
亡国危機をもたらす農業の「種」の起源喪失:鈴木宣弘氏著『農業消滅』から-2
鈴木宣弘氏著『農業消滅』(2021/7/15刊・平凡社新書)を参考に、日本の農業政策を国土・資源政策における重要な課題と位置づけて考察するシリーズ。
前回、第1回は
◆ 現在食料自給率38%、2035年の衝撃的予測と必要対策 :鈴木宣弘氏著『農業消滅』から-1(2021/12/11)。
2回目の今回は、 <第2章 種を制するものは世界を制す>をテーマに。
<第2章 種を制するものは世界を制す>から
<第2章 種を制するものは世界を制す>構成
1)日本はグローバル企業の餌食になる
2)亡国の種子法廃止
3)種苗法改定は海外流出の歯止めになるのか
4)種に知的財産権は馴染まない
5)歴史的事実を踏まえて大きな流れ・背景を読む
6)農産物検査法の関連規則改定の経緯
7)種子法廃止に先立った農水省の通知に注目
グローバル企業や種子・農薬企業は、農家から農産物を買い叩き、種子を含む生産資材は高く売りつけ、結果、消費者に食料を高く売り、不当なマージンを得ている。
すなわち、新興国においても先進国においても食料価格の高騰を招いているのだが、日本もそのターゲットになっているとして、この第2章は進められます。
その構成が上記ですが、少々手を加えますが、極力筆者の記述を用い、日本の農業問題の一つを確認したいと思います。

農産物の「種」を守ることは、国家による協同組合事業
命の要である主要な食料の源である良質の種を安く提供するには、民間に任せるのでなく、国が責任を持つ必要があるとの判断から種子法があった。
しかし、これを民間に任せてしまえば、公的に優良種子を開発して、安価に普及させてきた機能が失われてしまう。
その分、種子価格は高騰する。
当然のことと思います。
しかし、2017年に、僅かな審議時間で「種子法」の廃止が不意打ち的に採決されてしまった。
これを筆者は「亡国の種子法廃止」と表現しています。
事の性質上、農業とその源である「種」を守ることは、日本の国家による協同組合事業と位置づけるべきと言えるでしょう。
欧米各国におけるグローバルレベルでの民営企業化がもたらした種の民間品への移行・置き換わりとその価格高騰状況を筆者はここで種々例示していますが、詳細は省略します。
「農業競争力強化支援法」がもたらしたグローバル企業の横暴
農業競争力強化支援法
第8条
国は、良質かつ低廉な農業資材の供給を実現する上で必要な事業環境の整備のため、次に掲げる措置その他の措置を講ずるものとする。
一~三 略
四 種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること。
良質かつ低廉な「農業資材」とは、多くは「種」や「農薬」をいうわけですが、現実は、グローバル企業による遺伝子組み換え種子や効率追求型の問題農薬が大きな問題となっていることは知るところです。
もっともらしいことをこの法で述べているようですが、資材価格の引き上げ、農産物価格の値上げがまかり通り、食物の安全性さえも守られなくなってきているのが現実です。
種苗法改定とは
種苗法とは、植物の新品種を開発した人が、それを利用する権利を独占できることを規定する法律。
但し、種の共有資源としての性質により、農家は自家採種してよいと第21条2項で認めてきた。
今回の改定案では、その条項を削除し、農家であっても登録品種を無断で自家採取できないこととし、加えて、新品種の登録において、利用に国内限定や栽培限定の条件を付けられるようにした。
目的は、日本の種苗の海外への無断での持ち出しの禁止だが、実質的にそれは既に破綻している。
故に、種苗法改定の最大の目的は、知的財産権の強化による企業利益の増大、種を高く買わせることにある。
公共の種が企業に移れば自家採種を許諾してもらえず、毎年買わざるを得なくなる。
種苗を使用する農家の負担は必然的に増えていくわけで、既に県などが改定前に「受益者負担」主義を導入し、農家の負担が増大しつつある。
こう筆者は言います。
またこういうケースの危惧も。
在来種に新しい形質(ゲノムへ編集等含む)を加えて登録品種にしようという施策が広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、異常気象や病害虫にも脆弱になる。
そして、こうした非道い政策が進められていく状況について、こういう興味深い話を添えています。
ただし、農水省を責めるのは酷である。
自らの意思とは別次元からの指令で決まったことに、苦しい理由付けと説明をさせられているのが担当部局の現状である。
良識ある官僚には断腸の想いだろう。
農水省の元官僚の言葉ゆえに、非常に重みがある、問題のある内容です。
どうすべき、どうあるべきと無責任な発言ができないことを自覚せざるをえません。

