
ジェンダー不平等を固定化させる政治的風土と平等実現の条件:三浦まり氏著『さらば、男性政治』から考える-2
・三浦まり氏著『さらば、男性政治』(2023/1/20刊・岩波新書)
を題材にして、政治改革を女性主体政党の創設・拡大で成し遂げることができないかを考えるシリーズ【三浦まり氏著『さらば、男性政治』から考える】シリーズを始めている。
<序>:女性主体政党はジェンダー平等時代に逆行しているか:三浦まり氏著『さらば、男性政治』から考える(序)(2023/5/26)
<第1回>:「男性ばかりの政治」の実態と要因を確認する:三浦まり氏著『さらば、男性政治』から考える-1(2023/5/31)
前回から随分間が空いてしまったが、今月中に当シリーズを終えたいと考えている。
今回は、<起承転結>の内の2回にわたる<起>の後編で、「第2章 第2章 20年の停滞がもたらしたもの ー ジェンダー平等後進国が作り出した生きづらさ」を取り上げる。

三浦まり氏著『さらば、男性政治』から考える-2
第1章では、政治において男性中心の構造が維持されていることを、様々なジェンダーギャップの数字を見ながら確認してきたと筆者。
この第2章は、そのジェンダーギャップの根本としての「ジェンダー」とは何かという問いかけから始め、「ジェンダーギャップ」が厳しい日本社会が作り出してきた「生きづらさ」を課題としている。
下記の本章の各項をいくつかに区分して要約し、最後にまとめとして思うところをメモしたい。
第2章 20年の停滞がもたらしたもの ー ジェンダー平等後進国が作り出した生きづらさ -
1)ジェンダーとは
2)世銀「女性・ビジネス・法律」レポートに見る立法の停滞
3)「賃金」と「職場」における低いスコア
4)SIGI指数とは
5)女性差別撤廃委員会からの勧告
6)女性の地位と階層、教義的装争点
7)ジェンダー平等政策の進展度を比較する
8)なぜ選択的夫婦別姓とセクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは進まないのか?
9)男性稼ぎ主モデルからの脱却?
10)ジェンダー化された共稼ぎ型へ
11)進む子育て支援策とセカンド・シフト
12)深刻化する女性の貧困
13)日本人は何を選択してきたのか?
14)社会民主主義という選択肢の不在
「第2章 20年の停滞がもたらしたもの ー ジェンダー平等後進国が作り出した生きづらさ」から
1.ジェンダーとは:併せて「ジェンダー秩序」「ジェンダー平等」とは何かを理解する
「ジェンダー」とは、
・社会的・文化的に構築された性別
・ルール・規範・実践を含む「制度」が男女の区分を作り出し、その区分は、男女の地位・役割・行動規範・セクシュアリティについて、一定の秩序を作り出している。
「ジェンダー秩序」とは、
・一般的に、男性は女性よりも高い地位が与えられ、公的領域において生産活動に従事するものとされている
・女性は私的領域に属するとされ、もっぱら再生産とケア労働を担うことを期待される
・「男性らしさ」「女性らしさ」という規範は性別役割分業と密接に絡みながら、人々の振る舞いに影響を与える
・社会装置であり、それを支える法制度とともに慣行や規範意識と一体となって維持・再生産される
・女性であること、男性であること、性的マイノリティであることは、特定の「生きづらさ」を生み出す
「ジェンダー平等」とは、
・地位の面で男女が対等であることを意味するが、同時に、性別役割分業や性規範においても固定的な理解が解消し、「男性だから」「女性だから」といった抑圧から女性も男性も解放される状態を指す。
従い、「ジェンダー秩序」を下支えしている法制度は人為的に作られており、政治的意志により変更可能であるといえる 。
「ジェンダー平等」実現のための法制度を、以降国際比較し、日本がジェンダー平等後進国であることを見ていくのが本章の目的としている。
2.世銀「女性・ビジネス・法律」レポートに見る立法の停滞 / 「賃金」と「職場」における低いスコア:数値の持つ意味・意義
世界銀行「女性・ビジネス・法律」レポートとは、
・世界銀行が、女性の経済的自立の観点から、法的基盤の国際比較を行う指標を用いて公表しているレポート
・女性が生涯を通じて、法的な差別が就業や起業をどの程度阻害しているかを可視化
・移動の自由、職場、賃金、婚姻、出産・子育て、起業、資産管理、年金の8領域目において、各国の法的整備を比較
・領域ごとに4~5、計35の該当法規制の存否を基準にスコア化し、100点満点で評価
