前回から始めています。
<第1回>:現金給付・育休制度で出生率は向上するか:山口慎太郎氏「子育て支援論」から考える-1(2022/5/27)
に続いて今回は第2回。
【第2部 子育て支援は次世代への投資】がテーマです。

山口慎太郎氏著『子育て支援の経済学』『「家族の幸せ」の経済学』から考える子育て・少子化対策論-2
第2部の全体構成を参考までに切り取っておきました。
【第2部 子育て支援は次世代への投資】構成
第2部 子育て支援は次世代への投資
第5章 育休制度は子どもを伸ばす?
1.はじめに
2.世界各国の育休制度
3.経済学で教える育休制度の役割と効果
3・1 なぜ制度としての育休が必要なのか
3・2 理論が予想する育休の効果
4.政策評価の考え方
5.実証分析が示す育休制度の効果
6.おわりに
第6章 幼児教育にはどんな効果が?
1.はじめに
2.経済学で考える子どもの発達
3.保育には政治介入が必要だ
4.「保育の効果」を定義する
5.社会実験プログラムからの知見
5・1 プログラムの概要
5・2 プログラムの効果
5・3 費用対効果分析
5・4 効果の解釈への注意
6.大規模プログラムからの知見
6・1 社会実験プログラムの限界
6・2 大規模プログラムから読み解く保育の効果
6・3 プログラムの効果
7.おわりに
数学補論:幼児教育の人的資本モデル
第7章 保育園は子も親も育てる?
1.はじめに
2.経済学で考える保育所通いの効果
3.保育所拡充の背景
3・1 日本の保育制度
3・2 認可保育所の拡充
4.政策評価の考え方
5.保育政策と親子の状態をデータでとらえる
5・1 21世紀出生児縦断調査
5・2 子どもの発達指標
5・3 母親の行動・精神状態の指標
5・4 自己申告も意外と当てになる
5・5 子どもの日中の保育者と母親の就業状態の組合せ
6.実証分析が示す保育所通いの親子への効果
6・1 効果の分かれ道は家庭環境
6・2 なぜ保育所通いは子どもの発達を促すのか
7.おわりに
推定結果の詳細

【第2部 子育て支援は次世代への投資】から考える
「子育て支援は、次世代への投資」。
これは決して、子どもを持つ、あるいは子どもを持ちたいと思う親の気持ち・心情・想いを表現したものではないでしょう。
まあ、一部の封建的・家父長制的感覚をいまだに抱く親が、将来子どもが親の面倒をみるものと思っている場合は、そう表現して支障ないかもしれませんが。
第2部は以下の3つの章で構成し、育児休業(育休)制度や保育政策が子どもの発達をどのように育むかを考えるとしています。
・第5章 育休制度は子どもを伸ばす?
・第6章 幼児教育にはどんな効果が?
・第7章 保育園は子も親も育てる?
