進む人工光合成技術研究開発が、2050年水素社会実現を可能にする

経済・経営・労働政策

人工光合成、実用化への道筋に光

 水と二酸化炭素(CO2)と太陽光を使って化学原料をつくる「人工光合成」の研究で実用化に向けた成果が相次いでいる。
 植物のようにでんぷんをつくるのはまだ難しいが、前段階の水素の製造では三菱ケミカルなどが大規模実証に成功する報告が増えてきた。
 人工光合成の研究開発で日本は世界の先頭を走るが、その実現に向け、コスト低減などの課題を解決できるかが焦点になる。

人工光合成とは

 植物の光合成をまねて、太陽光を使い水を水素と酸素に分解、つくった水素と二酸化炭素(CO2)を反応させて燃料や化学製品などをつくる。
 この水素は製造時にCO2を排出しない「グリーン水素」で、化学製品の製造を通じてCO2も直接減らせる。
 光触媒を使う方式と電極を使う方式の2つに大別される。
 1967年に、ノーベル賞候補に名前が挙がる藤嶋昭東京理科大学栄誉教授らが、水に入れた酸化チタンに光を当てると水が分解して酸素と水素に分かれる「本多・藤嶋効果」を発見、技術研究開発の流れの加速化に弾みをつけた。

グレー水素とグリーン水素、めざすはグリーン水素

 脱炭素の切り札とされる水素エネルギー。
 しかし現状、水素の大半をメタンなど天然ガスから分離してつくっており、製造過程でCO2を大量に排出する「グレー水素」。
 火力発電由来の電気で分解してつくるのもグレー水素。

 これに対して、再生可能エネルギー由来の電気を使用してCO2を出さない水素を作れば「グリーン水素」。
 水を電気分解する方法によればグリーン水素だが、最大のネックはコストが高いこと。

 今回取り上げる人工光合成は研究開発が進めば、低コストでグリーン水素がつくれると期待される。
 課題は、エネルギー変換効率の向上と製造装置の大型化。
 これを実現できれば、天然ガス由来の水素製造コストよりも優位に立つことが可能で、政府による当面の目標調達 コストは、現在の5分の1の水素1kg当たり220円。

進むグリーン水素製造研究開発事例

以下に、水素製造技術に関する最近の発表・報告事例を企業・グループ毎に紹介します。

三菱ケミカル、富士フイルム、東大などで構成・共同の「人工光合成化学プロセス技術研究組合」


 今年2021年8月、光触媒を使い太陽光と水から高純度な水素を取り出す世界最大規模の実証試験に成功した。
 石岡市の屋外実験場に、光触媒を塗布した25センチメートル角のシートと水を封入したパネル1600枚を設置。
 合計100㎡大規模受光面積で、約1年間にわたり、安定して水素を製造・分離することに成功。

 今回の光触媒は紫外線しか吸収できず、エネルギー変換効率は日照条件が良い日でも最大0.76%にとどまったが、数年内に可視光も吸収できる光触媒を開発して人工光合成の実用化の目安とされる5~10%を達成し、2030年頃迄の商用プラント稼働をめざす。
 変換効率10%の光触媒パネルを本州と四国の合計面積に相当する土地に敷き詰めれば、2050年の世界のエネルギー消費量の3分の1を賄う水素をつくることが可能になるという。
 コスト面では、変換効率10%を実現し光触媒の寿命も延びれば、日本の気候下では、政府目標に近い水素1kg約240円、日差しの強い中東では同85円と想定している。

豊田中央研究所(トヨタ自動車グループの研究開発会社)

 豊田中央研究所は、昨年2020年に、光触媒方式ではなく電極を用いる方式で、変換効率を世界最高水準の7.2%に高めることに成功した。
 太陽光のエネルギーをどれだけ化学物質に変換できたのかを示すのが変換効率。
 この装置は36cm角、厚さ9cmの「人工光合成セル」で、太陽電池につなげた2本の電極をCO2が入った水に入れる。
 このセルを収めた箱に光を当てると、上部から泡がぶくぶくと出始める。
 水を分解して水素イオンを生み出す「酸化電極」と、水素イオンとCO2から化学原料になるギ酸を合成する「還元電極」をそれぞれ太陽電池とつなぎ、CO2を含む水溶液に浸すと発生する泡は酸素。
 電極付近で生じた水素イオンとCO2を反応させ、ギ酸をつくる。
 ギ酸は透明で水に溶けているため見えないが、イオンクロマトグラフィーという方法で検出する。