同レポート・スコアによる女性の経済的自立を支える法的基盤の国際比較(1980~2020年)概略
・40年間の10年刻みでの主要7か国の比較表から、2020年のフランス、スウェーデン両国の100点満点化、韓国のスコアの約2倍化と日本逆転などと併せて、日本の著しいその変化・改善の遅滞化の状況を取り上げている。
・また、同レポート・スコアと女性就業率および女性議員割合との高い相関関係も併せて示されている。
同レポートにおける「賃金」「職場」「婚姻」「起業」における低スコア
・上述の国際比較を8領域ごとに見たとき、日本が満点100ポイントを得ていないのがこの4項目だが、「職場」「賃金」においては、半分としか評価されていない。
・前者では「セクハラ」問題、後者では男女賃金格差や就労差別条項などが課題として残っている。
・他に記述された詳細は省略した。
3.SIGI指数とは / 女性差別撤廃委員会からの勧告:数値の活かし方を考え
「SIGI指数」とは
・OECDが開発の「社会制度とジェンダー指数」
・家庭生活、身体安全性、経済活動、市民生活4領域において、社会規範を映し出す、女性差別的な法律、意識・態度、慣行・実態がどの程度あるかなど27の変数を16指標にまとめて示したもの
・世界銀行レポートの法律比較に対して、その執行度や規範・慣行実態の如何がジェンダー平等の達成度に影響するとして、女性差別に限定せず、社会全体にもたらす影響を視点とする。
・2019年報告:女性差別が極めて少ない最も先進的第一グループ32か国、女性差別が少ない第二グループ42か国。日本は第二グループ国
・日本は、経済活動29%71位、市民生活25%68位、身体的安全21%64位、家庭生活20%7位だが、性差別社会制度残存24%54位と全領域において低位
「女性差別撤廃委員会」とは
・女性の人権に関する国際法規範「女性差別撤廃条約」に沿って締約国は国内法の改善を求められており、その履行を監視する国家報告制度に沿い、政府が4年に一度実施状況の報告書を当委員会に提出。
・同委員会が、その審議と改善勧告などを実施
・過去9回報告書提出、審議5回実施
・同委員会による総括所見は、国際規範と国内法の乖離を示しており、実際に次のように国内法改正に一定の影響を与えている。
⇒ 育児休業制度の創設、間接差別概念の導入(男女雇用機会均等法)、配偶者暴力(DV)防止法の強化、人身売買罪の新設、婚外子差別の是正など (詳細は省略)
・一方、残された課題が多く、性的暴力における性的同意年齢13歳という低さ、配偶者による強姦の明示的な犯罪化に至らず、被害者女性利用可能のシェルター不十分、移民・民族マイノリティ女性・障がい女性配偶者等からの暴力の通報環境未整備など。
・その他、教育・雇用・健康、婚姻・家族関係・人工妊娠中絶、農山漁村の女性政治参画と経済的自立、日本軍「慰安婦問題」なども改善が不可欠
・国会、国会議員が女性差別撤廃条約を真摯に受け止めていない実態が、アンケート調査などにおいても示されている。

4.女性の地位と階層、教義的装争点 / ジェンダー平等政策の進展度を比較する:ジェンダー不平等の4類型を知る(マラ・トゥンとローレル・ウェルドンによる国際比較研究から)
ジェンダー不公正に関するマラ・トゥンとローレル・ウェルドンによる国際比較研究における、ジェンダー平等政策の「地位」・「階層」及び「教義的」・「非教義的」の相関4類型
・A. 非教義的「地位」:女性への暴力、クオータ/パリテ、憲法上の男女平等、雇用機会の均等
・B. 教義的「地位」:産休、育休、男性の育休、子育て支援
・C. 非教義的「階層」:家族法、中絶、性と生殖に関する自由
・D. 教義的「階層」:中絶・避妊への公的支援
同概念4区分ごとに基づくジェンダー平等政策の進展度の違いとその要因
・「地位」に関する政策進展度は「フェミニズム運動」、「階層」に関しては「労働運動」とそれを基盤とする「左派政党」それぞれの役割が大きい。
・その分析に基づき日本の実態・実情についてみると、同様の傾向が見られるとし、その事例・根拠などを示している(ここでは省略)
5.なぜ選択的夫婦別姓とセクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは進まないのか?:教義的・地位的争点の代表的課題(マラ・トゥンとローレル・ウェルドンによる国際比較研究から②)
前項の4類型中、教義的「地位」政策の代表的・象徴的課題「選択的夫婦別姓」問題
・日本は、婚姻カップルに同一姓を強制する唯一の国であり、宗教的右派の政治力が強いことが背景としてある。