種はだれのものなのか
種は、私たち人類が何千年にもわたってみんなで守り育ててきたもの。
それらの想いが根付いた各地域の伝統的な種は、農家とその地域の食文化とも結びついた一種の共有資源であり、個々の所有権には馴染まない。
育成者権は、そもそも農家の皆さんにあるといってもよい。
種を改良しつつ守ってきた長年の営みには、莫大なコストと労力がかかっている。
そうやって皆で引き継いできた種を「いまだけ、カネだけ、自分だけ」のために企業が勝手に素材にして改良し、それを登録して儲けるための道具にするのは、「ただ乗り」して利益を独り占めする行為と同じである。
だからこそ、農家が種苗を自家増殖するのは、種苗の共有資源的な側面を考慮して守られるべき権利ということになる。
筆者の考えをそのままお借りしました。
安全保障の要である食料の源としての「種」
最後に、先述の「農水省を責めるのが酷」という発言を受けての内容を確認します。
問題は、農水省の担当部局とは別の次元のところで、一連の「種子法廃止⇒農業競争力強化支援法8条四号⇒種苗法改定」を活用して、「公共の種をやめさせ⇒それを得て⇒その権利を強化する」という流れがつくられたことにある。
そして、「種を制するものは世界を制する」の言葉通り、(略)「企業⇒アメリカ政権⇒日本政権」への指令の形で「上の声」となっている懸念である。
本章で問題提起する日本に亡国の危機をもたらす農業の安全保障の要としての「種」問題。
先述した問題点を含め、農水省の考えとは反する方向で進む、グローバル企業への便宜・便益供与を、次の8項目で示しています。
日本で進行中のグローバル企業に対する8つの「便宜供与」
1)種子法廃止(公共の種はやめさせる)
2)種の譲渡(これまで開発した種は企業が得る)
3)種の無断採種の禁止(企業の種を買わないと生産できないように)
4)遺伝子組み換えでない(non-GM)表示の実質禁止(2023年4月1日から)
5)全農の株式会社化(non-GM穀物を分別輸入しているのが目障りだから買収したいが、協同組合だと買収できなので)
6)GMとセットの除草剤(グリホサート)の輸入穀物残留基準値の大幅な緩和(日本人の命の基準はアメリカの使用料で決める)
7)ゲノム編集の完全な野放し(勝手にやって表示も必要なし、2019年10月1日から)
8)農産物検査法の関連規則改定(輸入米を含む、未検査のさまざまなコメの流通を促進)
その内容から想像すると、当然、コト問題の起源は「種」ですが、遺伝子をめぐる食の安全問題は第4章、農協の関連では第3章で取り上げられており、ここでは、4)以降の便宜については取り上げません。

保守、安全保障がどこか変?
ここまでの内容からは、日常生活における「種」をめぐるリスク、不安・懸念はほとんど感じられません。
しかし、この章で筆者が提起した問題は、同意できることが大半です。
社会的共通資本としての農業とその起源としての「種」。
しかも、その政策が、種の本質を恐らく正しく理解する農水省官僚の想いとは別のところで起案され、具体化されているという摩訶不思議。
仮にこれが自公現政権による政策とすれば、保守の名がねじり曲がっているとしか思えない。
本書の基本テーマである「安全保障」の理解認識が、農と食料をめぐる課題では、右そのものである前安倍政権下で、まったく正反対のものが構想され、進められていたわけですから。
ここで今どうこう言っても致し方ないことですが、疑問をしっかり抱えて、次章に進みたいと思います。
次回は、<第3章 自由化と買い叩きにあう日本の農業 >を見ていきます。