以下、順に見ていきます。

育休政策の柱と、期待する効果(第5章より)
子育て支援・育休の性質と育休制度の主な柱
育休制度は、子どもが誕生してから数ヶ月あるいは1年程度を主な対象期間としている。
一方、保育制度は、育休終了後に幼い子どもが就学するまでの期間が主な対象。
子育て支援政策において、両者は補完的。
育休制度の二本柱は、「雇用保険」と「給付金」。
1)雇用保険:この保険制度により、育休を取得しても雇用や賃金上の不利な扱いを受けず、その立場が保護されている。
2)給付金:育休前の勤務状況と所得に応じて受け取るお金。公的雇用保険から支払われ、給付金の支払いが雇用主の経営を圧迫することはない。
フルタイムで働いた場合の年間労働所得に対する受領する給付金の割合を「所得代替率」と呼ぶ。
3)その他、社会保険料の減免、育休取得のための企業向け補助金等の支給など。
育休の必要性と効果予測
ほとんどの国で育休が法制化されているが、なぜ労働市場における企業と労働者の自由な意思決定に任せないのか。
その答えとして「情報の非対称性」から生じる「逆淘汰」(あるいは「逆選択」)問題。
乱暴な言い方で説明すると、育休の有無、育休取得の意思の違い、育休の内容の差異、その他育休の関する両者の思いへのズレが及ぼす、制度の具現化をためらわせる性質を関連する情報自体が持ち、共通認識化や一つに合意形成できないこと。
そのため法律を制定し、そのルールの枠内で選択・運用を可能にする合理性を整備したと言えるでしょうか。
育休制度で最も着目すべきは、育休制度がある場合とない場合それぞれの子どもの発達度合いとされるが、質の高い保育制度が低価格で利用できれば、育休制度との関連度は薄くなる。
育休制度がなくても、家族・家庭、ベビーシッターなど替わりになる家庭保育等の手段・基盤がある場合も同様。
実証分析による効果評価例
1)ドイツの育休(期間延長)改革から
①1979年(2ヶ月から6ヶ月へ):29歳時点での教育年数、賃金・フルタイム雇用率 ⇒ 影響みられず
②1986年(6ヶ月から10ヶ月へ):大学進学を前提とした進学高校卒 ⇒ 影響見られず
③1992年(18ヶ月から36ヶ月へ):進学高校卒へ ⇒ 影響見られず
大規模データに基づくため、かなり正確な結果と考えてよい。
即ち、育休政策が子どもの長期的な発達にはほとんど影響がなかったと結論付けられるとしています。
同様の結果は、他にスウェーデン、デンマーク、カナダ、ノルウェー、オーストリア等でも報告。
2)他の正・負の影響がみられた改革事例の要因・要点
・育休により母子が一緒に過ごす時間が増え、高校中退率が低下し、子のその後の労働所得が増加
する長期的効果(=子どもの生育環境が改善)
・3年間の長過ぎる育休で、母子が一緒の時間が増え、子どもの言語能力が低下するなど、子どもの発達にマイナスの影響
・幼児の健康への影響は確認できず
以上、この章については、事務的にポイントと思われるところをピックアップするにほとんどとどまっています。
育休制度自体は、どちらかというと子育て・保育領域では、狭い範囲の課題であり、わが国においても、歩みは遅いですが、労働人口減少問題と女性就労問題、働き方改革等の観点に、育児・介護休業法改正などを絡めて、改善が進められているようには感じます。
しかし、それらが格差や待機児童問題などの抜本的な改善・改革に結びつくものではありえず、極めて小手先・部分的な取り組みにとどまるのも事実です。
従い、ここではこれ以上のコメントを行う必要はないと感じます。
無論、まだまだ育休制度と関連させた抜本的な保育制度改革が必要と考える所以でもあります。


幼児教育の効果について考える(第6章より)
保育の目的と「保育の効果」の定義
保育の目的としての少子化対策や母親の就業支援の他、子どもの発達を助けるための「幼児教育」としての役割も重要である。
保育は、次世代を担う人々の知識や能力など「人的資本」を向上させるための「投資」と考えることをここで確認しています。
そして、実証分析における「幼児教育の効果」として、ある特定の幼児教育を受けた場合と受けなかった場合について、何らかの成果変数(例:IQ)を比較し、両者の差によって定義されるとします。