 常温で液体のギ酸は水素そのものに比べて貯留や運搬が容易なのが特徴。
 同じ面積のスギ林と比較し、約100倍のCO2吸収を可能にする値という。
 これよりも大きな1メートル角の装置による研究も着手しており、2030年頃までの実用化に向けた技術基盤の確立を目指している。

2020年の人工光合成セル(36センチ角)
人工光合成装置:豊田中央研究所HPより転載

 同研究所は2011年に人工光合成の基本原理を確かめる実験に初めて成功したが、当時のセルの大きさは1センチ角、変換効率は0.04%。
 これを面積を約1000倍に拡大し効率を大幅に高めたことで、夢と思われてきた植物の反応を実証できる段階に入ってきたわけである。

人工光合成の活用イメージ
豊田中央研究所HPより引用転載

住宅メーカー・飯田グループホールディングスと大阪市立大学


 次に、 住宅メーカー・飯田グループホールディングスと大阪市立大学との取り組み例。
 沖縄県宮古島で戸建て住宅1軒全ての電力をまかなう、人工光合成を活用した環境負荷の低い居住棟 「人工光合成ハウス」の実証実験を準備中という。
 ハウスでまず人工光合成パネルでCO2からギ酸をつくり貯蔵。
 そのギ酸から取り出した水素を燃料に使って電気やお湯を供給する。
 水素をつくる際、副産物のCO2が生じるが、再び人工光合成でギ酸にして水素をつくり循環させることで、基本的にはCO2を出さずに電気をまかなうことができる。
 2030年を目処に実用システムの確立を目指すという。

飯田グループホールディングス HPより引用転載
飯田グループホールディングス HPより引用転載

東芝、出光興産など

人工光合成の仕組みを利用したジェット燃料製造の基礎技術プラントでの実証を目指す。

独化学大手エボニック・インダストリーズ、独シーメンス・エナジー

 以下は海外事例。
 2020年、ドイツに大型実証プラントを設置し、太陽光などでつくった電気でCO2と水を一酸化炭素と水素に分解。
その水素を用いバクテリアの働きでプラスチック原料などに変換して化学製品をつくる。
 実証プラントの年産目標を10トンとし、今後5年以内に商用プラントの設置をめざす。 

 その他、米国エネルギー省が2020年に人工光合成研究に5年間で1億ドル(約111億円)の投資を発表するなど各国の開発競争が加速化している。

人工光合成による研究開発の現状と今後

 太陽光を受けて水と二酸化炭素(CO2)を原料に糖(グルコース)を作り出す植物の光合成は、化学者が理想とする反応である。
 人工光合成分野の研究開発は、エネルギー源としての水素自体の製造と、作った水素を用いて化学原料を製造する領域がある。
 保有する特許の価値などを勘案してまとめた人工光合成分野の有望な企業・大学の世界ランキングでは、1位に東京大学、2位に富士フイルムホールディングスが入るなど1~5位を日本勢が独占している。

 その背景には、ノーベル賞受賞者で今年2021年6月に死去した根岸英一・米パデュー大学特別教授が生前、「人知を結集して人工光合成の実現をめざそう」と技術を通じた地球温暖化の防止を呼びかけ。
 これに呼応した化学者などによる試行錯誤を経てようやく実現に近づいてきたことによる。

 しかし、この分野での第1人者である先述した藤嶋昭氏が今後、中国の上海理工大学で研究活動を行うことが先日発表された。
 同大の8月末の発表では、藤嶋氏は研究チームを率いて同大で研究活動を行うということで、研究者数や予算規模ともに巨大な中国にノウハウが流出し、日本の優位が揺らぐリスクが懸念されるという。

