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外交、防衛・安全保障

防衛費財源問題の日本近現代史からの考察を活かすことができるか:日経<経済教室>「財政政策と国債増発の行方」から-2

20年、30年後の社会を生きるすべての世代へ

日経<経済教室>が、2022年2月6日から「財政政策と国債増発の行方」と題して3人の経済学者による小論を3回にわたって連載。
それぞれを当サイトで順に取り上げ、感じたところをメモしていくとして、第1回を以下投稿。

新味に欠く、繰り返されるケインズ学派の退屈な一般論:日経<経済教室>「財政政策と国債増発の行方」から-1(2023/2/9)

きっかけは、先日シリーズを終了した、中野剛志氏著『世界インフレと戦争 恒久戦時経済への道』で展開された財政政策やインフレ論に対する関心が、こうした論述への関心を高めることになったためでもある。

2回目は、鎮目雅人早稲田大学教授による「経済力こそ国防の基盤」と題した小論がテーマ。
今、多くの関心を集めている防衛費の増額・引き上げとその財源を巡ってのものだが、これも私たち日本人には短く感じられる、近代史・現代史における戦争と国防費、そして経済に焦点を当てるもので、前回とは趣が異なる。
こんな書き出しで、始まっている。

防衛費をGDP比2%に引き上げることは妥当か。その負担を増税で賄うべきか、国債で賄うべきか。
防衛費を巡る議論について、日本の近現代史から学ぶことは多い。

以下、小論を整理し、コメントを挟んでいきたい。

日本の近現代史に見る防衛費政策の変遷

明治維新以降の国策と日露戦争戦時体制

幕末開港後の日本。
近隣諸国が相次いで欧米の植民地となるなか、国力の源となる経済発展(富国)と、独立を維持するための国防充実(強兵)という2つの目標達成に向け、限られた人的・物的資源をどう配分するかという課題に直面する。
・征韓論(1873年)を巡り、対外戦争よりも民力充実優先方針のもと、殖産興業政策を推進
・近代国家基盤を整えるべく対外戦争に臨むが、日露戦争(1904~05年)戦費は当時GDPの6割に。
・その大半は海外市場を含む国債発行により調達され、英米協調を背景とする国際金融市場へのアクセスが戦争遂行を可能に
・だが戦後は多額の対外債務を抱え、元利返済負担が経済成長を制約

第1次世界大戦前・戦中・戦後の国策

第1次世界大戦前の日本は、経済力に比して背伸びする形で海外に版図を拡大した日本は、帝国維持(強兵)と経済発展(富国)の相克に直面する。
・このとき第1次大戦という外的要因が日本の道筋を後押し
・軍事的には大規模な戦闘を行うことなくアジア太平洋地域における権益を拡大
・経済的には欧州の交戦国とその植民地や米国向けの輸出をテコに急速な経済成長と対外債権国化を達成
・第1次大戦後のベルサイユ・ワシントン体制下の国際秩序の中で、アジア太平洋地域では1922年日米英仏中を含む国際安全保障体制が構築され、軍縮が進められる
・これにより、国防費の膨張にある程度の歯止めがかかり、都市部のインフラ整備や第1次大戦バブルの後始末である不良債権処理を進めることが可能に
ここで先ず、東洋経済新報の石橋湛山が、受け入れられることはなかったが、その状況下でワシントン会議に臨む日本代表団に対して提唱した「小日本主義」を筆者が紹介している。
それは、「海外権益を放棄して国防費の負担を軽減させ、国内の人的・物的資源を経済発展に集中させて平和的通商国家を目指す」というものだ。

第2次世界大戦前・戦中の国策

第2次世界大戦前および戦中から戦後を迎えるまでの日本、以下簡潔に。
・満州事変(1931年)以降は国際秩序の破壊者として行動
・パリ不戦条約(1928年)合意に反して中国大陸に侵攻し、国防費は増加の一途
・1931年末蔵相復帰の高橋是清はマクロ経済政策により、世界恐慌下他国に先駆けて経済回復を実現
・だが国防費の増額を求める陸海軍との予算折衝の中で、限られた国内生産資源を、国防充実と経済発展の間での配分課題に直面し、反発した陸軍青年将校により二・二六事件(1936年)暗殺
・高橋財政期から太平洋戦争にかけての国防費の増加は基本的に国内における国債発行で調達

ここで筆者は、高橋是清と暗殺前年対談した石橋湛山による、高橋の談話を引用しての「東洋経済新報」1935年6月15日号の以下の記述をまた紹介している。

軍艦は、自ら物を造る力を欠いている。このように再生産力のない物ばかりを国民が作っていたら、現在ある物資の蓄積が尽きると同時に、国民の生産力は消滅してしまう。ここに国家が、軍事費を無限に支出し得ない理由がある

戦後日本の防衛費と経済復興

終戦直後の日本は物資の蓄積が尽き、生産力も失った状態で再出発することを余儀なくされた。
筆者はここでもまた石橋が「東洋経済新報」1945年8月25日号の社説で「更生日本の門出 ー 前途は実に洋々たり」と題して寄せた以下の一文を紹介している。