妊娠・中絶をめぐる政策分野が、セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
・日本では、未だに自己堕胎法が存在し、性行為や生殖、人工妊娠中絶などにおいて、女性の自己決定権が確立されておらず、背景に「教義的」要素が影響していることを読み取ることができる。
教義的「階層」政策争点の中絶・避妊の公的支援に関しても同様の理由で進展が阻まれている(詳細省略)
同研究では、女性議員の多さがジェンダー政策の進展にあまり影響を与えていないか、マイナスの場合もあり、フェミニズム運動の重要性を指摘。フェミニズム運動に支えられた女性議員が重要であるともいえる。
6.男性稼ぎ主モデルからの脱却? / ジェンダー化された共稼ぎ型へ:女性自身の抱える課題の向かう先
1990年代半ば以降、共働き世帯と専業主婦世帯の数が逆転し2対1のレベルに。男性稼ぎ主モデルが大きく変化
・女性の就労化は、女性が担っていたケア労働を ①(インフォーマルに)親族 ②公的保育、介護 ③ケアサービスを供給する市場、いずれかが分担することに。
先進国における男性稼ぎ主モデルからの変化として次の3つのパターンへの分化を指摘
1)対等な共稼ぎ型:男女がともに対等に働く。ケア労働は家族の外部で担われる。アメリカに顕著
2)共稼ぎ・共ケアラー型:男女が平等に働き、共にケアを分担。ケア労働がある程度外部化され、男女の労働時間がケア責任と両立できるよう適正化される必要。北欧諸国に顕著
こうした政策を推進してきたのが「社会民主主義」勢力であり、格差拡大は抑制されてきた。
但し、女性雇用が公的部門・福祉部門で多く創出され、男女の職域分離が形成され、民間企業の女性管理職割合が米国ほど高くない。
3)修正男性稼ぎ主型 ⇒ ジェンダー化された共稼ぎ型:性別役割分業を維持しながら、女性の社会進出が進む。前者は、女性が家計補助的にパートタイムで就労。後者は、さらに女性が長時間就労へ
日本は、修正男性稼ぎ主型化から、ジェンダー化された共稼ぎ型化への道をたどる。
・前者の社会的背景は、男性主体の終身雇用制の維持と配偶者特別控除、年金の第三号被保険者制度などが持つ女性年収と就労時間の調整機能がある。
・近年の後者への傾斜は、共稼ぎ世帯の大多数化と仕事と子育ての両立や自立した生き方を望み実践する女性の増加を背景とするが、実態としては「母親罰」「ケア罰」を受忍しつつ「ゆるキャリ」にも甘んじざるを得ない状況があり、制度はあっても実現度は未だ低い「夫の育児ケア参加度」も加わって、真の「ジェンダー化された共稼ぎ型」には程遠い。
⇒ こうした状況から日本の政策が進むべき方向・方策は明らかだが、問題はそのための政治状況の打破が可能かどうかに懸かっているわけだ。

7.進む子育て支援策とセカンド・シフト / 深刻化する女性の貧困:女性及び女性グループとしての自己認識
国際指標では比較的充実していると評価される日本の子育て支援が「ジェンダー平等」をめざす政策としてのものではなかったという重要な問題
・その原因は、女性がケア責任を大きく担っていることを大きく変えるジェンダーギャップ解消を直接的にもたらす政策が著しく弱かったことにある。
⇒ 育児休業取得の女性偏重、育児休業給付受給資格要件の自営業者や非正規雇用者の非適用、仕事と出産・育児ケアの両立を断念しての離退職、減らない、仕事の後の「セカンド・シフト」あるいは「家事労働ハラスメント」と呼ぶべき性質の女性の無償労働など、多くの問題点の抜本的な改善改革の歩みは、話題・課題としての露出度の拡大ほどにはまったく比例していない。
こうしたジェンダー不平等が、女性の貧困の深刻化を一層推し進めている現状を注視すべきである。
・ケア提供者である女性は、育児・介護と両立する働き方を求める結果、非正規雇用に集中し、家庭内で無償労働を引き受けているだけでなく、有償労働においても低賃金に抑えられている。
・一方、専業主婦の八人に一人が貧困に直面しているという調査もあり、男性の安定的な雇用保障を前提としたシステムは崩壊しており、働き方、既婚・未婚・離婚の如何を問わず、女性の生きづらさが根深くかつ広がっている状況が厳然としてある。
・ジェンダー化された共稼ぎ型への移行は、「女性活躍」という非現実的状況に対して「ガラスの壁」「床への張り付き」の存在、「女性不況」の拡大、「格差・貧困の拡大」の深まりとともに、「総負け組社会」が訪れていると筆者は強調している。
8.日本人は何を選択してきたのか? / 社会民主主義という選択肢の不在:既存の選択肢と創造する選択肢