100%再生可能エネルギーとグリーン水素社会創造は総合的・体系的に

 理想とする100%再生可能エネルギー化とグリーン水素による水素社会の創造は、現時点では夢物語のように思えます。
 しかし、2030年、2040年、2050年と10年スパンで関連技術開発の可能性を探っていくと、あながち不可能ではないように思えます。
 なぜなら必要な要素と要素技術の芽は、認識されているものが多いことと、水素自体が、偏在はあっても無尽蔵に存在する水を原料としているからです。
 今回のレポートは、その一端、その一例です。
 当然のことですが、今回のような時間と労力とコストがかかるプロジェクトに、適切に様々な開発資源を投入することと並行して、日常的に、省エネや脱カーボンなどの地道な取り組みを並行して進めていくことが不可欠です。
 そうした総合的・体系的な取り組み課題を、「電力・エネルギー安全保障・維持開発管理」政策と位置づけ、国土・資源政策の中に組み入れています。
 以下がその概略です。
 

国土・資源政策 2050年長期ビジョン及び長期重点戦略課題]における「 2.電力・エネルギー安全保障・維持開発管理 」政策に位置付ける


 当サイトが目指す2050年の望ましい日本の創造のための【総合2050年長期ビジョン】の4大区分の一つ として以下の[国土・資源政策 2050年長期ビジョン]において<2050年長期重点政治行政戦略課題> を設定。

<2050年長期重点政治行政戦略課題>
1.国土安全保障・維持総合管理
2.電力・エネルギー安全保障・維持開発管理
3.食料、農・畜産・水産業安全保障安全保障・維持開発管理
4.自然環境保全・持続可能性管理
5.社会的インフラ安全保障・整備維持管理
6.産業資源安全保障基盤・維持開発管理

 その2番目の項目 < 2.電力・エネルギー安全保障・維持開発管理 >を以下のとおり設定し、その中の個別政策課題とした「100%再生可能エネルギー化及び水素社会の実現」が、本稿に当たるものです。

2.電力・エネルギー安全保障・維持開発管理

(基本方針)
気候温暖化・自然環境破壊などがもたらす国民生活、各種事業活動上の不安・悪影響を抑止し、将来に向けて持続可能な電力・エネルギー自給自足体制の整備、安心・安全を保障する同システムの構築を推進し、2050年までに100%再生可能エネルギー国家と水素社会を実現する。
(個別重点政策)
2-1 100%再生可能エネルギー化及び水素社会の実現
1)各再生エネルギー別現状及び長期問題点・リスクなど調査及び分析( ~2030年 )
2)個人住宅及び事業所建物再生エネ発電・電源利用義務化及び支援法制化・施行(~2030年)
3)長期電源構成ビジョン及び長期計画策定(~2025年)、エネルギー危機管理システム策定 ( ~2030年)
  進捗・評価管理 (2031年~) 、100%エネルギー自給自足国家化(~2050年)
4)水素エネルギー社会化技術開発調査及び長期計画・予算策定( ~2030年)
  プロジェクト進捗・評価管理 (2031年~) 、(100%再生可能エネによる)水素社会実現( ~2050年)

2-2 電力送配電網の国有化と家庭用電力基本料金の無料化
1)現状電力送配電網問題点調査及び方針立案(~2025年)
2)送配電網国有化法制化及び予算化、移行・実行計画立案(~2030年)
3)電力会社等電力事業システム再構築(国・地方自治体・民間企業及び個人・一般企業)
4)家庭用電力料金無料化(2050年~)
2-3 GXグリーン・トランスフォーメーション推進、原子力発電の停廃止と完全安全技術転用
1)産業別・企業別GX推進計画策定 (~2030年) 、進捗・評価管理 (2031年~)
2)国家主導・支援GX推進計画・支援計画策定 (~2030年) 、進捗・評価管理 (2031年~)
(1)2)参考)
3)必要原子力発電関連技術活用政策、長期計画策定 (~2030年)
4)原発停止方針確定、福島原発処理他廃棄物処理長期計画策定・予算化 (~2030年)


 今後も最新情報を交えながら、当政策のあり方について、継続して検討を重ねていく予定です。
 もちろん、当[国土・資源政策] の他の政策課題についても適宜、投稿してまいります。

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