幼児教育における子どもの「人的資本」の発達領域とその重要性
子どもの持つ「人的資本」には、頭のよさ「認知能力」、自身の行動・感情をコントロールするための「非認知能力」、コミュニケーション能力、健康状態など多様な能力が含まれる。
非認知能力には、社会的情緒能力や、性格・気質・態度なども含み、心理学でビッグファイブと呼ばれる5大要素(開放性、統制性、外向性、協調性、精神安定性)や忍耐力、リーダーシップ、自尊心等も挙げられる。
また、家庭環境、親の存在・教育水準・知能指数・子どもへの投資なども関係している。
この他、ある時期における子どもの人的資本は、
1)既に獲得した人的資本の量
2)家庭環境
3)子どもに対する投資
の3つによって決まること。
加えて、子どもの人的資本形成の進み方という視点での重要性として以下の3点を上げています。
1)子どもの人的資本は、一次元ではない。
2)より新しい技能の獲得を助けるという意味で自己生産的。
3)子どもの現在の人的資本と子どもへの投資は、新たな人的資本を生み出す上で補完関係にある。
まあ、いろいろ提示されなくても、幼児教育の必要性や重要性が、義務教育のそれと同様・同類であると考えられるのですが、こうした整理・理解が最も生かされるべきは、どちらかというと、政治・行政の領域でよりも、親・家庭環境の当事者においてではないかと感じます。
そのために必要なのは、従い、親、将来あるはこれから親になる学生や成人に対する教育・情報提供でしょう。
幼児教育の経済学者が、政策介入や補助金が必要と考える4つの理由
上記の子どもの人的資本の形成への支援が、何らかの形での政府の介入により自動的に行われることが決まるわけではなく、親や家庭の自発性や選択に任せたほうが合理的・効率的という考え方もある。
しかし、幼児教育研究者のほとんどは、政府介入や補助金が必要と、主に以下の4点から主張していると言います。
1)幼児教育には正の外部性(ある人の行動が直接、他人に影響を及ぼすこと)がある
2)「借入制約」があるため十分な幼児教育を受けられないことがある
※借入制約:何らかの理由でお金が借りることができない、借りられるとしても非常に高い金利が課せられてしまう状況
3)親が十分な情報を持っていない場合がある
4)十分な情報を持っていても、親が子どもの利益を考慮せずに幼児教育を受けるかどうか決めている場合がある
介入の方法・内容や補助金の種類・方法などが子育て支援、保育政策・制度の具体的な議論・検討の課題になるわけですが、いまさらそれらを不要とする根拠があるとは思えません。
社会実験プログラム例
幼児教育に関する研究においては、アメリカの社会実験プログラムが多用されています。
以下にその事例を、内容は省略し、名称だけですがリスト化しました。
1)ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)実施のアメリカの社会実験プログラム
①ペリー幼児教育プロジェクト(Perry Preschool Project : PPP)
②カロライナ幼児教育プロジェクト(Carolina Abecedarian Project : ABC)
③乳幼児健康発達プログラム(Inant Health and Development Program )
④早期訓練プログラム(Early Training Project)
2)その効果と分析
そのプログラムについては、「標準偏差」を用い、実施直後の段階を含め、短期的に著しい効果をみることができたとしています。
しかし、長期間での効果測定では、持続しないことがほぼ共通としています。
3)「費用対効果」という課題
上記の社会実験プログラムには多額の費用が投じられている。
一つ問題となるのは、それらの実験的取り組みが、どのような経済的効果を生み出すか、試算できるか、試算可能か、となる。
ここでは、生涯労働所得の増加、犯罪減少、医療支出の減少など社会的コストの減少すなわち社会的利益が試算されるとしています。