鈴木宣弘氏著『農業消滅 農政の失敗が招く国家存亡の危機』 全体構成
はじめに
序章 飢餓は他人事ではない
・2035年には食料自給率が大幅に低下する
・コメ農家は存続さえ危うい
・なぜ、人道支援のコメの買い入れさえしないのか
第1章 2008年の教訓は生かされない
・輸出規制は簡単に起こる
・2008年の食料危機の背景には
・節操なき貿易自由化を突き進む
・畳みかける貿易自由化の現在地
・誰にとってのウィン・ウィンなのか
<コラム1>「公」が「私」に「私物化」されるメカニズム
第2章 種を制するものは世界を制す
・日本はグローバル企業の餌食になる
・亡国の種子法廃止
・種苗法改定は海外流出の歯止めになるのか
・種に知的財産権は馴染まない
・歴史的事実を踏まえて大きな流れ・背景を読む
・農産物検査法の関連規則改定の経緯
・種子法廃止に先立った農水省の通知に注目
<コラム2>「家族農業の10年」や「国際協同組合年」をめぐる動き
第3章 自由化と買い叩きにあう日本の農業
・厳しい農村の実態
・貿易自由化の犠牲とされ続けてきた農業分野
・買い叩かれる農産物
・いっそうの買い叩きのための農協攻撃
・農協改革の目的は「農業所得の向上」ではない
・国家私物化の実態
<コラム3>IMF・世銀の引き換え条件にFAOは骨抜きにされた
第4章 危ない食料は日本向け
・安全性を犠牲にしてまで安さに飛びつく私たち
・危険な食品は日本に向かう
・もう一つの成長ホルモンの危険性
・疑惑のトライアングル
・恐れずに真実を語る研究者と人々の行動が事態を動かす
・輸入小麦から検出される除草剤成分
・GM表示厳格化の名目の「非表示」化
・アメリカのGM表示をめぐる動きとGM表示法
・国産の安全神話の崩壊
・世界で強まる農薬規制とタイの衝撃
・グローバル種子・農薬企業をめぐる裁判の波紋
・世界のトレンドをつくるのは消費者
・「わからない」のが正しい
・自由貿易がもたらす、もう一つの健康被害
・安さのもう一つの秘密
第5章 安全保障の要としての国家戦略の欠如
・農業禍保護論の虚構その① もっとも守られた閉鎖市場か
・虚構その② 政府が価格を決めて農産物を買い取る制度
・虚構その③ 農業所得は補助金漬けか
・収入保険は「岩盤」ではない。
・政策は現場の声がつくる
・日本の農政は世界に逆行していないか
・人口が減っても輸出で稼げば農業はバラ色なのか
・GAP推進の意味を再検証する
・食料難の記憶を忘れさせない欧米の考え方
・消費者の購買力を高めるアメリカの政策
・世界、特にアジア諸国との共生が必要不可欠
・日米安保の幻想を根拠に犠牲になってはならない
・貿易交渉の障害は農産物ではない
・互恵的なアジア共通の農業政策がカギとなる
・アジア全体での食料安全保障を
終章 日本の未来は守れるか
・日本を守る食と農林漁業の未来を築くには
・自由化は農家ではなく国民の命と健康の問題
・カロリーベースと生産額ベースの自給率議論
・私たちの命と暮らしを守るネットワークづくり
・協同組合・互助組織の真の使命とは
・真意が問われる「復活の基本計画」
・欧米で進む農業のグリーン戦略を受けて
・地域循環型の経済が私たちの命を守る道となる
おわりに
このシリーズでは、以下の視点での3つの安全保障を考え、既に提起済みの<2050年食料・農業安全保障長期ビジョン及び重点政策>(下記参照)の内容の一部を必要に応じて修正することも目的としています。
『農業消滅』から読み取る3つの安全保障と2050長期ビジョンへの反映
1)食料の自給自足システム構築による国民生活と国家の安全保障
2)食料の安全安心生産・供給・管理システム構築による国民生活の健康安全保障
3)上記の食料の2領域での安全保障を実現する、産業としての農業とその資源としての農地及び農家・農業人の安全保障
<2050年食料・農業安全保障長期ビジョン及び重点政策>(現状)
(基本方針)
さまざまなリスクに対応できる食料自給自足国家とその持続可能な社会システムを2050年までに構築し、その基盤の下にグローバル社会に貢献できる食料のサプライチェーンモデルも構築する。
(個別重点政策)
3-1 食料自給自足国家社会の拡充:農地実態調査、未耕作地集約、自治体別強化農産品目決定
1)食料品種別自給率調査及び長期自給率目標策定 (~2025年)
2)農地生産地実態調査、未耕作地等未利用地実態調査 (~2025年)
3)目標自給率実現品種・生産地域計画立案 (~2030年) 、都道府県別農産政策立案 (~2030年)、
取り組み進捗・評価管理(2031年~)
※最重点品目:小麦
4)食料品危機管理システム整備構築(~2030年)
3-2 農・畜産・水産業の長期総合政策策定と持続的取り組み
1)畜産部門自給自足長期計画、振興支援計画策定、都道府県別計画策定 (~2030年) 、各進捗・評価管理
2)水産部門、遠洋・近海漁業保全計画策定、養殖分野長期計画策定 (~2030年)
3)グローバルサプライチェーン長期方針及び計画立案 (~2030年)
4)畜産物・水産物危機管理システム整備構築 (~2030年)
3-3 食品・飲料製造産業の水平・垂直統合
1)食品・飲料製造産業原材料調達・内外依存度等実態調査及び長期方針 (~2030年)
2)基礎食品・飲料指定化と自給自足可能度評価、対策立案 (~2030年)
3)都道府県別受給可能度調査及び緊急時国内サプライチェーン構築計画 (~2030年)
4)グローバルサプライチェーン長期方針及び計画立案(~2030年)

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