現在の「ジェンダー化された共稼ぎ型」に至るまで、その変容は、雇用政策や税・社会保障政策、子育て支援策等々として積み重ねられ方向付けられ、それらはいくつかの政治決定の結果として形成された結果であり、加えて、日本政治がそのモデルを選択した結果であり、つまるところ、女性の貧困化も政治的選択の結果である、と筆者。
確かに間違いではないのかもしれないが、いささかこじつけがましいし、政治にそこまでの思慮・判断があったとは思えないのだが。
ここで先述の男性稼ぎ主モデルからの3分化を、それぞれ、(新)自由主義的勢力、社会民主主義的勢力、保守勢力それぞれのその折々の強さが反映された結果であり、日本においては、保守政党である自民党政権のイデオロギーが色濃く反映されて移行プロセスを経てきていると。
体裁よくいえばそうなのかもしれないが、ここで筆者は、実際の政治過程はもっと複雑とした宮本太郎氏が鮮やかに描き出した「日本の有権者が新自由主義、社会民主主義、保守主義の政策選択肢を明示的に提出されたこともなければ、それを自覚的に選び取ることもなく、異なる政治潮流のせめぎ合いの結果として制度改革が積み上げられてきた」実情をも紹介している。
⇒ そうした例えも実際を描いた一面といえるかもしれないが、都度提起され、検討し、選択してきたとされる個別の政策が、それぞれの政治的イデオロギーに基づき、総合的・体系的に、社会保障政策・財政政策・経済政策を俯瞰し、深掘りした結果であるとは、とても評価できないのではと私は思っている。
それは政治および政治家の未熟さ、そこに厳とした影響を与えることができない専門家・有識者の限界を示すものでもあると。
この章の最後に、筆者は、日本の政党政治における「社会民主主義」の選択肢の欠落を指摘する。
その状況を補完的に、ある意味諦観的な思いも含めるかのように、否、怒りを込めて、男権的保守自民党政権政党政治が、ケアを顧みない、ケアレスな人たちによるものであり、人権という意味でも経済的自立という意味でも、女性の権利や地位は低く抑え込まれ、生き方の選択肢が狭められ、女性の生きづらさの基底を成してきていることを繰り返し述べて締めくくっている。
⇒ 実は、筆者が紹介した宮本太郎氏と同氏主張の「ベーシックアセット」については、既に2021年に、同年発行された同氏著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/9刊・朝日選書)を参考にして、以下の2つのシリーズを、2つのWEBサイトで投稿済みである。
「ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論」シリーズ
<第1回>:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
<第2回>:ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)
<第3回>:貧困政治とベーシックインカム、ベーシックアセット:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-3 (2021/9/8)
<第4回>:理念・構想・指針としてのベーシックアセット、現実性・実現性は?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-4
「宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』から」シリーズ
<第1回>:福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/8/30)
<第2回>:増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2 (2021/9/2)
<第3回>:貧困政治での生活保護制度と困窮者自立支援制度の取り扱いに疑問:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー3(2021/9/7)
<第4回>:利用者視点での介護保険制度評価が欠落した介護政治論:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー4 (2021/9/9)
<第5回>:政治的対立軸を超克した育児・保育政治を:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー5 (2021/9/11)