確かにそれらは想定されることですが、決して将来得るベネフィットを確定するものではありません。
大規模プログラムから知るべきこと
1)社会実験プログラムの限界
当然ながら、社会実験プログラムには費用がかかるということ以外にも大きな問題があり、筆者は産生できないと言います。
特に日本では、貧しい家庭を選んで実験を行うことは、現状の保育の質の高さや制度の運用状況から、非現実的としています。
念のため、社会実験プログラムから得られたデータ結果の3つのポイントを転載します。
①IQ等の認知能力に対する影響は短期的には大きいが、プログラム実施後数年で消えてしまう
②非認知能力の改善が極めて重要である
③幼児教育の経済的な収益率は、株式市場への投資を上回るほど大きいが、その半分は犯罪の減少を通じたものである
2)大規模公的幼児教育プログラムの有効性とその根拠
この限界と課題がある社会実験プログラムに対して、より現実的な取り組みとして提起したのが、次章の命題である山口氏グループによる「大規模公的幼児教育プログラム」というわけです。
その根拠として、「差の差分析」「回帰不連続デザイン」などの主要な分析手法やその内容と特徴などを本章の最後に示し、次章に繋げていく流れとしています。
以上で、この章の個別課題を終え、筆者の本章のまとめを紹介します。
平均以上の家庭で育つ子どもたちは、家庭環境がそれほど悪くないため、幼児教育プログラムを受けても発達に大きな影響はなく、それどころか、裕福な家庭の子どもにはマイナスの影響さえありうる。
すなわち、裕福な家庭環境は子どもの発達にとっては望ましい。
これは、幼児教育の質が、対象とする家庭の保育環境を下回らないように設計する必要があることを示す。
こうした研究の積み重ねから得られた知見を踏まえ、今後、保育政策を巡る建設的な政策論議がなされることが望ましい。


山口氏による研究報告を見る(<第7章 保育園は親も子も育てる?>より
山口氏の調査とは
・日本における大規模な公的幼児教育プログラムとしての保育所拡充が、子どもの発達にどのような影響を及ぼすかを分析(ランダム化比較試験との違い)
・山口氏グループの研究:2歳半時点での保育所通いが、同時期の言語発達や、1年後の多動性・攻撃性傾向に及ぼす影響を調査
・利用データは、厚生労働省「21世紀出生児縦断調査」から得られた、2001年生まれと2010年生まれの約8万人の子どもの情報
・その特徴として次の3つを挙げています。
1)分析対象である制度が、大規模公的幼児教育プログラムであり、ペリー幼児教育プロジェクトのような貧しい家庭の子どもたちだけを対象にした質の高い教育提供による実験的プログラムとは異なる。
2)保育所通いを通じた幼児教育が、どのように子どもの発達に影響に与えるか、そのメカニズムについての手がかりを得ている。
3)対象の子どもの年齢が2~3歳であり、多くの先行研究が対象とする4~5歳に比べて幼い。
保育拡充の背景と現実的課題
山口氏の研究が日本の認可保育所を対象としていることから、日本の政策事情について解説しており、その一部を整理してみました。
1)質の高い「認可保育所」の利用定着
・「児童福祉法」で設置基準が定められ、定期的なモニタリングが行われることで、一定の質が保たれる「認可保育所」が、保育所利用の子どもたちの94%に利用されている。(2001年「国民生活基礎調査」)
・低所得世帯限定でも、誰もが無条件で利用できるわけでもない、同法の規定に従い、自ら子どもの保育を行えない家族のみが利用を認められるという条件(94%が親の日中の就業が理由に)
2)待機児童対策と認可保育所の拡充
・しかし、上記の認可保育所利用基準の運用と実態から、待機児童問題が長く社会問題として取り上げられ続けることに。
・そこで待機児童解消を目的として2003年「少子化対策基本法」以降取り組みがなされ、2000年から2010年間で、認可保育所定員数は12%増、全国の一人当りの保育所定員数(保育所定員率)は0.27から0.34へ上昇
・中でも2015年以降は、小規模保育所導入による伸びが顕著
3)地域間格差の存在
・上記の保育所定員率において、地域間の実績に差が生じている。