「従来の領土のある部分を失い、また軍備産業等にも制限を受けざるを得ない」が、「発展せんとする日本国民にとって何程の妨げとなろうか」。

・戦後は、国防費を戦前のGDP比5%から1%に抑え、経済成長の源となる民生部門に人的・物的資源を集中させることで高度成長を達成
・1970年代、1人当たりGDPは欧米諸国の水準にほぼ追いつき、先進国の一員に
戦前・戦時期の教訓の上に立って国際協調を旨とする平和的通商国家を目指した戦後の日本は、石橋の「小日本主義」を実践した、と。

戦後の国防費の変化と地政学的変化

1990年から2021年にかけての国防費の変化をみると、
・米国優位に変化はなく、金額ベースで2.5倍
・中国はドル換算で約30倍となり、旧ソ連に代わって2位に
・インドは7倍で3位
・韓国は5倍で日本に次ぎ10位
・但し、日本を除く4ヶ国は、GDP比で低下し、経済成長が国防費負担の軽減につながっている。
・一方日本は、金額ベースでは1.9倍と小幅幅だが、GDP比では0.9%から1.1%に上昇している。

防衛費を巡る議論における日本の近現代史から得られる教訓

以上から筆者は、本小論を以下のように、教訓として総括している。

1)経済力が国防の基盤であり、その逆ではない
 ⇒ 地球環境問題、少子化による人口減少、地政学的変化への対応等課題が山積する財政運営には、限られた人的・物的資源をどう配分するかという視点が不可欠
2)国防費はあくまで生産力を生まないコストであり、財源資金調達手段が増税・国債発行のいずれを問わず増額分国内の生産資源を費消し、かつ国民負担は発生
 ⇒ 防衛費の増額を国債発行で賄うことは、長期的な成長力の源である投資の抑制につながり、むしろ経済成長を制約する
3)軍事大国化を目指し地政学上の不安定化を招いた戦前・戦時期の失敗を生かすべき
 ⇒ 戦後の平和的通商国家化した日本の成功経験は、中国をはじめ新興諸国にとって学ぶべき点がある
(結語)日本には自らの歴史を近隣諸国と共有し、アジア太平洋地域の緊張緩和に努めることが求められる。

前回のマクロ経済視点での、極めて常識的とみられる財政政策論にはまったく新鮮味が感じられず、興味関心はそそられなかった。
しかし、今回の鎮目氏の小論は、今国民の大きな関心事である国防費・防衛費のみにテーマを絞込んだもので、歴史と数字を一体化した論述も非常に分かりやすかった。
ではあるが、最後の「中国や新興国にとって学ぶべき」とする日本の経験を活かしての説得や提案は、果たしてどれほどの効果・成果を期待できるか。
正論ではあると思うが、帝国主義行動をとった経験とその歴史は、対する当事国にとっては忘れるべきではないものと逆説的に対応されるのもまた現実であろう。
国軍のクーデターによる政権支配や不安定要因が続く東南アジアの複数国に対する政策をみても、鎮目氏の提案が簡単ではないことが十分分かる。
だからというわけではないが、本小論の内容に対する賛否をここで示すことは、先送りとしたい。
GDP比がどうとか、財源がどうとかいうだけの問題ではない。
防衛そのものをどう考えるか、防衛はどうあるべきか、ということが根本的な問題だからだ。

ポスト・ケインズ派による防衛費財源の新たな考え方、そしてベーシック・ペンション

ところで、筆者が、石橋湛山の言葉を用いつつ主張した、国防費・軍事費支出が生産力を生むことはなく、経済成長にとってマイナス、という内容は、冒頭紹介の『世界インフレと戦争 恒久戦時経済への道』の中でも中野氏が指摘していたことでもある。
しかし、中野氏は、防衛力強化の必要性を強調し、恒久的戦時経済を提案する。
そしてその財源として、ポスト・ケインズ派による貨幣循環理論現代貨幣理論税や国債発行にまったく依存しない考え方を採用する。
すなわち、政府と日銀を統合政府の機能として位置づけての信用創造に基づく新規通貨発行を財源とするというものだ。
それは、今回の鎮目氏の小論がベースとする一般的な財政論・財政システムでは相容れない考え方である。
ここでも私は、中野氏の提案に諸手を挙げて賛成、というわけではないのだが、一考に値する考えではあると思っている。
なぜなら、私が提案している日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金の財源の考え方と共通点をもっているから。
個々人と社会の<安心安全安定・保有保持確保>の生活安保を実現する生涯・無償・平等年金給付の財源。
一方、その個々人が生活する国の<安心安全安定>状態を<保有保持確保>するための防衛安保実現のための財源。
まったく異質に見えても、繋がっていることは否定できない事実そして現実。
これからの時代を生きていく若い世代の人々はどう考え、なにを選択するだろうか。

(参考)
⇒ 【『世界インフレと戦争』から考える2050年安保とベーシック・ペンション】シリーズー11、最終回終了!(2023/2/6)

次回は、島澤諭関東学院大学教授による「破綻回避の期限は2036年」というテーマでの小論を取り上げます。

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