率直なところ、この領域における代表的学者である宮本氏は、「政治や自治体の政策論議に深く関わりつつ、同時に批判的な視点も貫いてきた福祉政治の第一人者」(同氏著の帯より)だが、結局、氏の主張・提案が、特定の政治政党の政策に採用もしくは反映され、選択肢としてわれわれの前に提示されるには至っていない。
そこへの踏み込みも、同じ学者として必要ではないかと私は思っている。
私の宮本氏批判は、上記記事中で展開しているので、関心をお持ちいただければ、確認をお願いしたい。
<第2章>から、まとめ:失われた20年は、ジェンダー平等後進性にとどまらずすべての領域で
ジェンダー平等化への取り組みに「20年の停滞」があったと読むべきかどうか。
デフレ、経済成長の停滞、少子化の進行など、ほとんどすべての領域において用いられてきた「失われた20年、30年」。
この<第2章>の「ジェンダー平等後進国」というテーマにおいても同質のものとして適用されているのだ。
すべからく、「課題先進国」と呼ばれてきたものの、実際には「課題解決後進国」「一億総モラトリアム社会国家」であり続けた日本。
ことさらジェンダー平等問題だけが取り残されてきたわけではない、と申し上げると、批判を頂戴するだろうか。
ジェンダー平等後進性に関するさまざまな国際的な指標や数値が示された<第2章>。
先進国、途上国いずれもその数値が高められてきたことを示しているが、それと同時に経済成長や所得向上が実現されてきており、それとジェンダー平等のための政治と社会政策が推し進められてきたのではという印象をもっている。
そこで、経済成長が停滞・停止が長期化したのは、ジェンダー平等化の取り組みがなされなかったため、あるいは逆説的に、ジェンダー平等政策が進められれば、経済成長がみられたはずという議論を起こすことにつながっているかもしれない。
あまり与しない考え方ではあるが。
結論として思うのは、失われた20年、30年のことをどうこう言っても、20年、30年分を取り戻すこと、やり直すことは不可能。
で、明日からどうするか、である。
そう考えると、この章の最後に示された「社会民主主義」という選択肢がなかった、ない、という指摘は、非常に重みを持つ。
がしかし、それも過去のこと、これからどうするかである。
現実的には、「社会民主主義」は、一層現実味を低下させていく方向に向かっているとみるしかないように思えるのだ。
ならば、というか、ゆえに、というべきか、ジェンダー平等実現を包摂し、「社会民主主義」とは異なる新たな政治的理念を、女性主体に構築するという発想を、筆者とそのグループが持ちえないか。
そう切に思うのだが。

失われた20年のジェンダー平等・不平等を巡る動向と記録がしっかり提示された<第2章>だった。
<第1章 男性ばかりの政治>と本章<第2章 20年の停滞がもたらしたもの>を合わせて<起>とした後を受けて、<承>としての<第3章 女性を排除する日本の政治風土と選挙文化><第4章 女性に待ち受ける困難>を次回、次々回取り上げる。
『さらば、男性政治』の構成と当シリーズの進め方
<第1回>:起①
第1章 男性ばかりの政治
1)女性はどこにいるのか?
2)権力の座に女性はいない
3)ジェンダーギャップ指数121位(2020年)の衝撃
4)女性の政治参画はどこまで進んだか? ー 世界の動向
5)停滞する日本
6)世界の保守政党と自民党
7)中断された「左からの伝染」
8)なぜ女性議員は衆議院よりも参議院に多いのか?
9)地方議会における地域格差
<第2回>:起②
第2章 20年の停滞がもたらしたもの ー ジェンダー平等後進国が作り出した生きづらさ -
1)ジェンダーとは
2)世銀「女性・ビジネス・法律」レポートに見る立法の停滞
3)「賃金」と「職場」における低いスコア
4)SIGI指数とは
5)女性差別撤廃委員会からの勧告
6)女性の地位と階層、教義的装争点
7)ジェンダー平等政策の進展度を比較する
8)なぜ選択的夫婦別姓とセクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは進まないのか?
9)男性稼ぎ主モデルからの脱却?
10)ジェンダー化された共稼ぎ型へ
11)進む子育て支援策とセカンド・シフト
12)深刻化する女性の貧困
13)日本人は何を選択してきたのか?
14)社会民主主義という選択肢の不在
<第3回>:承①
第3章 女性を排除する日本の政治風土と選挙文化
1)男性政治と地元活動
2)政治家はなぜ夏祭りに来るのか?