・結果、女性労働力参加率が高い地域ほどその伸びも高く、その他の要因と保育所定員率の伸びとの相関は見られなかったことが、介入効果測定上の論点となりうる。
効果と政策評価上の視点・課題の考え方
本調査を行うに当たっての方針・視点などが添えられており、簡単に整理しました。
1)「21世紀出生児縦断調査」がベース資料(記述)
2)子どもの発達指標化:「言語発達」「多動性」「攻撃性」の3点について作成
①言語発達
・「ママ」、「ブーブー」等の意味のある言葉を言う
・2語文(「ワンワン キタ」など)を言う
・自分の名前が言える
②多動性
・落ち着きがない
・飽きっぽい
・人の話を最後まで聞かない
・公共の場で騒ぐことがある
・遊具で遊ぶときに順番を守れない
③攻撃性
・おもちゃや絵本を壊すことがある
・人に乱暴することがある
・気が短い
3)母親の行動・精神状態の指標
保育所通いは子どもへの直接的な影響に加え、親の行動を変えることを通じて、間接的に子どもの発達に影響を及ぼすと考え、子どもが3歳半時点での、親のしつけの質、子育てストレス、幸福度などを指標化し設問
(例)
・こどもが悪いことをしたときの対応:「言葉でいけない理由を説明」、「理由の説明なしで、だめ、いけない、と叱る」「おしりをたたくなどの行為を」「子どものしたことを無視して悪いことに気づかせる」「外に出す・押し入れに閉じ込める」
・子育てストレス:「子育てによる体の疲れが大きい」「自分の自由時間が持てない」など
・幸福度:「家族の結びつきが深まった」「子どもとのふれあいが楽しい」など8項目
4)その他配慮事項
その他、設問・回答に当たっては、バイアスがかからないように、自己申告を有効に活用したことや、子どもの日中の保育者と母親の就業状態の組み合わせなども把握・調査・活用
実証分析のまとめ
この山口氏グループの実証分析とその効果について、以下に箇条書きレベルで簡潔に整理・紹介します。
1)保育所利用は言語発達を促す
2)多動性と攻撃性を減少させているようにみえるものの、統計学的にはあまり確かなことはいえない
3)言語発達に対する効果は、母親の学歴でとらえられる家庭環境による差がほとんどない
4)多動性と攻撃性に対する効果は、母親が高卒、短大卒、四大卒以上の間ではほとんど差がないが、高卒未満である場合、保育利用で大きく多動性・攻撃性が減少し、行動面の問題が改善された
5)保育所通いが親に対して与える影響については、ストレス減少効果はありそうだが、他を含め総じて統計学的には影響がない(確かなことはいえない)
6)母親が高卒未満の場合は、しつけが改善し、子育てストレスは減少し、幸福度が上昇しており、他学歴ではほとんど影響がない
こうした結果などを踏まえ、保育所通いが子どもの言語発達と行動改善に寄与する要因等について、筆者はこうまとめています。
保育所では、両親・祖父母に育てられる環境と違い、保育士や他の子どもたちとの関わりを持ち、多くの言葉に刺激を受け、言語発達を促した。
社会経済的に恵まれない家庭は、子どもの発達にとって望ましい環境を用意できない可能性が高く、家庭での時間が少なくなり、保育所での時間が増えることで、生育環境が改善され、行動面の問題が減少した。
子どもの保育所通いで母親の就労が可能になり、経済的不安減少、子育て時間からの解放とストレス減少で、精神面が安定し、母子関係が良好になり、子どもの問題行動の減少等行動改善にも結びついた。
以上、仮説も含めその関係性の順序が変わることもありうるが、直接的な検証がないが、発達心理学などとも整合的であり、検討価値が十分あるとしています。
そして、「保育所通いは、家庭環境から生じる次世代の格差縮小につながっている」と結んでいます。


第2部の概括
そもそも、「子育て支援が次世代への投資」と考えるのは、次世代の社会の経済成長や高齢者を支える現役世代形成を念頭に置いているような感じです。
個人的には、まずは子どもが欲しいか、子どもを持つか、親子家族・家庭を作りたいかという生き方に関する思いからのことで、それが家系の継続・存続、家を引き継いでいくことを想定してのことでもありません。
従い、まさに、本書は、保育政策・保育行政という視点での取り組みであり、政治・行政に向けての提案のための書として、集中して、注意して読む必要があります。
ならばそれはそれで、この内容を分析・評価する必要があります。
「育児休業(育休)制度や保育政策が子どもの発達をどのように育むかを考える」というテーマで展開した第2部では、育休制度と幼児教育の2つに関するこれまで実施された政策とその統計結果と成果分析評価が紹介されました。
しかしその実証分析と評価は、当然、今後の政策に有効に活用すべきと考えてのこと。
であるならば、本書ではやむなく割愛していると思われる、より有効な具体的な子育て支援、少子化対策政策の提案を期待・希望したいと考えています。
分析評価の分析評価を行うことよりも、そうした議論・考察に適した内容を、本書で見出すことができるか、再度読み直す事が必要と考えてもいますが。
本章でそのきっかけとして捉えることができるテーマが一つあります。
それは、保育政策の領域内でのことですが「幼児教育」という表現・課題を取り上げていることです。
第6章のテーマとして「幼児教育」を掲げ、第7章の自らの2歳半の幼児に対する「公的幼児教育プログラム」で「幼児教育」と表現。
幼児「保育」ではなく幼児「教育」。
筆者が意識的に用いているのか、無意識のことなのか。
そこからの発想については、次回または最終回で述べることにしたいと考えています。
次回は、【第3部 子育て支援がうながす女性活躍】を取り上げます。


『子育て支援の経済学』構成
はじめに
第1部 子育て支援で出生率向上
第1章 なぜ少子化は社会問題なのか?
1.はじめに
2.出生率とは
2・1 出生率の推移
2・2 出生率の国際比較
3.少子化問題は政策による解決が必要
4.おわりに
数学補論:低出生率の原因は市場の不完備性
第2章 現金給付で子どもは増える?
1.はじめに
2.家族関係社会支出の国際比較
3.経済学で考える現金給付の出生率引き上げ効果
3・1 子どもの「質」と「量」
3・2 税制上の優遇措置の影響
3・3 育休制度の影響
4.政策評価のための実証分析
4・1 地域差を利用した差の差分析
4・2 制度の対象者と非対象者を比較する差の差分析
4・3 制度の変更前後を比較する回帰不連続デザイン
5.実証分析が示す現金給付と育休政策の効果
5・1 現金給付
5・2 育休制度
6.おわりに
数学補論:子どもの「質」と「量」についての理論モデル
第3章 保育支援で子どもは増える?
1.はじめに
2.世界各国の保育政策
2・1 保育所増設
2・2 価格引き下げ
2・3 家庭保育への支援金
3.経済学で教える保育政策の出生率引き上げ効果
4.政策評価の考え方
5.実証分析が示す保育政策の効果
5・1 保育所増設の効果
5・2 保育料金引き下げの効果
5・3 家庭保育支援金の効果
数学補論:保育政策と出生行動の理論モデル
第4章 少子化対策のカギはジェンダーの視点?
1.はじめに
2.経済学で考える夫婦間の意思決定
3.実証分析が示すより効果的な少子化対策
4.おわりに
数学補論:夫婦間の家事・育児負担と出生選択の理論モデル
第2部 子育て支援は次世代への投資
第5章 育休制度は子どもを伸ばす?
1.はじめに
2.世界各国の育休制度
3.経済学で教える育休制度の役割と効果
3・1 なぜ制度としての育休が必要なのか
3・2 理論が予想する育休の効果
4.政策評価の考え方
5.実証分析が示す育休制度の効果
6.おわりに
第6章 幼児教育にはどんな効果が?
1.はじめに
2.経済学で考える子どもの発達
3.保育には政治介入が必要だ
4.「保育の効果」を定義する
5.社会実験プログラムからの知見
5・1 プログラムの概要
5・2 プログラムの効果
5・3 費用対効果分析
5・4 効果の解釈への注意
6.大規模プログラムからの知見
6・1 社会実験プログラムの限界
6・2 大規模プログラムから読み解く保育の効果
6・3 プログラムの効果
7.おわりに
数学補論:幼児教育の人的資本モデル
第7章 保育園は子も親も育てる?