3)選挙と対面主義
4)世界で増える政治家の地元活動
5)地元活動とジェンダーの影響
6)#飲み会を断らない女
7)男性化された政治家モデル
8)地元が政治家に求めるもの
9)ガラスの下駄を履く男性
10)議場から追い出された赤ちゃん
11)政治は男性のもの? ー 変わる意識
12)女性の政治参加は低調?
13)隠れたカリキュラム
14)女性を排除する政治はなぜ続くか?
15)地域単位の政治からの脱却
<第4回>:承②
第4章 女性に待ち受ける困難 ー 障壁を乗り越える ー
1)政治家になるための障壁
2)「応募してくださらない限りは選びようがない」
3)自ら手を挙げる男性、声をかけられる女性
4)自信の壁とインポスター症候群
5)資源のジェンダー格差 ー 家族・時間・人脈・資金
6)議員報酬と供託金
7)ステレオタイプとダブル・バインド
8)ステレオタイプは選挙に不利か?
9)女性性が資源になる時
10)女性という切り札
11)ステレオタイプの効用
12)コロナ禍は女性リーダーのイメージを変えるか?
13)優れたリーダーとジェンダー規範
<第5回>:転①
第5章 ミソジニーとどう闘うか
1)女性政治家へのハラスメント
2)政治分野における女性への暴力
3)女性を排除する動機
4)なぜ性的な形態を取るのか?
5)ミソジニー ー 女性を罰する
6)「からかい」という暴力
7)オンラインハラスメント
8)票ハラ
9)ハラスメントを法的に規制するには
10)海外のセクシュアル・ハラスメントの法理
11)政治におけるハラスメントの特殊性
12)地方議会におけるいじめ
13)バックラッシュの波
14)ジェンダーという言葉が使える時代へ
15)家族への介入
16)男性問題
17)新しい男性性に向けて
18)好意的性差別態度と悪意的性差別態度
19)現代的性差別態度
<第6回>:転②
第6章 なぜクオータが必要か
1)世界に広がるクオータ
2)クオータの効果
3)クオータ反対論への反論
4)クオータか環境整備か
5)なぜ数にこだわるのか?
6)誰がクオータを支持するのか
7)候補者均等法の意義と課題
8)政党がすべきこと① ー 数値目標
9)政党がすべきこと② ー 候補者選定過程の改善・人材育成・ハラスメント防止
10)国の責務
11)地方議会の責務① ー ハラスメント対策
12)地方議会の責務② ー 環境整備と人材育成
13)積み残された課題① ー 数値目標の義務化
14)積み残された課題② ー 地方議会
15)根本的な見直しを
<第7回/第8回>:結①②
第7章 ジェンダー平等で多様性のある政治に向けて
1)女性議員が増えることのメリット?
2)男女で異なる政策への関心
3)女性議員の増加とジェンダー平等政策の進展
4)女性議員が切り拓いた政策
5)クリティカル・アクター
6)クリティカル・マス
7)女性議員の増加と民主主義の強化
8)女性リーダーは何を変えるか?
9)ロールモデルが存在する意義
10)生活者としての女性
11)「女であること」の意味
12)「生活政治」の転換と新自由主義の台頭
13)格差社会と生活
14)リーンイン・フェミニズム批判は日本の現状に妥当するか?
15)フェモナショナリズムの批判とは
16)左右イデオロギーとジェンダー
17)声を上げ始めた女性たち ー MeeToo時代の政治参加
18)当事者という政治主体
19)声を聴くのは誰か?
20)政党政治の刷新に向けて
三浦まり氏プロフィール
・1967年生
・慶應義塾大学卒、カリフォルニア大学バークレイ校大学院修了。Ph.D(政治学)
・2021年、フランス政府より国家功労勲章シュバリエ受賞
・現在、上智大学法学部教授
・専攻:現代日本政治論、ジェンダーと政治
・著書:『私たちの声を議会へー代表制民主主義の再生』(岩波書店)、『日本の女性議員ーどうすれば増えるのか』(編集、朝日新聞出版)、『女性の参画が政治を変えるー候補者均等法の活かし方』(共編、信山社)、『ジェンダー・クオーター世界の女性議員はなぜ増えたのか』(共編、明石書店)他
この記事へのコメントはありません。