1.はじめに
2.経済学で考える保育所通いの効果
3.保育所拡充の背景
3・1 日本の保育制度
3・2 認可保育所の拡充
4.政策評価の考え方
5.保育政策と親子の状態をデータでとらえる
5・1 21世紀出生児縦断調査
5・2 子どもの発達指標
5・3 母親の行動・精神状態の指標
5・4 自己申告も意外と当てになる
5・5 子どもの日中の保育者と母親の就業状態の組合せ
6.実証分析が示す保育所通いの親子への効果
6・1 効果の分かれ道は家庭環境
6・2 なぜ保育所通いは子どもの発達を促すのか
7.おわりに
推定結果の詳細
第3部 子育て支援がうながす女性活躍
第8章 育休で母親は働きやすくなる?
1.はじめに
2.経済学で考える育休制度の就業支援効果
3.政策評価の考え方
5.実証分析が示す育休制度の就業支援効果
4・1 オーストリアにおける育休改革の効果
4・2 その他の国々における育休改革の効果
5.おわりに
第9章 長すぎる育休は逆効果?
1.はじめに
2.日本の育休制度の変遷
3.データと記述統計による分析
3・1 データの概要
3・2 データからわかること
4.現実をとらえる構造モデル
5.構造モデルが示す女性の就業決定
6.育休3年制のシミュレーション
6・1 育休政策の効果
6・2 その他の家族政策の効果
7.おわりに
第10章 保育政策で母親は働きやすくなる?
1.はじめに
2.経済学で考える母親の就業
3.保育政策の効果をどう測るか
3・1 差の差分析(1):一部の地域だけが保育改革
3・2 差の差分析(2):全地域で保育改革
3・3 回帰不連続デザイン
4.実証分析が示す保育政策の効果
4・1 諸外国の保育改革の効果
4・2 改革前の母親就業率
4・3 代替的な保育手段
4・4 非労働所帯
5.おわりに
数学補論:母親の就業意思決定の理論
第11章 保育制度の意図せざる帰結とは?
1.はじめに
2.日本の保育制度と利用調整
2・1 保育所と保育制度の概要
2・2 利用調整
2・3 待機児童解消に向けての取り組み
3.保育政策と保育所利用をとらえるデータ
4.都道府県データと家計データによる実証分析
5.実証分析が示す保育政策と保育所利用の効果
5・1 都道府県データをもちいた分析
5・2 都道府県データをもちいた分析
6.おわりに
推定結果の詳細
付録 実証分析の理論と作法
A 因果推論
A.1 差の差分析 A.2 操作変数法 A.3 回帰不連続デザイン
B 限界介入効果の推定
C 構造推定:構造モデルの構築とその推定方法
『「家族の幸せ」の経済学』の構成
第1章 結婚の経済学
1.人々は結婚に何を求めているのか
2.どうやって出会い、どんな人と結婚するのか
3.マッチングサイトが明らかにした結婚のリアル
第2章 赤ちゃんの経済学
1.出生体重は子どもの人生にどのように影響を与えるのか
2.帝王切開は生まれてくる子どもの健康リスクになるのか
3.母乳育児は「メリット」ばかりなのか
第3章 育休の経済学
1.国によってこんなに違う育休制度
2.お母さんの働きやすさはどう変わる?
3.育休と子どもの発達を考える
4.「育休3年制」は無意味。1年がベスト
第4章 イクメンの経済学
1.日本は、制度だけ「育休先進国」
2.育休パパの勇気は「伝染」する
3.育休で変わる家族のライフスタイル
4.では、夫婦の絆は深まるのか
第5章 保育園の経済学
1.幼児教育の「効果」について考えてみる
2.家庭環境と子どもの発達
3.保育園は、母親の幸福度も上げてくれる
4.無償化よりも待機児童解消を急ぐべき理由
第6章 離婚の経済学
1.「3組に1組が離婚している」は本当か?
2.離婚しやすくなることは、不幸だとは限らない
3.離婚は子どもたちにどう影響するか
4.共同親権から「家族の幸せ」を考える


少しずつ、よくなる社会に・・・
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